第6話 二十一から二十四
【二十一】
夏の日のことだ。散歩の途中、見知らぬ童子がそばへ来てしきりに「にい、にい」と呼ぶ。「私はきみの兄さんではないよ」と言うと、今度は私の裾を引いて「みん、みん」と言う。「何を見ん?」と問えば、童子は「じい、じい」と言う。童子を追うと、暑さに倒れた老人を見つけた。童子はどこぞへ消え、老人の胸には夏の虫の抜け殻があった。
【茂木怪異録 蝉童子 より】
【二十二】
土蔵の棚に奇妙な空間があることに気づいたのは、数年前のことだった。まだ青い蜜柑をひとまず置いていたら、翌日には熟し、三日後には全て腐っていたのだ。若い酒を置くのにはいいが、よくそこに触れる右手だけ皺が増えるのには困りものである。
【茂木怪異録 土蔵の怪 より】
【二十三】
罪によって地上へ追放された月の人が埋まる地は、すすき野になると言う。秋になり月が近づくと、望郷の想いに駆られたすすきの穂は、月へと手を伸ばすのだ。うっかり月の人が眠るその地を踏んだ者を、彼らは話し相手として土の中へ迎えている。
【茂木怪異録 月人芒 より】
【二十四】
山路をゆく二人の旅人が、無人の古寺を見つけた。一夜の宿と決め、中で話していると、相槌を打つように銅鐘の音がする。「やい、誰かいるな」と一人が叫ぶと、まるで鐘の中で叫んだようにくぐもった声で「やい、誰かいるな」といらえがあった。二人は頭がくらくらとして、翌朝まで気を失ってしまった。
【茂木怪異録 銅鐘の怪 より】
【二十五】
山間の村落に泊まった時、厠の戸が開かなくなり、閉じ込められてしまった。 誰か出してくれと叫んでいると、助けてやろうか、と声がする。 見上げると天井窓から、私の身の丈ほどに長い毛むくじゃらの腕がぶら下がってきた。慄いて隅で震えていると腕はしばらく私を探すように厠の壁を叩いていたが、やがて諦めたように引っ込んだ。あっさりと開いた厠の扉には土色の手形が残っていた。
【茂木怪異録 蜘蛛猿の怪 より】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます