第3章 ダンジョン管理

10話 ぼくっ娘、スライムっ娘。スライム達との出逢い。


 …………Zzz。


「……ト」


 ……Zzz。


「……ト。タクト! おきるのだ! あさごはんなのだ!」


「……Zzz」


「えいっ」


 ーーぷにょん。


「……ズゴっ、ベバぼッ!?」


 ーー目が覚めたら、俺の顔にスラちゃんが乗っかっていた。


「……ごゴぼッ、ボヒッ、……ッ!?

 ……ぷっはぁ!? ……し、死ぬかと思った……!!」


 あやうくスライムで窒息ちっそくしかけた。


 あれ、でもそんな苦しくなかったな。……ああ、ここセーフハウスだったからか。

 たとえここがセーフハウスでなくても今の俺は死なないが、それでも外に出れば痛みや苦しみはあるはずなので、どっちにせよ精神的にダメージをくらった。


 心拍数ガン上げ。


「タクト! スイが、すくらんぶるえっぐつくってくれたのだ! いっしょにたべるのだ!」


 興奮気味に言ってくるメリル。


 ーーソファーから起き上がってコタツを見ると、おいしそうに湯気が立ったスクランブルエッグと、ソーセージが2本、白いお皿に盛り付けてあった。


「こちらがタクト様の分です」


 スイがまたキッチンから、出来たてのスクランブルエッグを持ってきた。


「ありがとう、スイ。……あれっ、クリスは?」


 コタツに入ると、そういえばクリスが居ないことに気がつく。


「クリス様は早朝にお出かけになられました。どうやら、タクト様の仲間に認められた者は、このセーフハウスを自由に行き来できるようです」


なるほど。確かに、いちいち許可が必要なのは不便だしな。


「わかった。よし、じゃあ食うか……って、スイ、お前の分はどうした?」


「タクト様。私は食事を必要としません。体内で魔力が循環している限りは、人間でいう不老不死と同じですので」


「え、じゃあ、食べれないの?」


「いえ、そういうわけではないです。味覚もありますし、消化器官もついています」


「……じゃあ、お前もう人間でいいじゃん」


 俺がそう指摘すると、スイはブンブンと首を振って否定してきた。


「それはちがうのですよっ……あっ、違いますよ。タクト様。我々オートマタは、ただご主人様の命令通りに動くよう、設計されているのです。感情等は一切設定されていませんので」


 ……こいつやっぱなにか隠してないか?

 ……まあいいか。


 何か一瞬、こいつの内面が見えた気がするが、本人が否定しているのだから、ここはスルーしておこう。


「んじゃあ、食べる分には平気なんだな?」


「はい」


「なら、一緒に食おうぜ」


「……承知致しました。タクト様」


 そう言って、スイは台所から自分の分の料理を持ってきた。


 そして、躊躇ためらわずに俺の横に座る。


 ……ち、近いな。


 昨日の夜も俺の真横に座ってきたが、正直ドキドキしてしまうので困る。


「……じゃ、じゃあとりあえず」


 メリルが待ちきれないという表情でスクランブルエッグを見つめている。おめめキラッキラに輝かせて。


 ……邪神なのに、えらい素直に待つんだなぁ。


「「「いただきます」」」


 ……パクッ。


 いや普通うますぎるな。料理上手すぎるだろ、このメイド。


「はぐはぐはぐ、もぐもぐもぐ」


 メリルがものすごい勢いで料理を吸い込んでいく。自分の薄紫色うすむらさきいろの髪の毛までくわえ込んでしまっているが、まったく気付いていない。


「なあ、メリル」


「んにゅ? なんら? たふと」


 お皿から上げたメリルの顔には、べったりとケチャップと卵の欠片がくっついていた。


「い、いや、やっぱ今はいいや」


「ほーか。……もぐもぐもぐ」


 俺には、この幼女の幸せそうな食事を邪魔する勇気がないっ! 


