8話 水色メイド起動。騒がしくなったセーフハウス。


 ようやく泣き止んだメリルは、俺から手を離して、俺の顔を見上げると、ニッコリと微笑んだ。


「ありがとうなのだ。 タクト、おまえはいいやつだ!」


「それは先輩みたいにってことか?」


「ちがうぞ、コバヤシとちがっておまえはおとこなのだ!」


 あたりまえ体操。


「おい、性別が違うってだけじゃねぇか」


 お、おこってるのか? タクト。わ、妾となかまになれないのか?」


 そんなつもりはなかったのだが、シュンとさせてしまった。

 幼女と接するのは割と難しいのかもしれん。


「い、いや違うぞ! メリル、今日から俺たちは仲間だ。……な? 俺からもお願いさせてくれ」


 俺が本心を口にすると、


「うんっ! よろしくなのだ! タクト!」


 パッと、ひまわりが咲いたように、メリルが笑った。


 ……お前、本当に邪神なのかよ。


「あ、そういえば!」


 メリルが何かを思い出したらしい。


 ーーひょっとして、あそこで寝こけてるクリスのことか?


「あたらしい管理人にわたせって、まおうにゆわれてたのがあったのだ」


 ……ああ。こいつ、完全にクリスのことを忘れてるな。

 ちなみにクリスのお腹の上には、スラちゃんが乗っかってプルプルとしていた。かわいい。


「ちょっとまつのだ!」


 メリルが台所に向かい、冷蔵庫の中から、なにやら丸くてあかく光った玉を、モゾモゾと取り出した。


「じゃじゃーん!!」


「……メリル、それは?」


「ふふんっ、これはプレゼントなのだ! ……えと、……とっても、えっと、えと……なんかとってもすごいやつなのだ!」


 すごい何だよ。


 メリルが、その玉を持って、こちらにトテテテと駆けてきた。


 ーーズコッ、ビッターンッ! コロコロコロ……。


 そしてクリスに足を引っかけて、勢いよく転んだ。

 

