9話 メイドの淹れた紅茶とともに。長かった1日の終わりを。

 

 ……コトッ。


「皆様、温かい紅茶をお持ち致しました」


 水色ボブカットメイドである、オートマタのスイがやってきて、リビングのコタツでぬくぬくしていた俺たちに、紅茶をれてきてくれた。


「「「……ズズズ」」」


「どうでしょうか」


「「「……ふぅ。……うまいっ(のだ)!」」」


「それはよかったです」


 スイがほぼ無表情にそう言った。


 ……にしてもなんだ。平和だ。平和すぎる。


 チラッと右手を見ると、メリルがスラちゃんを膝に抱えて、何故か冷蔵庫に入っていた饅頭まんじゅうをもくもくと食べながら、幸せそうにしていた。

 聞けば、生まれてこのかた、悪さなど微塵みじんもしたことがないとらしい。


 ……もう邪神辞めちゃえよ。本当に。


 そして左手に視線を移すとーー。


「……ああ……とうとい!」


 もう毒舌系キャラというよりも、残念ロリコン系キャラとして定着しかけているクリスが、メリルを見つめて目をキラキラ輝かせていた。


 ……黙っていりゃ、本当に可愛いのになぁ。もったいなさ過ぎる……。


 ……ズズズッ。


「ああ、うまいなぁ」


 スイが淹れてくれたストレートティーは、本当においしかった。

 きっとこの世界に転生してから、何も口にしてなかったのも一因ではあると思うが、それでも今までで一番おいしいと感じた紅茶には変わりない。


「なあ、スイ。そこで立ってないで、こっち座ってもいいと思うんだが」


「いえ、私はメイドですので……命令というならば、そうさせていただきます」


「んじゃ、命令だ」


「はい」


 スイはこちらに近寄ってきてーー。


 ……スッ。


 ーー俺の真横に座ってきた。


 ち、近いな。


 元の世界では、同年代の女子の手も触れたことがない俺。

 いくらオートマタ(自動人形)であるとはいえ、俺の心臓はかなりドキドキしていた。

 というか、もう面倒くさいので、スイのことは普通に人間扱いすることにしようと思う。そう、この女の子は機械ではなく人間だ。うん、うん。


 おおっ、なんだかどんどんドキドキしてきたっ!


「……なあ、タクト」


 急にクリスが話しかけてくる。


「な、なんだ?」


「私は明日の朝早くに、王都に戻ろうと思う」


「あ、そうか、戻らないとここヤバいんだったな」


 いかんいかん、すっかり忘れてた。


「うむ。とりあえず、下手に怪しまれないよう、一人で行こうと思っているんだが。タクト、来るか?」


「え、うーん、いや、いいよ。俺はとりあえずこのダンジョンをある程度整備しないといけないし」


「そうか、わかった。……王都まで約半日以上かかるからな。ここに戻ってくるまでに少々時間がかかるかもしれない」


「ん、了解。……あれ、ってかクリスはどうやって戻ってくる気なんだ?」


「どうやってって?」


 クリスが不思議そうに聞き返してきた。


「ほら、お前って騎士なんだろ? ここで暮らすとなると、ちょっと厄介じゃないか?」


「……ああ、そういうことか。心配しないでくれ、タクト」


「心配するなって……」


「騎士団はやめて、冒険者になれば問題ない」


「お、おいおい、そんなんでいいのかよ!? 騎士団って、一応国を守る仕事だろ? そう簡単に辞めさせてくれるとは……」


 俺がそう指摘しようとすると、クリスは何故か物悲しそうに、伏せ目がちにこう話し出した。


「……貴族の子どもはな、長男長女以外は、だいたい騎士団に入るんだ。別に選択肢がそれだけだというわけではない。むしろ好きに選んでいいんだがな……」


「ふむ」


「……だが、だいたいの貴族の子どもたちは、騎士団のなかで異性と交流を深めて、いずれは結婚するというのが一般的でな」


「……それってつまり、騎士団自体が出会いの場ってことか」


「……うむ。それで私は両親に騎士団に入れられたのだがな。……真面目にやり過ぎていたのか、私に魅力がなかったのか、もう18歳になってしまった」


 はぁ。と、ため息をつくクリス。

 俺とスイは顔を見合わせた。


「クリス、18歳ってそんないけないのか?」


「……ああ。15歳が成人だから、私の周りにいたやつは、だいたい15、16くらいですぐに結婚して騎士団を抜けてるよ」


「そ、そうか。クリスは結構魅力的だと思うが……」


「はっはっは。冗談が上手いな。……殺すぞ?」


「すみません」

 

 本当のことなんだけどなぁ。……見た目は。


「冗談であれ、タクト様を殺すなどとは言わないでください」


 急にスイが割り込んできたので、クリスは反応に遅れた。


「あ、ああ、すまなかった。……まあ、そういうわけで、私は惰性だせいで続けてただけだからな。いつでも辞められるんだ。冒険者になれば、そこそこ外出できるようになるし、両親には旅に出るとでも言えば大丈夫だ。こんなダンジョンに暮らしているだなんて予想もつかないだろうしな」


「なるほど、そういうことなら特に文句ないが、まあなんだ。早く帰ってこいよ」


 いくら好きに選べるといっても、いままでの職を辞めることは簡単なことじゃない。あれ? こいつ、もしかして俺のことーー。


「ああ、なるべく早く帰ってくるさ。ーーメリルのためにも」


 クリスが向けた視線の先には、いつの間にか寝ていたメリル(スラちゃんを枕にしている)の姿があった。


 ーーそうですよね。……ええ。調子に乗りましたよ。まだ会ったばかりですしね。別にこいつを好きだってわけでもないですしねっ!


「メリルが万が一タクトに襲われると困るしな」


「どっちかっていうと、お前が襲う側だけどな。俺別にお前と違って、ロリコンじゃねーし」


「う、うるさいっ! きょ、今日はもう寝るぞ! そこに部屋がいくつかあるようだから、適当な場所で寝させてもらうからな!」


 そう言って、クリスは逃げるようにして、リビングの奥へと消えた。


 ……あっちに廊下あったのか。


「んじゃ、俺も寝るか。……スイ、メリルが風邪ひくと困るから適当な部屋に連れていってくれ。俺はここのソファーで寝るよ」


「かしこまりました。タクト様」


 そして、スイはメリルを抱えて、同じくリビングの向こうへ消えていった。


「……ふぅ。なんか今日はめちゃくちゃ疲れた」


 転生初日から、随分と色んなことがあった。

 裸をクリスに見られ、スラちゃんと出会ってダンジョンの管理人になり、メリルと出会って、スイにも出会った。

 今日1日、いや、半日だけで沢山仲間ができた。


 ……プニョン。


 スラちゃんが、ソファーに寝そべった俺の上に乗っかってきた。


「お前も、生きてるんだよなぁ……」


 プルプルと動いているスラちゃん。こいつは勇気を出して、怒ったクリスに立ち向かった。


「そうだなぁ……なるべく、殺しはしない方向で……」


 だんだんと意識が混濁こんだくしてきたからか、ダンジョン管理人として、守る者としてあるまじき発言をしたような気がする。


 ……まあ、とりあえず……寝よ。


 ーーそして俺は、転生1日目を終了した。

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