17話 ドラゴンの里。漢の悲鳴。



「ほらこっちこっち! あっちにすっごく良くできたアクセサリー屋さんがあるんだから!」



 興奮気味こうふんぎみに、グイグイと俺の手を引っ張るノイル。


 その綺麗な手は、あのゴツゴツとした頑丈がんじょうなドラゴンからは想像がつかないほど、繊細せんさいすべらかだった。



 しっかしなぁ……。



「ああ、わかった、わかったから離してくれ! さっきから背後に嫌な予感がするんだよ!」



 背後にはオートマタのスイが付いてきていたが、まさかノイルをぶっ殺すとか考えてないだろうな?


 ゴゴゴゴゴと聞こえてきそうなくらい、圧倒的殺意をヒシヒシと背中に感じて、すんごく恐ろしいのだが。



「トカゲコロストカゲコロストカゲコロス」


「「ヒィッ!?」」



 おい! マジで殺そうとしてるじゃねぇか今度はなんでだよっ!



「ちょ、ちょちょちょ、ちょーーっとスイちゃん怖すぎなんじゃないかなっ!?」



 ノイルがビビり散らかして俺の身体を盾にし始めた。



「ーーおい! って、ぎゃああああ! スイ! やめろ! これ以上近づかないでくれ! なんでさっきよりもそんな怖くなってんの!? ひゃっ、ひ、ももはや人の顔してなくないっ!?」



 少し前、俺らはドラゴンの里に到着した。



 ……はぁ。これ、今日中に帰れんのか………?



 里に着くだけでこんなに疲れるとは思いもしなかった。ノイルはともかく、スイにも相当な問題がありそうだ。




 ……それはともかく、話を転じて先ほどに戻そうと思う。

 



 ーー先ほど、ノイルとの話し合いが終わり、俺はゴッド・ドラゴンの里に連れてこられていた。


 里全体ががけの中に隠れており、里のゲートは魔法で隠してあった。


 ノイルの家とは違い、中に入れば綺麗にくりぬかれた洞窟が広がっており、あちこちに松明が立て掛けてあって、洞窟全体が明るく照らされていた。



「おお、ノイルさんじゃないか!」


「ああ、ノイル様!! ご機嫌はいかがですか!」


「ノイル姉さん! わたしアグノス鳥の骨でアクセサリーを作ったの! 後で試してみて!」



 入った瞬間、ノイルは人間姿のドラゴンたちにもみくちゃにされた。



「ああもう! 君たち! お客さんが来てるって言ったよね!! 今はやめなさい!」



 その人混みは、ノイルの圧倒的人気をこれでもかと示していた。



 ーーおお、ノイルってすっげぇしたわれてるんだな。



 さすがドラゴンの中でも1番強いゴッド・ドラゴンの長なだけある。あっという間に人混みにまぎれて視界から消えてしまっーー。



「ーーっておいっ! ノイル! どこに消えた!?」


「ああっ! 君たち! 奥に噴水ふんすいがあるからそこで待っていてってひゃぃっ!? ねえ! 誰か変なとこさわったでしょ……!!」



 人混みの何処どこかから聞こえたノイルの絶叫は、後半部分がまったく聞こえていなかった。

 


