QUEST.1 1/100のファーストエンカウント B

 と、そのとき。

 テロン♪ と姫ちゃんの腰のポーチににあったタブレットが着信音を奏でた。

 姫ちゃんはそのタブレットへと手を伸ばす。画面に五芒星を描くと、現れた画面に驚愕の眼差しを送った。

「ぎゃぎゃ! 晶くんタイヘンだよ! 依頼クエストが来たよ! 正規の依頼だよ!」

「依頼……だって」

 僕は言われて思い出す。たしか今日は……東京の渋谷で……

「『東京渋谷ハチ公前にて「獄卒鬼」出現! 勇者候補生は直ちに馳せ参じ給え! 現在依頼執行者0人 報酬経験値は3000ポイント!』だって晶くん」

「へぇ……」

 ぼんやりと僕は相槌を打つ。

「へぇじゃないよ晶くん! 誰かがボクらの助けを待ってるんだ! 早く行かなきゃ! それに報酬経験値3000だよ! 晶くんレベル低いんだからがっぽり稼いじゃおうよ!」

「あ……うん」

 姫ちゃんの話すことは、普通の人から聞けばゲームと現実がごっちゃになった話のように聞こえるかもしれない。

 でも、今のこの世界――実のところ100年前から、この世界は『架空』と『現実』が墨流しマーブルみたいに混ざり合ってしまっているんだ。

 姫ちゃんが僕に押しつけて見せるタブレット画面。そこにはあの妖魔、『獄卒鬼』の写真が乗っていた。おそらく世界監視システム『アルゴス』が撮影したものなんだろう。

 流れる血のように赤い肌。筋肉隆々の人型巨人。推定体長3メートルの『妖魔』と呼ばれる人類の仇敵だ。地獄の底から這い出てきたその赤い獄卒鬼はちょうどハチ公像の隣に立っていた。早くしないと忠犬ハチ公があぶない。

「こりゃ大変なことになってるね……」

「見てよ見てよ! ツイッターもお祭り騒ぎだよ! 『妖魔なう』ってボクのフォロワーさんが1000人もつぶやいてるんだよ!」

 というてんやわんやな光景になぜか僕は既視感を覚えていた。まぁ、勇者が妖魔退治に向かうのは日常茶飯事のことなんだけど。

「さぁ晶くん、とっとと準備して鬼さんを倒しに行こう!」

「い、今からなの……」

「てやぁ!」

 と叫んだその一瞬。姫ちゃんの服装コスチュームが勇者のユニフォームに代わっていた。先ほど訓練で着ていた――白鳥の羽のように広げられた白いマントと、頭の白いペレー帽がセーラー服の上に纏われた。。

 勇者というより、一昔前の『魔法少女』を彷彿とさせるその容姿。どういう原理か分からないけど、姫ちゃんは一瞬にしてそれを着こなしてしまっている。恐るべし。

「相変わらず目にもとまらぬ早着替えだね……」

「ほーらぼさっとしてないで、晶くんいくよ!」

「ま、待って、僕は……」

 足手まといの僕が、妖魔退治に向かうべきか、一瞬悩んでしまう。

「空へ――跳ぶよ!」

「はっ」

 姫ちゃんが膝を屈して僕の手を取る。カエルみたいな態勢となったあと、薄く見える一番星に向かって大きく跳躍する。

「ぬわぁああああああ!」

 放物線を描いて――跳ぶ――僕たちは、高天ヶ原のの方角に位置する飛行甲板へと着地する。

「とうちゃ~く」

「あぐ……」

 じーん、と足に痺れが走る。

 僕たちはいま、依頼をこなすため東京へと向かおうとしている――んだけど。

 この高天原勇者学校――略して高天ヶ原は空中要塞で、東京ははるか空の下だ。妖魔退治のさい、飛行機で飛んでいくのは時間がかかる。なので、この高天ヶ原にはとっても効率よく都合のいい『飛行装置』が存在していた。

 飛行甲板には勇者ご用達のホバーバイク、『早馳風はやちかぜ』が並んでいる。

 一人乗り用単車バイクの胴体に、二つの円盤状のドローンがくっついている。回転翼機で浮上する、便利でちょっと近未来な乗り物だ。古の騎士が、馬に跨り地を馳せるように、僕たち現代の勇者も、このホバーバイク『早馳風』に乗って天上の高天ヶ原から下界へと降りるのだ。

「さ、晶くんはやく早馳風に乗るよ!」

「待ってよ姫ちゃん、僕、早馳風の操縦免許持ってないんだけど」

 実は僕は、この『高天ヶ原』に1カ月前に入学したばかりの新米勇者だったりするのだ。

 そんなわけで、僕には勇者としてのスキルが欠落している。妖魔退治に必須となる早馳風の操縦もできないでいた。毎日シュミレーターで練習しているけど、そんなすぐには習得できない。

「それじゃあいつものようにボクにつかまってよ!」

「いやー、でも」

「ほらはやく晶くん!」

 せかす姫ちゃんは、すでに早馳風に跨ってハンドルを握っていた。。

 その姫ちゃんに覆いかぶさるように、早馳風に二人乗りする……それが妖魔退治のさいの基本スタイルとなっている。

「じゃ、じゃあ失礼するよ」

 というわけで、僕はいつものように姫ちゃんの背中に乗る。女の子の体に密着……する状態になるんだけど、姫ちゃんはあまりそれに気をかけない。僕のことを弟みたいに見なしているんだろうか。それとも妖魔退治に熱を出していてそんな些事は気にしていないということなのか。

 まぁ、緊急事態だし。それに乗り込んでしまえば――

「それじゃあ行くよぉ!」

 ブォオオン、と熊蜂の羽音のような音、ブルブルと炉を吹かすエンジン音。

 ふわっと、早馳風が宙に浮いた。そしてそれは雲よりも早い風になる。

「ぐっ――」

 身体が持ってかれる。

 オープンカーで高速を走るとかそんなレベルじゃない。僕らは――音速で空の中をバイクで飛んでいるのだ。

 早馳風のエンジン内の固形燃料が、高エネルギー効率の燃料が戦闘機並みの速度を可能にしている。そんなことしたらふつう死んでしまう、その前にバイクがひしゃげてしまうかもしれないけど、しかし早馳風にはまじないが掛けられており、押し寄せる風、乱れる風をうまく流していた。

 しかし、速さは音速で、つまりは戦闘機に乗り込んでいるのと同じ状況だ。僕は何度姫ちゃんの愛機もとい姫ちゃんにゲロをぶっかけたことか……

「晶くんついたよ降りるよー」

「えー」

 さすが音速バイク、ものの数秒で目的地に到着した姫ちゃんは早馳風から飛び降りてセルフ緊急脱出した!

「ぎゃぁああああああ!」

「晶くぅーん! ボクたち鳥になったみたーい!」

「ひ、姫ちゃん! いくら急いでいるからって緊急脱出なんか! 地面、地面がぁ!」

「大丈夫だよちゃんと背中にパラシュートがあるじゃないか!」

「僕の分のパラシュートがないよ!」

 どこか既視感を覚える、いつものやりとり。そして僕たちは東京渋谷の地に落ちたのだった――――


 どん――と、地面に身体を打ち付けたあと。

「うぎゃー」

 とゆっくりと飛来してきた何者かの――尻に踏まれた。

「あれぇ~、晶くんどこだぁ! どこに行ったんだよ!」

 親方ぁ、空から女の子が……

 目の前に青と白のストライプの圧迫。正直苦しい、息が身体が押しつぶされる。

「って、むむむ……」

 姫ちゃんがはらり、とプリーツスカートをめくる。そこから青と白のパンツが、そしてそれに圧殺されそうになっている“小さな”僕の姿があらわになる。

「って、うきゃう晶くん! どうしてそんなところにいるのぉ!」

「それより姫ちゃん……助けて」

 姫ちゃんのお尻が持ち上がる。僕は難を逃れる。

 そして、姫ちゃんの親指と人差し指でつままれる。

「晶くんまた小さくなってたのー」

「そりゃだって……。そうでもしないと落下の衝撃で僕、死んでたし」

 僕は小さくなっていた。

 不思議の国のアリスが小壜のクスリを飲んだみたいに、姫ちゃんの手に乗っかるほどの、ちいさい存在となっていた。

 なぜ僕に、こんな小さくなる能力があるかというと、僕の体に宿る勇者の“天命”がその宿命さだめにあるからだ。

 僕は矮さな勇者だ。それゆえに、力ない。

「まーなにはともあれ東京渋谷に到着だよ! はやくショッピングに行こうじゃないか!」

「いやショッピングじゃなくてだね……」

 誰もいないスクランブル交差点の真ん中に立つ僕たち。みぃんなすでに地下シェルターへ移動したんだろう。人っ子一人いない空間で、広告だらけのビルが立ち並んでいる。しかし、目的である『獄卒鬼』の姿も見当たらない。

「あれぇ、おっかしいなぁ。獄卒鬼が見つからないぞ!」

「ほんとだね」

 なんてぼんやりつぶやいていると、ふとハチ公前の公園に――人影を見つけた。

 その人の姿は、ぱっとしない一般的な、RPGで出てくる『村人A』な感じの人だった。

「むむ! あそこに逃げ遅れた人が!」

 姫ちゃんは、“僕”を胸ポケットに収めるとすぐさまその彼のもとへと駆けつける。そしてボサボサ頭の、冴えない20代男性の男の肩を叩いた。

「村人Aさん! ダメじゃないですかー! ちゃんと避難警告出てたでしょう!」

「わ、わわわわわっ!」

「こらぁ! 村人Aなら村人Aらしく『この村は~』って感じでセリフを――って」

 村人Aさんはセリフでなく、指をさして状況説明した。

 その指の先に、獄卒鬼の姿が。しかも、その肩に……ブレザーの制服を着た女子高生が乗っかっていた。持って帰って食べちゃうんだろうか……。

「ぎゃああ! そこに獄卒鬼がぁ! しかもJKをさらっているじゃないかぁ!」

「そうだね」

「晶くんなにボケっとしてるの! ここは勇者の見せ所だよ! ここでクールに獄卒鬼をぶっ倒して、JKを救助すれば晶くんもみんなが認める存在になるんだよ!」

「そううまくいくものかな……」

「あーもう、晶くんはボクにとって最強の勇者なのに!」

 姫ちゃんはボクのことを必死になって持ち上げようとする。それは、僕が昔姫ちゃんを守れる存在だったから。

 でも今は――

「……僕のレベルじゃ、あの獄卒鬼はムリだよ」

「あーもう、どうしてこう晶くんは無気力なのかなぁ!」

「いやだって、高天ヶ原の生徒手帳に『レベルに合わない妖魔との戦いは避けること』って書かれてるし、それに僕、こんな姿だし」

 なににつけても、僕は無力だ。今の矮さい僕ではドブネズミにエンカウントしても危うい状況だ。

「というわけで姫ちゃん、いつものようにカッコよくやっつけちゃってよ。それでうまくおさまるだろうからさ」

「もう晶くん、しっかたないなぁ。それじゃあボクがスパッとやっつけちゃうよ」

「わわわっ! は、はやく女の子がぁ!」

 村人Aさんと僕らの間にはものすごい温度差があるようだ。慣れって怖いもんだね。

 かくいう僕も高天ヶ原に来てはじめのうちは妖魔の姿に震え上がっていたけど……どういうわけか、それが数日で慣れてしまっていた。

「じゃあ、鬼さんこっちら、手のなるほうへ――っと」

 姫ちゃんは脇に携えていた神器剣『艸凪剱クサナギノツルギ』を引き抜いた。矢じりを長くしたようなその鉄の剣は、30センチほどの長さの短いもの。しかしそれは、古の邪竜『八岐大蛇』の尾から顕現した、神なる剣――の影打コピーだ。

 その剣を持つ勇者の名は――

「やまとはくにのまほろば――……」

 紡いだ言の葉と、姫ちゃんに宿る“天命”が共鳴する。

 真幌場姫騎、その天命の名は『日本武尊ヤマトタケルノミコト』。

「てやぁ!」

 跳躍。勇者ヤマトタケルとなった姫ちゃんは人知を超えた力を得ていた。

 勇者の“霊”を降霊術により宿した存在、それが僕たち現代を生きる勇者だ。体内に宿る勇者の霊、通称『天命』を糧にして僕ら勇者は妖魔を倒す。

 すでに姫ちゃんはあの獄卒鬼の1メートル前についていた。獄卒鬼が右手に掲げていた黒いつやのある、刺々しい棍棒を振り下ろす――隙も与えず、獄卒鬼に斬りかかる。

「やぁ!」

 獄卒鬼の胸に、十字の傷が走る。

 すかさず、姫ちゃんはよろめく獄卒鬼に飛び乗り、その肩にいた女子高生を救出する。獄卒鬼の肩から飛び降りるさい、とどめにうなじに剣を突き刺し、流れるような動きで“退治”と“救出”をやってのけた。