 今なら少しだけクリスの気持ちがわかった気がした。


 ……いや、ロリコンっていうわけじゃなくて、ただ庇護欲ひごよくが湧いているだけだからな。


「……んで、俺は今日、ダンジョンの整備をしようと思うんだが……」


「タクト様、それならば私もお手伝いさせていただきます」


「い、いや、手伝いっていっても、基本、俺しか管理できないからなぁ。……何かあったらここに呼びにくるよ」


「はい、かしこまりました」


 スイはそっと透き通った青い瞳を伏せて、目礼した。


「……口の端っこにケチャップがついてるけどな」


 しまった。思ったことが口に出てしまったようだ。


「……ッ!?」


 それを聞いたスイは慌てて口を拭った。


 ……やっぱ人間くさいよなぁ。



   〜   〜   〜



 ーー朝食が終わった。


 ジャブジャブと台所で皿を洗う音が聞こえる。


 メリルはテレビをつけて、見覚えのあるアニメのDVD(青くて丸いたぬきロボとメガネの少年が空を飛んでいるやつ)を観ていた。


「あははは! なんで飛ぶのに竹とんぼなのだ!? おかしいな! あはははは!」


 画面を指差して爆笑しているメリル。


 ……面白い部分については、元の世界の感覚とは若干じゃっかん離れているようだが。


「メリル、俺は一旦ダンジョンを見て来ようと思ってるが、お前はこのまま家にいるか?」


「しぃーーーー!」


 静かにしてくれと言うかのように人差し指を口に当てるメリル。


 ……あ、はい。勝手にしますね。

 おっかしいなー、昨日だけで結構仲良くなった気がするんだけどなぁ。……ちょっと悲しいぞ、お兄さん。


「…………」


 ……それじゃ、えっとー、確か廊下がここらに……あった。


 廊下の奥に、玄関らしきドアがあった。廊下には、他の部屋に続くドアもいくつか見える。


「……んじゃ、行ってくるわ。……おっ、お前も来るか、スラちゃん」


 玄関へ行こうとした俺の肩に、スラちゃんがピョコンと乗ってきて、プルッと一回、返事をすように震えた。


 ……ふむ。言葉が通じるペットほど可愛いペットはいないな。


「よし、じゃあいくか」


「いってらっしゃいませ」


 スイが、皿を洗う手を止めて、玄関まで送りにきてくれた。


「ーーあはははは!」


 リビングの方からメリルの笑い声が聞こえてくる。


「んじゃ、またあとで」


 ーーそして俺は玄関のドアを開いた。



   ~   ~   ~



 ーーよし。ダンジョンの入り口に到達。


「とりあえずダンジョン内部の構造把握とスライム達に挨拶だな」


「そうですねっ!」


「よし、じゃあ行く……ってうわぁぁぁ!?」


「えっ、な、な、なになに!? どうしたんですかいきなりっ!?」


「お、おま、お前誰だぁぁぁ!?」


 セーフルームから出てきた直後、いつの間にか、俺の真横に白くて大きな丸い帽子を被った女の子が立っていた。


「あっ、そうでしたそうでした! いきなりですみませんっ! この姿を見せていませんでした! ぼくですよ! スラちゃんです!」


 自分の顔を指差して、そう主張してきた。


「え、ちょ、す、スラちゃんだって!? ……そんなことは……え、だって俺肩に……あれっ?」


 さっきまで肩に乗っていたスラちゃんが忽然こつぜんと姿を消していた。


 ……と、ということは……。


 チラッと少女の方を見てみる。


「タクトと話す機会をずっと待ってました!」


 キラキラと瞳を輝かせた少女が、興奮気味にそう言ってくる。


「お、おま、お前なぜこんな重要な事を隠してた!?」


 いつかのクリスのように驚く俺。


「だってクリスとかスイにバレたら殺されそうじゃん! クリスなんてさ、なんかお前レアっぽいな……よし殺すか。とか絶対言い出しそうじゃん!」


 そしていつかの俺のように弁明するスラちゃん……らしき女の子。


 弁明に関してはその通りですとしか言いようがないが。

 

「……はぁ。わかった。信じるよ」


「あ、ありがとう!」


「……んで、何でお前、人の格好ができるんだ?」


 俺がそう聞くと、


「これはね、擬態ぎたいしてるんですよ。ぼくらノーマルスライムにしかできない特別なスキルなんです! ちなみにこの帽子が本体です」


 そう言って帽子を指差すと、彼女は瞬時に元のスライムに戻って、また少女の姿に戻った。


 ーーピコンッ。


 『スキル:ラーニングを発動しました。ーー解析中ーー解析完了。スキル:擬態を獲得』


 ……は? お、おいまじか。見ただけなのに獲得しちゃったよ。

 ってか何に使うんだよこれ……。


「ほらねっ! スゴイでしょ? このスキルは、ぼくたちノーマルスライムのアイデンティティと言っても過言じゃないんだよ!」


 すまん。俺もそのアイデンティティを獲得しちまったようだ。


「……あ、す、凄いな! ……で、で、お前のことはなんて呼べばいい?」


「スラちゃんでいいですよ!」


「じゃあ、スラで」


「なんでちゃん抜けた!?」


 ……う、うるせえ。女の子にちゃん付けは軽い男っぽくてなんか苦手なんだよ。


「んで、スラ」


「なあに?」


「ここってスライムしか住んでないんだよな?」


 ダンジョンステータスにはそう表示されていたが、ここに住んでいる彼女たちならば、なにか他にも知っていることがあるかもーー。


「ーーうん、ぼくたち以外いないよ!」


 ダンジョンステータスがすべてのようだ。……信じたくないが、信じるほかなくなった。


「で、他に何匹くらいいるんだ? お前らは」


 俺がそう尋ねると、スラは腕を組み、小首をかしげてうなりだした。


「う~ん。20……30匹くらいかなぁ」


「少なっ!?」


「だって、仕方ないじゃん。ダンジョンが壊れかけてみんなどっか行っちゃったんだもん」


「そ、それもそうだな」


 俺がスライムだったとしても、昨日見たあの状態のダンジョンに住みたいとは、とてもじゃないけど思えない。


「よかったら、みんな呼ぼうか?」


「お、おう……いいのか?」


 すると、スラは頷いて、目を閉じた。


「…………」


 ……プニョンプニョンプニョン。


 間もなくして、ダンジョンの奥から、スライムたちがやってきた。


 お、おいおい、思った以上に気持ちわr……多いぞ!?


