【幕門】15.5話 クリスの帰路。胸の高鳴り。



 朝早くにセーフハウスを出たが、今朝はなかなかに寒い。

 廊下を通り玄関へ行く途中、そのままメリルの寝ている部屋へ突入しそうになったが、なんとか理性を保った私は、やはり偉いのだと思う。


 そもそも、ようz、小さな女の子を可愛いと思って何がいけないのだ。

 正直、タクトが言いたいことがよくわからない。

 可愛い子を可愛いと思って何がいけないのだ。幼女は可愛い。それが自然の摂理せつりであろう。

 もちもち、すべすべしたあの肌。幼な子特有のあの触感がたまらない。(ツッコミ不在)


 ーーメリルのとこに帰ろうかな。


 いや、危ない、危ない。あの可愛さは異常だが、今はとにかく国へ帰らなければ。


 ダンジョンの外、木々の間を縫うようにして続く獣道を、ザクザクと進んでいく。

 空を見上げれば太陽の光が差し込んでくる。そして後ろを振り向けばダンジョンの入り口。黒い竪穴たてあなが、ぽっかりと密かにたたずんでいる。

 とてもじゃないが、最強ダンジョンと呼ばれていた時代があったとは思えない。


「……ふむ。平和だな」


 私は深呼吸を1回して、再び歩き出した。

 この森の入り口に、私の愛馬が待っているはずだ。私は歩くペースを少し上げた。


 ーーしかし、まさか偶然会ったあの男がダンジョン管理人だったとは夢にも思わなかったな。


 あの変態全裸男、会った時はその場で切り捨てようかと本気で思ったものだ。


「父上以外では初めてだ……ち、ち……アレを見たのは……」


 い、いかんっ、思い出してはいけない。


 そう強く思いながらも、自分の顔が赤くなるのを感じた。


 クソッ! あいつっ! 変態のくせに、変態のくせにっ!


 私は貴族の娘だ。むろん、知識として知っていることは沢山ある。しかし、経験として知っていることは、まだまだ無に等しい。


 その、男女のあれこれについても、だ。


「……ああクソッ! あの変態! 側にいなくてもイラつかせてくれるな! ……はっ、メ、メリル。メリルがいれば私は、私は大丈夫だ……はぁ、はぁ……」


 メリルメリルメリルメリルメリルメリルッ!! (ツッコミ不在)




 〜〜しばらくおまちください〜〜




 メリルのことを考えていたら、いつのまにか森の出口にさしかかっていた。

 

「ああ、私としたことが……ずいぶんと待たせてしまったようだなーー」


 そう、私はこの森へ入る時、出口に私の愛馬を繋いでおいたのだ。


 まさかあのダンジョンに一泊するとは思わなかった。我が愛馬は怒っているだろうか。


「ブルルルッ」


 ふむ、そこまで怒ってないようだ。一応謝っておくか。


「ーーすまなかったな、バサシよ。昨日の間に帰って来れなくて」


「ブヒヒーン!」


 『気にしてないぜ相棒!』とでも言うかのように、バサシはいなないた。


 私はその頭から、首筋をなぞるようにして撫でていく。

 

「さ、国へ帰ろう。捜索隊が組まれる前に辿たどり着かなければ」


 そして私は馬にまたがり、颯爽さっそうと走り出した。


 ぱからぱからぱから。


 しばらくバサシとともにいくつかの村を越え、田舎道を走っていると、道の前方になにやら人集りが見えてきた。


「んむ? あれはなんだろうか」


 進むにつれて見えて来たのは、薄汚いシャツや、ボロボロになったズボンを身にまとった男達であった。そして、彼らの手にはキラリと光る剣が。


「オラァ!! そこの馬止まれヤァ!!」


 ーーそう、山賊さんぞくである。

 

「オイ!! 聞こえてんのカァ!? 止まれってんダヨッ!!」


 ぱからっぱからっぱからっ。


「ちょ、ちょ、つ、突っ込んでくんなヤッ!」


 ぱからぱからぱからぱからっ


「ちょ、ちゃっ、え、なんでっ!?」


 馬が全力疾走してくることに、動揺しまくる山賊である。お互いに顔を見合わせるも、クリスの意図に気づく者はいない。


「おい、オマエ、これ逃げないとヤバイやつじゃネ?」


「んだなー」


「オメェら、脳みそあんのカァ!?」


 ぱからぱからぱからっ


「ちょ、おい、テメー! そろそろ止まれヤ!! ちょ、だからっ、あっ、近っ、あ、あ、あああああああああああああああブボベックッ!?」


 全力疾走するバサシは、いとも簡単に山賊たちを蹴散けちらし、そのまま走り続けた。


「山賊は無視するに限る」


 涼しい風に打たれながら、クリスはポツリと呟いた。


 馬鹿真面目に山賊の相手をしている暇はない。今はバサシを信じて先を急ぐのみ。


 ーーあれ? なぜ私はこんなに急いでいるのだ。


 ふと心に浮かんだ疑問だった。

 このままでは捜索隊によりタクトが死ぬ。これはわかる。しかし、クリスには、それ以外の感情が芽生えていた。


 ーー私は、私はワクワクしているのか……?


 そう、クリスの胸中きょうちゅうでは、これから始まる未来への夢と希望が、今にも爆発せんとふくらんでいた。


「……ふ、ふははははっ! そうか、私は楽しみにしているのか! これからの生活に、新たな私の人生に!!」


 パカラッパカラッパカラッ!


 私は、バサシを全速力で走らせ、未来に胸を高ならせる。


 遥か前方に、ザワザワと人だかりが見えた。きっと捜索隊であろう。


 それらが見えた途端、私は右手を大きく振り、声を大きく張り上げていた。


「おおい!! 私だ!! 私は無事だぞ!!」


 そうして手を振るクリスの表情は、いつもの彼女に見ないような、とても穏やかな表情であった。


 メリル、スイ、そしてタクト。彼らと出会えたのは僥倖ぎょうこうだったのかもしれない。なんとなく人生を過ごしていた私に、こんなにもまばゆい光が刺しているのだから……。




 ーーそうして私は、無事に捜索隊と合流し、グロース王国王都へと帰還した。

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