QUEST.1 1/100のファーストエンカウント A
「はっ……」
目が覚めた、現世の情景も前衛芸術をイメージさせるほどのひどいものになっていた。
崩壊した都市の
僕の体はズタボロ。七つの海の荒波に揉まれたような、ひどい有様となっている。
そして目の前には――
僕は――
そうだ。あの蛮小鬼の群れに勇猛果敢に突っ込んで、いつものようにやられたんだ。
そしていつものように気絶して。
何度も何度も、僕は負けている。この実技試験を一向にこなすことができず、僕は地団太ばかり踏んでいる。
やる気がないとか。手を抜いているとか。
そんなつもりはまったくない。
だけど僕は――不甲斐なさが運命的に確定している、呪われた最悪の勇者なんだ。
そうだ。僕は勇者だ。
人類の仇敵、「妖魔」を殲滅するため戦う、神話やお伽話の勇者を引き継いだ存在――それが僕ら勇者だ。
右手の神器剣を手に、あいつら蛮小鬼を殲滅しなければ――僕はここを退学させられてしまう。
戦わなければ。単位のため、勇者学校に残るため、そして、姫ちゃんのために……
「くっ……」
手が動かない。体が動かない。
そして僕には
「ブギィイイイ!」
そんな僕をあざ笑うかのように、3体の蛮小鬼が僕を取り囲む。そして棍棒をしっちゃかめっちゃかに振り回し――
痛い痛い痛い。体が痛いんじゃない。ただ心が痛いんだ。
糸のように細くなったチカラで、細い剣を掲げる。剣を振れ、剣を振れ。
でも、僕はなにもできない。
剣が――手から離れ落ちる。
(助けて……)
どうにもならない、袋小路に立たされた僕はぽつりと心の中でそうつぶやいた。
すると……風が、馳せた。
「ボクが助けに来たぁ!」
白鳥が舞い降りた。
白い翼のような、無垢に白いマントに身を包む。頭にマシュマロのようなベレー帽。
くるりと回る半身――そのマントの下の青いレースで縁取られたどこか時代錯誤なセーラー服。短いプリーツスカートと黒いニーソックス。
「晶くん! 僕がぜぇんぶやっつけてやるぞ!」
この小さな勇者は『姫ちゃん』だ。
「てやぁ!」
姫ちゃんの剣が、目の前の蛮小鬼を一刀両断した。
僕が何度立ち向かっても倒せなかったその雑魚を、ただ一振りで倒してしまった。
蛮小鬼――の
解答欄が埋め尽くされ――試験終了。
「はぁい、ひとまずこれで試験終了よ!」
そして、
僕が行っていたのは、VRの妖魔との訓練シミュレーションだ。つまり、僕が戦っていたのはCGで
つまり体は傷ついていない。
しかし、心は疲弊した。
妖魔に対し、散々な有様となっていた僕だけど、果たして成績はどう転ぶやら。
「それでは成績発表! 深玄晶くん!」
「はいっ!」
僕――
対する担任の円堂先生が複雑な顔を浮かべている。
「キミの成績はねぇ……言うまでもないけど、
「0点……」
つまり評価なし。実技訓練のすべての成果が、0という現実。
「まぁ……ね、キミの場合、怠けているとか、そういう問題じゃなくって……やっぱりその“天命”だからね。どうしようもないところがあるけど……」
「はぁ……」
僕は呪われた勇者だ。その体に宿る“天命”は弱く矮小で、誰かの助けなしでは戦えない、足手まといになるだけの勇者だ。
勇者としての
だけど、それでも僕は勇者になると決めたんだ。かつて抱いた、勇者の夢をあきらめきれず、僕は願ってしまった。
でも、こんな体たらくだ。
「訓練は何度でも受けていいからね。ほ、ほら、まだキミここにきて1カ月だろう? 学期末までまだ時間はあるから焦ることはないよ」
「すいません、先生……」
僕は慰められていた。それほどまでにみじめな姿なんだろうか。
「対する真幌場さんの成績は99点ねー。3体目の蛮小鬼にスネをけられなかったら満点だったけどー。まぁ、このレベルの試験は完全制覇したも同然ね」
「いやいやー。こんなの朝ごはん前ですよー」
0点と99点。天と地、月と
僕はほんとうに……どうしようもない。
「はぁ……」
深海に落されたみたいな、どん底の僕。
そんな僕を照らす夕焼けは、眼下に広がる雲の海をも朱く染めて、オレンジ色の綿菓子を作っていた。
僕らの通う『高天ヶ原勇者学校』は空に浮かぶ空中要塞だ。
