16話 ノイル宅にて。かつてコバヤシと名乗った人間。
「ーーで、コバヤシちゃんのこと、お話ししてくれないかな?」
「……ああ」
大きな木製のテーブルを挟んで、俺とノイルは、ことの
最初この家に着いた時は、
しかし、中に入って
ーーとにかく広かったのだ。
それどころではない。家の中のハズだったが、地面はふかふかの
そんな中、テーブルを挟んで会話しているものだから、
「ーーそんで、神が俺を管理人としてダンジョンに送り込んだんだ」
俺が話し終わると、ノイルはしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「……そっか、そんなことがあったんだね」
それっきりノイルは少々目を伏せ、沈黙してしまった。
チロチロと、この部屋のどこかに生息しているであろう鳥の声が聞こえる。
少々の時間が経って、今度は俺が質問することにした。
「……俺は先輩のことをほとんど知らないが、良かったら教えてくれないか?」
そんな俺の問いに、ノイルは俺の真横で隣で
「うん、いいよ」
それからノイルは、コバヤシ先輩のことについて色々教えてくれた。
〜 〜 〜
ーーノイルがコバヤシ先輩と初めて会ったのは、その時も今日と同じように、コバヤシ先輩とメリルがレッド・ドラゴン達に襲われていたのを、助けたのがきっかけだった。
初めノイルは、人間の姉妹が間違ってこの渓谷に迷い込んできたものだと思っていたが、コバヤシ先輩がダンジョンの管理人だと名乗ったこと、さらにメリルが邪神だと名乗ったことで、事態は一変した。
ーーノイルは、
「君たち、ささ、わたしの家に来てねっ!」
ノイルは気さくな感じを
ーーなぜ、ダンジョン管理人と邪神が……? 魔王軍が来たらどうする。我々は勝てるのだろうか。それとも今ここでこの2人を人質にするべきかーー。
大きな木製のテーブルを挟んだ目の前に、コバヤシと名乗る管理人と、メリルという邪神がいる。
どうにかして、時間を稼がないといけないと思ったノイルが口を開く。
「……あっ、あのっ」
「君、緊張してるね?」
「ひゃいっ?」
「あっはっは! ごめんね? いきなりこんな奴らが来たらそりゃあ怖いよね〜! いけないよね、日本人ってやっぱ平和ボケしちゃっててさ、どうもね!」
そうやって、悪意を全く持って見せない純粋な笑顔に、ノイルはさらに困惑した。
「えっ、は、日本人って? ってそうじゃなくて、あああ、あなた方はっ」
「あはは、そんな焦らなくっていいのよ? それから、コバヤシちゃんって呼んでいいよっ!」
「……貴方たちは、わたしたちの渓谷を
「えっ?」
「えっ?」
「んぬ?」
3人の
少しの間が開き、コバヤシが吹き出した。
「……ぷっ、あはははっ! そんなわけないじゃない! ごめんね、ほんと、私ってば勘違いさせちゃってたみたいで!」
ノイルはすぐに、目の前の人間が言っていることが真実だとわかった。
こんなにも悪意が見えない人間はそうそう居ない。
「……な、な……なんだーー!! よかった、よかったよぉぉぉ!」
ノイルはほっとしたと同時に、全身が脱力するのを感じた。
すると、コバヤシがスッと立ち上がり、何やらゴソゴソしだした。
「ほら、この苺タルト、私が作ったんだ。ドラゴンの口に合うかわかんないけど、食べてみてよ」
そうして、コバヤシはアイテムボックスから苺タルトを取り出して、ノイルの目の前に置いた。
「…………」
精神的ストレスによって一時的に言葉が出せなかったノイルは、目の前の苺タルトをジッと見つめたのち、恐る恐るパクッと、ひと口頬張った。
「……う」
「う?」
コバヤシはワクワクとノイルの顔を見ている。
「……うんまいっ! なにこれっ! なにこれっ!? うますぎるんだけどっ!? あ、あなた何者なの!?」
コバヤシが作った苺タルトは、この世のものとは思えないほど美味しかった。普段、鉱物しか口にしないドラゴンにとって、それはまさしく、神の
ーー味覚が、こんなにも素晴らしいものだなんて。
「ああっ、嬉しいわっ! そんな喜んでくれるなんて思ってなかった!」
コバヤシは手を合わせて目をキラキラと輝かせた。
そこに、メリルの声も被さる。
「だろ!? だろ!? コバヤシのおかしはすっごくおいしんだぞっ!」
「あらやだメリルちゃん! かわいいんだからっ! もう、いくらでも食べさせちゃいたいわ! いや、食べちゃいたいわ!! ふんっ、ふんっ! (鼻息)」
「んぎゃぁぁぁ!! 抱きつくな! くわれるっ!
ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人を見つめ、ノイルは全てが
「……良かったぁ」
自分でポツリと放った言葉はしかし、ノイルの心を確実に安心させていた。
〜 〜 〜
「……でね、コバヤシちゃんが、ただ単にダンジョンが壊れると自分が死んじゃうから、なるべく強いドラゴンを
静かで、広々とした空間。ノイルの声は直接俺の心に届いてくる。
「本当に優しい人間……あんな人は初めて見たよ、メリルちゃんと本当に仲良しで。メリルちゃんがダンジョンのボスになるって言った時は、本気で怒って……っ」
だんだん、ノイルの声が
「それで、それで……わたしにも優しくしてくれた。事あるごとにお菓子を作って訪ねてきてくれたし、冒険者たちや、魔王軍の情報も持ってきてくれて。ほんと、優しい人っ……」
そのまま
俺の隣にいたスイが、スッと立ち上がり、ノイルの隣に立つ。
「経緯はわかりました。しかし、涙を拭いてもらわねば話が進みません。これを。」
そう言って、スイが真っ白なハンカチをノイルに手渡す。
「…………ありがと。……まったく、ダメだね、わたしってば、ゴッド・ドラゴンの首領だってのに」
俺はスイを見た。
彼女の表情は
ーーしばらくして、ノイルは完全に復活した。
「ありがとう、まってくれて」
「いや、たいしたことはしてない。俺は聞いてるだけだったしな。……それにしても、先輩はやっぱ良い人だったんだな」
「そうだよ! コバヤシちゃんはめっちゃ良い人だよ! そして、そんなコバヤシちゃんの意思を継いでるのが、君なんだよ?」
「おいおい、俺はそんな優しい人ってわけじゃないぜ?」
「あはっ、なに言ってるの、メリルちゃんが懐いてるってことは、そういうことじゃない」
「ぬっ」
思わぬ方向から論破された気がする。
「……そ、それはそうと、俺らにも目的があってだな」
「いいよ! 協力してあげる!」
「お、おお、そうか、そりゃありがたい」
かなりすんなり受け入れてくれたな。同族とはいえ、同じドラゴンの首を持ち帰ることを許可してくれるとは。
「わたしたち、ゴッド・ドラゴンは、タクトのダンジョンを全面的に支援するわ!」
…………は?
「えっ、ちょ、ちょっとまってくr」
「もう悲しい思いはしたくないの! コバヤシちゃんが持ってきてくれた数々の情報は、わたしたちドラゴンの安定した生活を保証してくれていたわ! だからこそ、わたしたちは君たちに協力を惜しまない!」
まままままってくれ、こりゃあ一体どういうこった? ドラゴンが、しかもゴッド・ドラゴンが全面的に協力だって?
い、いやぁ、まさかそんなことはーー。
「ーーさしあたって、我々、ゴッド・ドラゴンの
いやぁぁぁぁぁぁ!!
お、俺の平和なダンジョン生活が
「遠慮はしないで、これは決定事項なんだからっ! 拒否権なんかないわ! わたしは君たちを助けた、君たちはわたしのお願いを聞く。ね、ウィンウィンじゃない!」
「え、いや、は、はい……そうっすね…………」
「タクト様、やりましたね、これはゴッド・ドラゴンを配下につけたと
スイが淡々と褒めてくる。
…………いやぁ、どうかなぁ……?
……ダンジョンを集落化して安定を図る俺の計画が、ぶっ壊れちゃう気がするんだけども……!
ってこれ、ダンジョンのパワーバランスばちばちにぶっ壊れるよね!!!
しかし、目の前でぴょんぴょんと、
「……っちきしょぉぉぉぉおおおお!! ありがとな! ったく、ありがてぇぇぇぇなぁぁぁぁ!!!」
「ふっふん、わたしが君たちを死なせはしないわ!」
ーー言葉とは
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