「すごい……」

 力とかそんなんじゃない。単純に腕がよくて、才能があるんだ。

 勇者となるべくして生まれた存在、それが日本最強の姫ちゃんだ。

「姫ちゃん、大丈夫」

「だいじょーぶ、ほら、この女子高生ちゃん、ただ眠ってるだけみたいだよー。受験勉強で疲れてたのかなー」

「それで鬼に憑かれてちゃシャレにならないねぇ」

「おお晶くんうまいこと言うねぇ!」

 べつにうまいこと言ったつもりはないんだけど。

 しかし、そんな僕のシャレを呼び水にして……シャレにならない事態が勃発した。

「ななぁ!」

 ビルの後ろから、ぞろぞろと3体の鬼が現れた。赤と青と黄という、信号機を連想させる色合いの鬼たちだ。

「へへぇ。追加依頼ってわけか! でもボクにかかればこんなの朝飯前だよ!」

 姫ちゃんは腰につけていたポーチの口を開けると、そこから黒く硬い柘榴のような石を取り出した。

 それは燧石ひうちいしという、特殊な鉱石だ。それを地面に投げつけると、空気と反応して強烈なプラズマを発生させるとのこと。

「たやぁ!」

 姫ちゃんは燧石を3体の鬼の前の地面に向けて投げた。石はコンクリートの地面に強く叩きつけられ、一瞬白い光がひらめく。

「グガォオオオオオオオオオオオオオ!」

 鬼どもは光と、そして熱に慄いていた。

 3体の鬼の周りに炎の幕が形成されていた。それは燧石が作り上げたプラズマで、触れるとやけどどころか灰になってしまう。

「食らえぇ! ボクの新必殺技ぁ!」

 そのプラズマの幕に向かって――姫ちゃんは恐れることなく突き進む。

 姫ちゃんの艸凪剱がプラズマの炎を断ち切り、その小さな道を姫ちゃんが突き進んだ。

 慄いていた鬼に退路はない。突然プラズマの合間から現れた姫ちゃんの攻撃、いや『新必殺技』を躱すことなどできず――

「必殺ぅ! 陽炎斬かげろうぎり!」

 瞬く間に、鬼の体に炎の剣の軌跡が刻まれた。

 地獄の鬼が、現世の勇者に退治された。

「やったね、姫ちゃん」

 僕は姫ちゃんの胸ポケットからささやく。

「いえーい、ブイ!」

 姫ちゃんはいつものような太陽の笑顔を浮かべている。太陽童子サンオブザサンの異名を持つ姫ちゃんは、365日いつでも天真爛漫。

 な……はずなんだけど。

 なぜか僕の脳裏に不安がよぎる。

「姫ちゃん」

「ん? なぁに、晶くん」

「その、姫ちゃんの胸が……」

「ぼ、ボクの胸!? そんなにボクの胸が真っ平だとかぺったんこだとかいうのかぁ! 誰だボクを『貧乳勇者』だとかツイートしたやつはぁ!」

「いや、そうじゃなくて」

 姫ちゃんの鼓動が異様に高い。姫ちゃんの胸ポケットにいる僕だからわかることだ。どっくんどっくんと、まるでフルマラソンをしているような、そして、体が異様に熱い……。

「姫ちゃん、まさか体調を崩していたりとかはしていない?」

「な、なぁにを言うか晶くん! 確かにボク、妖魔退治と学業と、ついでにテレビ出演までスケジュール入っちゃってるけど、ちゃんと睡眠はとってるよ!」

「一日何時間寝てるの?」

「さんじかん……」

「短すぎるよ!」

 そりゃそんな短い睡眠時間じゃ伸びる身長も伸びないよ……。

 しかし姫ちゃんはいまや『日本最強』と謳われる勇者だ。もともと名門『真幌場家』の出身で、その家元に恥じず高天ヶ原入学当初から頭角を伸ばしていき、いまや勇者学校二学年にして格10という、ギネス保持者だったりするのだ。