天上の国をイメージして作られたというこの空中要塞はUFOの円盤を大きくしたような円形の甲板と、その中央、石畳の敷地に建つ朱い社状の校舎でできている。
空母艦のようなこの空中要塞の学校で、僕ら100人の勇者5学年分が収容されている。
1学年の勇者の数はおよそ20。そして学校は5年制。勇者の数は「勇者学校」を有する主要国で取り決められた約定だ。
この学校の存在意義は大きく二つ。
100年前より世界に現れだした「妖魔」または「デモン」と呼ばれる魑魅魍魎モンスター――の殲滅を執行する「勇者」の育成。
そして、日本でいう陰陽博士、外国でいう魔術師たちが「予言」するという
つまりは名前の通り、勇者を育てる学校だ。厳密には僕たちは見習の勇者、「勇者候補生」なんだけど、しかし「勇者」という存在は限られた人間しかなれないもの。そして世界には妖魔という人類の脅威が四六時中人々を脅かしている。
なので、見習の僕たちもその「妖魔」を倒さなきゃならないんだ。
でも僕は……弱い。
誰かを助けるとか――そんな
そして真の勇者としての
このままでは、僕は留年してしまうかもしれない。これじゃあ、一体全体なんのために勇者になったのかわけが分からない。
ただ、僕は昔言われたんだ。
『アキラくんはサイキョウの勇者さまなんだよ!』
そう、あの姫ちゃんに。姫ちゃんのために僕は……
「なーにやってるのぉ、晶くん」
ぬっ、っと。
屋上の手すりの下から、ヤモリみたいに顔を出したのは姫ちゃんだ。
「わ、わわ姫ちゃん! いったいどうしてこんなところから……」
「向こうから“ジャンプ”してきたんだよ!」
「向こう……って」
姫ちゃんが空いた手の指を伸ばす先に、桜の木がある。すでに葉桜となったその木の生える花壇は――校舎よりおよそ百メートル先。そして校舎は三階建てである。
まさに人知を超えた技だ。背面跳びも走り幅跳びも軽々と世界新を取れるレベル。それが勇者のチカラだ。
「ふひぃー、晶くんボクを放って勝手に屋上なんか行くから探したんだよー」
「姫ちゃん……なんで僕を」
「ほーら晶くん、訓練のあとの一杯だよ!」
僕のほっぺたに頬が引き攣るほどの冷気が当たる。僕の頬に押し付けられたそれは……
「ポーション(劇薬)」という、名前からして怪しい“炭酸飲料水”だ。
「さぁー晶くん、勇者が疲れた時はポーションで回復! これ基本だよ!」
「待って姫ちゃん。この『ポーション(劇薬)』主成分に『マンドラゴラ』入ってるんだけど大丈夫なの……」
「だーいじょうぶだよ。ほらグイッと!」
ぷしゅっ、と炭酸のはじける音。プルタブを開けたその「ポーション(劇薬)」なる炭酸飲料を姫ちゃんは無理やり僕の口へと流し込んだ。
「あがががががががががっ!」
身体じゅうをブスブスと刺すすさまじい匂い。舌が焼けるような味。もはやこれは飲み物ではない。というより書いてある通り劇薬じゃないか!
「姫ちゃん、これ違う……劇薬……毒だよ」
「どく? 劇薬って『劇的によくなる薬』じゃないの!」
姫ちゃんは実技は完璧超人だけど、座学は点でダメなのである。
僕はゲホゲホと腔内にまとわりつく劇薬の滴を吐き出していた。
「まーまー、これで晶くんも気分転換できたでしょー」
「姫ちゃん……」
「実技が0点だからって不貞腐れるんじゃなーい! 晶くんは僕にとって最強の勇者さまなんだから!」
姫ちゃんは……姫ちゃんなりに僕を励ましてくれたのか。
まったく僕は、姫ちゃんに助けられてばかりだ。僕は何もできない木偶の坊。小さくて弱くて心が脆くて、姫ちゃんの助けなしでは生きていけない存在だ。
それでも僕は決めてしまったんだ。
姫ちゃんを――守るって。
今は守るどころじゃない、守られているような状態だけど、きっといつか、強い存在になって姫ちゃんを守りたい。
昔、僕が夢見た、最強の勇者を僕は目指したい。
「姫ちゃん、ありがとう。僕は、こんなところでへこたれないよ」
「おう! その意気だよ晶くん!」
夕焼けに向かって決意を新たに。
僕は、最強の勇者になる。
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