「さ、みんな、紹介するよ! この人が新しい管理人のカンナギ・タクトです!」


 プルプルプルプル!


 スライム達が一斉にざわめいた。


 ーーすると急に、前列にいたスライムの一匹が、スルンッと人間のじいさんに擬態した。


「おお、これはこれは、新たな管理人さんよ。一同お待ちしておりましたぞ」


 おじいさんがそう挨拶すると、スライム達が、次々と人間に擬態し始める。


「おぉぉぉ……」


 老若男女、様々に擬態していくスライムを見て、思わず感嘆の声をあげてしまった。


「ほっほっほ。……驚きましたかな?」


「ああ、とても」


「わしはここのスライム達の族長とも言える存在じゃ。カンナギ殿。この度は管理人の就任、誠におめでとうございますじゃ。……そして、ダンジョンの再生成、本当に助かりましたぞ!」


 ーーウォォォォ!!ーー


 スライム達が一斉に湧き上がった。


「い、いや、俺はまだ大したことしてないよ」


 本心から俺がそう言う。


「何言ってるのタクト! このダンジョンはぼくたちの故郷であり、家なんだよっ!」


 スラがちょっと怒った声でそう言った。


 ーーそうだそうだ!ーー 


 スライム達が一斉に賛同する。


「で、でもダンジョンがこうなったのは俺が早く来れなかったからで……」


 正確には、あの神がなまけていたからだが。


「……カンナギ殿、ご謙遜はいりませぬぞ。むしろ間が空いたおかげで、強力なモンスターがいなくなって、すごく快適になったくらいじゃ」


 ーーそうだそうだ!ーー


 またスライム達が一斉に賛同する。


「な、なんだ、よかった。じゃあ、じいさん。ちょっと挨拶がしたい。……これからお世話になるしな」


 俺がそう言うと、じいさんは、うむと頷いて、他のスライムたちに振り向いた。


「皆の者! カンナギ殿から挨拶がある! これから仕える主人となるので、心して聴くように!」


 ーーはい!ーー


 ……仕えるって、そこまでの主従関係になんなくてもいいんだけど……。


「え、え~。この度、このダンジョンの管理人になった、カンナギ・タクトだ。呼び方は好きにしてもらっていい。……で、早速、君らに聞きたいんだが……」


 そこで俺は息を止めた。


 ーーシン。と静まり返るダンジョン前。


「…………今のままで……まわりの人間からスライムしかいないって理由だけで最弱の烙印を押された、今のダンジョンのままでいいのか?」 


 ーーいいわけねぇだろぉぉぉ!!ーー


 一斉にみんなが不満を口に出した。


 おじさんまでもが舌を巻きながら大きな声を上げている。


 ーーある若い男のスライムが言う。


「もう、人間のヤローに、……スライムか。経験値にもなりゃしねぇな。……とか言われて無視されたくねぇっすよ!」


 ーーある女のスライムが言う。


 「わたし女なのに、男の冒険者に、……こいつを連れていけば女房とのプレイに使えそうだな……へっへっへ。とか言わて追いかけられたの! もうあんな経験は嫌っ!」


 ーーそして、族長のじいさん。


 「わしは一度人間に鷲掴わしづかまれて、剣を磨くのに使われたことがある! あん時はいよいよ死ぬかと思ったわいっ!」


 ーー等々、実に様々な不満が溢れていた。


 ……本当に苦労してるんだな。スライム。ほんと、お疲れ様です。……ああ、いかん、泣きそうになってきた。


 しかし、俺はこの不憫なスライム達を守り、ダンジョンを繁栄させなければならないという使命がある。


「……そこで、だ」


 俺が涙をこらえて、そう声を発すると、また辺りは静まり返った。


「俺に案があるんだが……」


 …………。


 沈黙の中、俺がスライムにとある事を提案するとーー。


「「「「その話、乗った!!」」」」


 どうやら俺の提案を気に入ってくれたらしい。


「そうと決まれば、カンナギ殿、まずは私たちの住処すみかへ行きましょう!」


 そして俺はうながされるまま、ダンジョンへと入っていく。


 ーーその後ろでは、何故かスラが「そ、それでいいのかなぁ」と呟いていたが、その言葉は、今の俺たちの耳には誰一人として入っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る