第3話 六から十
【六】
壁の穴や池などを見ると、ついつい覗き込みたくなってしまうものだが、そういう時、自らに向けられる視線には気づきにくいことを注意しておかねばならない。
あるとき池の底を覗き込んでいると、ひやり、と背中に視線を感じた。
振り返らずにそっと池の水面を見ると、雲の隙間からこちらを覗き込む、大きな赤い目玉が映っていた。
【 茂木怪異録 覗き込む怪 より】
【七】
ある一家が、古民家を潰して家を建てた。
しかし住み始めると、新築なのに廊下の床を踏むたび悲鳴のようにきしむのだ。
幼い子供らはぎいぎい、きいきいと泣き喚く床の声を哀れんで泣き出す始末で、一家はおそるおそる廊下の端を通らねばならなかった。
耐えかねた一家が業者を呼んで床板を剥がして見ると、板の裏にはさまっていた小さな鬼が慌てて這い出し、きいきい騒ぎながら部屋の隅へ消えた。
【茂木怪異録 先住の怪 より】
【八】
とある高層ビルで上りのエレベーターに乗ると、後から乗りこんでくる人がある。
何階ですかと問うと、丁寧に「49階を、お願いします」と言うのでボタンを押すと、また丁寧に会釈をする。
作り物のようで、印象に残らない人だと思いながら自分の階で降りた瞬間、49階は存在しないことに気づいた。思わず振り返ると、閉まる扉の隙間に奇妙な影を見た。
【茂木怪異録 49怪 より】
【九】
背の高い黒い人影のようなそれは、たびたびガード下にいた。
人間であれば目鼻口がついているであろう場所には、千切れた線路のようなものが貼りつき、頭から生えた車輪は、がたついてからからと音をたてながら回っているのだ。
私がそれを見たのは子供の時分であったが、数十年の月日を経てその地を訪れた時、それは同じようにガード下で、何をするでもなく立っていた。ただひとつ昔と違っていたことは、それがガードの天井に届かんばかりに大きくなっていたことだ。
【茂木怪異録 ガード下の怪異 より】
【十】
森近くの川で釣りをしていた時、釣った鮭の入ったびくに入ろうとする黒い獣を見た。
獣が完全に入り込んだのを見計らい、持ちあげて中を覗くと、魚をくわえた黒い兎と目が合う。
驚いている間に黒兎は跳ね上がって何度か空を蹴り、深い森の闇へと消えた。
【茂木怪異録 黒兎の怪 より】
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