第2話 壱から五

【壱】


山越えに道を失った旅人が、打ち捨てられた塚の横で休んでいると、ふわふわと雪のように白く舞う儚い光を見た。

誘うように飛ぶ微かな灯りを頼りとして歩き人里に降りると、光は名残惜しげに旅人の周りをくるり飛び、山の中へ消えていった。

塚には、山神に捧げられた子の像が祀られていた。


【茂木怪異録 薄雪蛍 より】




【弐】


民家に泊まった早朝、暑かったので桶を借り打ち水に出た。

大きく柄杓を振って軒先に水を撒くと、くあんと一声、狐の声がして、目の前を強い風が吹き抜けた。

声のしたあたりを見ると何か大きな動物が寝そべっていたように、そこだけ乾いた地面があった。


【茂木怪異録 虚狐の怪 より】




【参】


それは議論の場にふと現れ、ふと消える。

古い昔からごく最近に至るまで遭遇者が絶えず、その姿は子どもであったり、背の高い女や、髭の長い老人であったりする。

彼がいる間は誰も、彼が誰であるかを気にせず、疑わない。

そして、彼が何かを喋る時は、どこからかカチリと音がするという。


【茂木怪異録 機械仕掛けの神 より】




【四】


ある海女が、海の底に黒珊瑚が群生しているのを見つけた。

土産に一本折り取って上がろうとすると、足に何かが絡みつく。

握っていた黒珊瑚までもがぐにゃりと曲がり、海女がたまらず手を離すと戒めは解けた。

なんとか浜に上がった海女の足には、蛇に巻きつかれたような鱗の痕があった。


【茂木怪異録 黒珊瑚の怪 より】




【五】


夢に幾度も同じ男が現れ、青褪めた顔で、夕暮れを返せと乞う。

何のことかと首を捻るうち、夢の始まりは海辺にある実家の周りに塀を立てた日であると気づいた。

急ぎ行って見れば、荒れた庭には、塀に力なくよりかかる豆の木があった。

西日の海が見やすい場所に植え替えた日から、その夢は見ていない。


【茂木怪異録 刀豆の夢より】

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