「……い、いだいのだぁ」


 メリルは転んだそのままの姿勢でうめく。


 ーーその衝撃でクリスが目覚めた。


「……うぅ? ……なんだ? これは……コア? ……ハッ! お、お前! だだ大丈夫か!?」


 どうやら、目の前に転がったメリルと紅い玉を見て、パッチリと目が覚めたようだ。


「……ゆ、ゆるしゃん、じぇったいゆるしゃんぞ、おまへ」


 やっと、クリスが居たことを思い出したのか、メリルは鼻を抑えながら立ち上がり、うらみ事を言った。


 それを聞いたクリスは慌てて謝る。


「すす、すまないっ! 私が全面的に悪かった! もう二度と、ほ、頬擦りはし、しなっ……いことを積極的に検討する方向で」


「お前全く反省してねぇな!?」


「ゆるしゃん」


「ああああすまない! すまないすまない許してくれ!」


 ……お前本当に誰だよ。出会って半日も経ってないのに……。


 すまないすまないと虚ろな目で繰り返すクリスに、俺とメリルは冷ややかな目線を送った。


「……で、メリル、その紅く光ってる玉は、なんだ? 何も知らないのか? ……そういやクリスがコアとか言ってたよな?」


「……ああっ! そうなのだ! いまおもいだしたぞっ! それはたしか、おーとまたのこあだ!」


「おーとま……あっ、さっきのやつか!」


 どうやらこの玉はさっきクリスが書斎で言っていた、あのオートマタ専用のコアらしい。


「……で、これ、冷蔵庫に入ってたけど、大丈夫なのか?」


「んー、わかんないっ」


 ……そ、そうか。そんな元気よく答えられてもなぁ。


「う、うーん、とりあえず書斎に戻ってみるか?」


「じゃあ妾もついてく……」


「ーーあの」


「「なんだ?」」


「ひっ」


 俺とメリルが同時に振り向くと、クリスがスラちゃんを抱えて、申し訳なさそうな、少しおびえた顔をして立っていた。


 おい、スラちゃんがお前の胸で潰れてるぞ。怖がってるからやめろ。


「あ、あのな、わ、私も仲間に入れてくれ」


 そして突拍子とっぴょうしもないことを言ってきた。


「は? え、いや、お前はもう俺の仲間じゃ……」


「いやなのだ」


 俺が全てを言う前に、メリルが即答する。


 ……クリス、めっちゃ嫌われてるじゃねーか。


「だ、だって、タクトだけズルっ、ず、ずっと、ほら、ずっとここにはお世話になりそうだからさ、そ、そこのお前もそうだろう?」


 こいついま、ズルイって言いかけて慌てて誤魔化ごまかしたよな?

 しかも誤魔化し方が下手すぎる。


「おまえってゆうな! クリヌ!」


「ク、クリヌ!? ……い、いや、悪い、すまなかった。し、しかし、私はお前の名前を知らなくてな」


「あぅ……そ、そういえばそうだったのだ」


「ぜ、是非教えてくれ! 私はクリスティーヌ・フォン・ヴァンゼ」


「クリヌ! おまえの名はもうしってるからいいのだ!」


 名前を言い終わる前にメリルに阻まれてしまった。


「い、いやしかし」


「クリスティーヌだからクリヌ! だめか?」 


「それでいいです」


 弱いなお前っ!? クリス、あの毒舌は一体どこにいったんだ!?


「それでな、妾はメリルというのだ! 妾は邪しむごっ!? ……ばっ、なにをすりゅタクト!」


 俺は慌ててメリルの口を抑えた。


 あっぶねぇ、こいつが邪神だってバレたら、今度こそクリスに見捨てられる! ダンジョンがまったく整っていない状況だってのに……。


「邪神メリルせんぱいとよべ!」


 無理やり俺の手から逃れたメリルが、そう宣言した。


「なに? 邪神だと?」


 ああ、ま、マズい。


「い、いやな、クリス、とりあえず落ちついて話を……」


「……ああ、かわいいなっ! メリル! 邪神なんて言って悪ぶっちゃうだなんて。……ああ、なんて、なんて愛おしい!」


 なんだ。バレてないや。


「妾、やっぱこいつきらいだ」


 冷たい目で、クリスのダラけきった顔を見るメリル。


「ああっ! すまない! 邪神メリル先輩!」


「おお、いいこころがけなのだ、よし、なかまにしてやろう」


 ふふんっと胸を張る邪神メリル先輩。

 先輩もかなりチョロいですね。


 ーーああ、ダメだこいつら。ついていけん。


「……と、とりあえず話はついたようだな」


「「うん」」


 ハモるなよ。


「よ、よし、じゃあ、書斎に行ってオートマタを起動してみよう」


「え、タクト、コアがあったのか?」


 クリスが尋ねてきた。


「ああ、メリルに貰ったよ」


 俺はそう言って、紅い玉を見せた。

 クリスはどうやら寝ぼけていたようで、さっき目の前に転がったコアの事を忘れたみたいだ。


「おお、これは相当に強力なコアだな。やはりあのオートマタはもの凄い高級品だぞ」


「へぇ、見てわかるのか」


「まあな。貴族として、騎士としての基本知識だ」


 ふむ、かなりの自信があるところを見ると、どうやらクリスの言う通り高級品なのだろうか。


 そう考えつつ、俺は書斎へ続く扉を開けた。


 ガチャ。


 書斎に三人と一匹が入室。 

 部屋のすみには相変わらず、きれいな状態でオートマタが座っていた。


 俺は、オートマタに近づいて、紅い玉を……玉をどうすんだ?