 おまけに女の子で、(ちっちゃくて)かわいいし、妖魔退治が一種の『スポーツ観戦』みたいな感じになっている昨今では、姫ちゃんはアイドル的人気を日本で誇っている。老若男女問わず、特に特定の男性からの熱い支持があり、関連グッズが日本経済をちょこっと揺るがしちゃうほどの売り上げを伸ばしているとか……

 そんな雲の上の、多忙な姫ちゃんである。

「だいじょうぶい! この『カッパドリンク』を飲めば24時間タタカエ……」

 ふらぁ~。

 重力が背中に。姫ちゃんが背中から倒れて――ごてーん。

「…………」

 女子高生を介抱していた村人Aさんが絶句していた。

「姫ちゃぁあああああああああああああん!」

 姫ちゃんが倒れた、それはバベルの塔が倒れるくらいの神的レベルのアクシデントだ。

 姫ちゃんの胸ポケットから這い出る。沈みゆく太陽の下の――姫ちゃんは、汗をだらぁーっと流して、公園の石床に寝転んで、はぁはぁと荒い息をしていた。

「だめだ、完全に致命的に熱にうなされている……」

 こんな状態になるまで姫ちゃんは妖魔退治に学業にテレビ出演に遊びに精を出していたのか……。

 今の僕には……何もできない。

 この矮さな身体では、姫ちゃんに満足な食事を与えることも、汗をぬぐってあげることも、そして姫ちゃんを抱えることもできない。

 ただ、姫ちゃんのほっぺたに、ハエのように止まって、その顔色を窺うことしかできない。僕は……なにもできない勇者だ。

「僕は……」

 どうすればいい? 誰かに連絡を取ろうか。怜音さんや沙菜さん、もしくは近くの陰陽博士に連絡を取れば……

「ウガァアアア……」

 なぜかそのとき、壊れたラジオのような声がした。

 鬼だ。僕らの目の前に、川の字になって倒れている3体の鬼……その一番手前の赤い鬼が死力を振り絞って立ち上がってきた。

 どうして……。

 姫ちゃんが、やり損ねたのか。

 普段の姫ちゃんなら、こんなへまはしない。姫ちゃんは優秀だ。数々の妖魔を倒してきた姫ちゃんはその速さと正確さは折り紙付きだ。

 でも、今の熱にうなされた、睡眠時間3時間の姫ちゃんなら……集中力を切らしてしまうのは無理もない話だ。

「ウガァアアアアアアアアアアアアアアア!」

「わ、わわわわ!」

 村人Aさんが腰をぬかしてへたり込んでいた。

 鬼が立っていた。そしていきり立っていた。棍棒を肩に乗せ、そして姫ちゃんを睨んだ。

 対する姫ちゃんは、もはやその鬼の姿をとらえる余裕もないほど、喘いで苦しんでいた。

 絶体絶命だ。鬼が――その棍棒を振り下ろすだけで、姫ちゃんは僕もろとも血肉と化す。

 これが妖魔退治の現実だ。スポーツ観戦の延長上として見られても、それに命の危険があるのは必然だ。

 僕らに宿る、勇者が辿った戦いのように、それは残酷で凄惨な世界なんだ。

「わ、ああああ……」

 なぜか、僕の頭も痛くなった。

 この痛みは……姫ちゃんと再会したときに受けた痛みと……どこか似ているような。

 ぼんやりとなにかの情景が脳裏に浮かぶ。そこに、赤い血が垂れていて、セーラー服に血のりがべったりと、そしてその顔が……薔薇の花弁のようになっていて……

(姫ちゃんっ――)

 いやだ、と無性に思った。

 なぜか僕の脳裏に姫ちゃんが“殺される”情景が浮かんでいた。鮮明に、現実的に、そんな情景がぐるぐると頭をめぐる。

 僕は何もできない、矮さな勇者だ。

 でも、僕は――

 姫ちゃんを、守らないと!

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