第7話 二十五から三十
【二十六】
人が失踪すると噂の廃ビル群を訪ねたことがある。奇妙なことに、町の人々が口々に「廃ビルが立ち並んでいる」と言う場所に私が見たのは、懐かしい風情の賑やかな商店街であった。商店街を歩く人々は、写真で見た失踪者たちに、不思議とよく似ていた。
【茂木怪異録 去る町の怪 より】
【二十七】
恐ろしく賭けの強い男がいた。如何様師相手にすら負けなしの強運と読みは、称えられる一方で常に如何様も疑われたが、うらぶれた風体の彼が賭けたのはいつも一晩の酒代のみ。彼と博打を張った者はツキが良くなると、皆、負けても喜んで酒を奢ったものだ。
【茂木怪異録 ツキのある話 より】
【二十八】
旅の道中、同じ安宿に泊まっていた怪しげな商人に、厄除けの守り袋を勧められた。どうやら、宿の者全員に売りつけているようだったが、胡散臭いものにはとりあえず手を出す性分でひとつ買った。商人が宿を発った次の晩、前触れなく破れた袋の隅から、生米がばらばらとこぼれ落ちた。米は床を一度叩くと跳ね上がって16匹の白鼠へと姿を変え、私の財布を掠め取って一目散に宿を走り出た。慌ててあとを追い飛び出ると、背後で建物が崩れる音が響いた。
【茂木怪異録 米粒鼠 より】
【二十九】
濃い霧の日、突然友人が家へ飛び込んできた。なんでも、道中急に霧が濃くなり、どこかからか「ぽん、ぽん」と誘うような鼓の音がしてきたのだと言う。化かされぬようにと耳をふさいで駆け抜け、手近な私の家に飛び込んだのだと。無事にたどり着けて何よりだが、音はどうなったのだと訊ねると、友人は浮かない顔で、「ちょうど笛が加わったところだ」と答えた。
【茂木怪異録 耳楽の怪 より】
【三十】
我々のような人間が最も恐れる怪異がある。これは昨夜のことだが、貴重な資料に目を通す途中で居眠りをした。目を覚ますと、書かれていたはずの文字がごっそり抜け落ち、残りは逃げ場を探すように紙の上を這い回っている。やられたと叫ぶ間もなく、黒く細長い舌が墨壺から飛び出して、全ての文字を舐めとってしまった。
【茂木怪異録 墨喰う怪 より】
茂木怪異録 モギハラ @mogihara
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