「……あー、えっと、じゃあスイ、噴水行くか」


「はい、タクト様」



 スッと俺の真横についてピッタリと着いてくるスイ。



 例によって近すぎると思うんだよね。




 〜 〜 〜




 洞窟の奥に進むと、ノイルの言った通り、綺麗な噴水があったので、俺たちはそこでノイルの到着を待った。


 その間、スイは片時かたときも俺の側から離れなかったが、洞窟の中を観察しているようであった。



「……おおい! ごっめんね、遅くなっちゃって!」



 と、奥の方からヘトヘトになったノイルが歩いてきた。



「ふぃぃぃぃ疲れたぁぁぁぁぁぁ……」



 そう言って、ノイルは俺らが腰掛けていたベンチにへたり込んだ。



「お、おつかれ……」


「お疲れなんてもんじゃないよ、わたしが来るといっつもこうなんだから!」



 プンスカと、腕を振り回しながら文句を言うノイル。


 その姿を見て、俺は思わずき出してしまった。



「……ふふっ、いいじゃねーか、ノイル、みんなに慕われてるんだな」


「もぉ、笑い事じゃないんだから!」



 そう言いつつも、ノイルは神妙しんみょうな顔つきになる。



「……でも、慕われてるってことは、同時に期待もされてるってことなの。わたしには首領しゅりょうとしての責任がある。みんなを守らないといけないんだよ」


「……ああ、そうだな」



 こいつはこの里を守らないといけない、ノイルはこの事に、何らかの葛藤かっとうを抱いているようだった。



「本当は、できることなら、わたしが君たちのダンジョンを守ってあげたい。コバヤシちゃんが死んだって聞いた時、本当に心の底から、そう思ったの」


「……ああ」


「でも、わたしは既に守らないといけないものがある。ココを守らないといけない責任があるんだよ」



 そう言ってノイルが洞窟の天井を見上げる。


 光苔が、キラキラと輝く洞窟を、愛おしそうに見つめるノイル。



「だから、タクトくん、君は嫌がってるようだけど、わたしがダンジョンに私たちの精鋭せいえいを送るのは、精一杯の恩返しなんだよ、迷惑かもしれないけど、わかってほしい」



 真剣な顔で俺を見つめるノイル。


 俺は、彼女の思いを無下むげにすることなどできなかった。



「……ああ、わかった、わかったよ、ノイル。十分わかったからさ、ま、ちょいと案内なりなんなりしてくんないかな?」



 重い空気を払拭しようと、俺は話を先に進める。


 すると、ノイルはベンチから急に立ち上がり、俺の方を向いた。



「ん? まだなんかあんのか? まあ、とりあえず言いたいことは歩きながらっ、ちょ、へぁっ!?」



 急に柔らかい感触が俺の身体を包み込んだ。


 め付けられる肩。


 肩にかかる吐息といき



 ーー俺は、ぎゅぅぅと、ノイルに抱きしめられていた。



「う、うぇぇぇぇ!? ちょ、ちょノイルさん!? 何やってんスカ!? ああの、ふっ、触れてはいけないところが触れているというか、なんというかお、お、おっぱ」


「……タクトくん、君ってほんと優しい人ね!! 食べちゃいたいくらい!!」


「い、いや、おっぱ、って、ヒエッ……」


「うふふ、タクトくんカワイイね、冗談に決まってるじゃない!!」



 いや、違う、俺はノイルの発言に驚いたのではない。もちろん、この状況には物凄く驚いてはいるのだが、ノイルの肩越しにチラッと見えたに驚いたのだ。


 ものすごく、もんのすごく殺気が漂っている。


 目が血走っている。



「ちょ、ちょちょいスイさん!? どうしたんですか!? なんか僕死んじゃいそうな気がするんですけど!!」


「タクトくん、なに言ってるの? んもう、照れちゃって!」


「いやっ、ちが、ちょちょ、ま、スイが近づいてきてるんですけど!! うわなんか魔法陣展開してるけど!! ……ってかおいノイル!! てめぇわざとやってんだろぶっ飛ばすぞこら!!」


「いやん、女性蔑視べっしぃ〜」


「くっ、くおぉぉぉぉっ」


「排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除」



 ーーくっそぉ、なんなんだよ! せっかくおっぱいっぱいな幸せな気持ちになれると思っt、うおほんっ、たいへん幸せな気持ちで終われると思ったのに!!



「ーーなんなんだこいつらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「あはは、面白いね」


「排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除」



 俺は叫び、ノイルは何故かうっとりとした表情で俺にしがみつき、スイはーー



 〜 〜 〜


 

 洞窟の奥でとあるおとこの悲鳴と、少し遅れて爆発音がとどろいた。


 なにがあったのかは想像にかたくない。


 ただ、これだけは言っておきたい。


 彼は勇敢ゆうかんたたかいましたとさ。



 

 ーーそして話は冒頭ぼうとうに戻り、彼らは、ドラゴンの里を満喫まんきつ(?)することになるのである。



 

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