閑話 あるテレビマンの死
まさか死ぬとは思わなかったと青年は明るく笑った。
色々な相手に話を聞いてきたが、己の死に対しここまで軽くとらえる亡者も珍しい。
死者たちの多くは、いかにドラマティックな死であったか、その時の絶望や後悔について語ろうとするものだった。
あるいは話したがらず口を噤む者、感傷に浸るのを避けるように過度に矮小化して話す者もいるが、彼はどれにも当てはまらなかった。
青年は、米国の某所で発生した、ある立てこもり事件の人質だった。
地方テレビ局を占拠したその集団は、自分たちの主張を公共の電波で流し続けるよう求めた。
テレビ局員だった青年は、銃を突きつけられ同僚や上司たちと共に数日に渡り監禁された。あまり多数の人質は、見張る側にも負担がかかる。警察の交渉により、彼は一度目の交渉で解放された。つまり、助かったはずだったのだ。
しかし、最後に残されたある女子局員の身代わりを志願して、青年は再び人質となった。
「事件の顛末を最後までそばで見届けたくって。こんな機会一生ないと思ったし、実際一生に一度だったわけだし」
動機が言葉どおりかどうか、女子局員との関係に探りをいれてみると、
「彼女は局のマドンナだったよ」
とだけ答えた。恋人関係ではなかったようだ。
どうあれ、本人の口ぶりや何かにつけて楽観的な態度からして、本当に自分が死ぬとは思っていなかったらしい。
捕まっている間は能天気にも、無事に助かるストーリーを何通りも考え、ついでに解放後のヒーローインタビューのシミュレーションまでしていたそうだ。
その妄想の中には、犯人を話術で惑わせ、隙を見て脱出するとか、あるいは、赤と青の奇抜な衣装の蜘蛛男が突然窓を割って飛び込んできて犯人を皆粘着質の糸で一網打尽にするとか、奇想天外なものもあった。
彼が話した中で最もまともなシナリオは、犯人との交渉を長引かせて犯人が疲弊してきた頃に秘密の入り口から特殊部隊が突入、場を制圧して、自分は救出されるだろうというもの。そして実行されたのはその、(彼に言わせれば)最も退屈な作戦だった。
結果として、作戦は失敗に終わった。
「撃たれたときはマジかよ! って思ったね、でも一命は取り止めるもんかと。次に目覚める時は病院だろって」
撃たれて数瞬で意識はなくなり、彼は意識不明の重体が続いた末に亡くなった。
「自分の葬式まではなんかわかんないけど、ぼんやり見えてたんだよね。俺、悲劇のヒーロー扱いで。ひとりの青年の未来が奪われた〜とか言って。あれさ、取り上げられる側になってみるとだいぶ参るよね」
口を尖らせる彼に、あのとき、マドンナの身代わりにならなければ良かったと思うか、もしこの運命を知っていたら選択を変えたかと問いかけると、彼はますます口を尖らせた。何かの鳥に似ていないでもない。
「ヤラシー質問するなぁ。死ぬって知ってても身代わりになったかどうかなんて、その時の俺に聞かなきゃわかんない」
我ながら馬鹿げた、意地の悪い質問だ。しかし、彼の信念や人生観、死生観を知るために、聞いてみたかった。幸い、そこまで気を悪くした様子はなく、続く答えが聞けた。
「今の俺なら死んでもいいかなって思うよ、こんな楽しいとこがあるって知ってるし…あーでも、友達とか家族がすげー悲しんでさ、困るよあんなの。マドンナも俺の分まで精一杯生きて人の役に立つのがギムだと思っていますー、なんつって悲壮感たっぷりでさー、明るいとこが良かったのに。俺、全然そんなつもりじゃなかったから気まずい…」
青年は肩を落として、初めて少し落ち込んだ様子を見せた。何か思い出しているのかもしれない。
「…今、望んでることはある?」
「望み?やりたいことはいっぱいあるけど」
「あなたの夢を教えてほしい」
この質問に、少し沈んでいた青年の目はチカチカときらめいた。
「みんな笑わせたいな。この島の人みんな楽しませるぐらい面白い番組をいっぱい撮って、なんとかしてあっちで流してもらったら、俺がめちゃくちゃ元気で、しかもスゴい仕事してるって伝わると思うんだ」
彼の夢の実現が可能かどうかについては、敢えて何も触れなかった。私のこの試みもそうだ。
死者たちの物語を集め、本にしたところで、望むように生者の世界に伝えられるかはわからない。
しかしこの島では、誰でも夢が見られるのだとある死者は言った。望むことすら許されなかったことが叶う場所だと。
この島での暮らし自体、午睡のような、一瞬の夢なのだと言った者もいる。
とにかく、安らかでない死者がまた一人島を訪れた。
彼はこの島の夢に、どんな彩りを加えるのか。
少し遠まきに、今後も見守っていきたいものである。
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