「いいかタクト、まずはそのコアに魔力を注ぐんだ」


 クリスがそう指摘した。


「お、おう。わかった」


 ……魔力を注ぐ? どうやるんだろうか。


 とりあえず、玉に向かって意識を集中させると、スゥーっと腕から玉に向かって、血液が流れていくような感覚がし始めた。

 腕から玉に向かって、淡く青い光が動いているのが見える。


「「おぉぉぉ~!」」


 俺とメリルが目を輝かせる。


 おお、凄いな、感じる! これが魔力か!


「……よし、もうそろそろいいな。じゃあ次はその玉をオートマタに入れるんだ」


「い、入れるって?」


「ん? だから、普通にその玉をメイドに突っ込めばいい」


 ……言い方。


「俺が言ってるのは、どこにどう入れればいいのか、なんだが」


「ああ、そう言えばタクトは異世界人だったな。……いいか、基本的にコアというものは、ゴーレムでもオートマタでも一緒なんだ。基本は胸あたりの位置に、そっと押し込むような感じで」


 クリスがジェスチャーを交えながら説明する。


「……こ、こうか?」


 俺は、コアをオートマタの胸あたりに持ってきた。


「そう、それでグッと押し込むようにして……そうだ」


 スッ……。


 ……お、おおぉ。


 俺がクリスに言われた通りにすると、紅く光っているコアは、穴が開いてもいないオートマタに、メイド服の上から溶け込むようにして入っていった。


「……で、できた。……そ、それで?」


「次は起動呪文を唱えれば終了だ。コアには既にお前の魔力が入っているから、ただ一言、『スタート』と言えば自動的にタクトが所有者として認識されるはずだ」


「わかった。じゃ、じゃあ行くぞ」


 チラッと隣を見ると、既に興味を失ったメリルが、スラちゃんとたわむれていた。

 その緊張感の欠片もない光景に、思わず苦笑する。


「よし。……スタート」


 俺がそう唱えた途端ーー。


 ーーパァァァ。


 オートマタ全体の身体が淡く光り始め、水色ショートボブの髪の毛がフワッと持ち上がった。

 そしてーー。


 ーーパチッ。


 透き通った青い宝石のような瞳が開かれる。

 そのまま彼女は、ゆっくりとこちらを見た。


「ーーおはようございます。カンナギ・タクト様」


 ごく普通に挨拶をしてきた。


「あ、お、おう、おはよう」


 俺が、ごく普通に挨拶を返すと、彼女はメイド服のすそとスカートをちょっとだけ揺らしながら立ち上がり、周囲を見渡した。


「「…………」」


 思わず無言になるクリスと俺。俺たちの後ろでは、メリルとスラちゃんが相変わらず戯れている。いや、気づけよ。


 ーーそして、とうとう沈黙に耐えかねた俺は、口を開いた。


「あ、あの」


「なんでしょうか、ご主人様」

 

 彼女が小首をかしげて聞いてきた。


「えっと、今日から仲間になる、と思うんだが……よろしく頼む。俺のことはタクトって呼んでくれ。……あ、で、こいつはクリスだ」


「よろしくお願いします。タクト様、クリス様。……私には何でもおっしゃって下さい。私たちはそのために作られていますから。何なりとご命令を」


 淡々とした、あくまで無機質な回答に、やはり戸惑ってしまう。


「な、なあクリス」


「なんだ」


「やっぱり、オートマタってこういう感じなのかなぁ……?」


「ふっ、タクト。言ったろ? 所詮しょせんは機械なんだ。感情は無に等しい」


「ぬ、ぬぅ……」


 しかしこの娘を見る限り、とてもじゃないけど機械として扱えない気がする。

 肌は白いが、起動してからというもの、ほんのりと熱がこもっているように見えるのだ。


 ……てか、こう言ってはなんだが、めちゃくちゃ可愛いのだ。この娘に言い寄られれば、童貞&ヘタレたる俺は、あっさり籠絡ろうらくしてしまう自信がある。

 ……もちろん、俺は本来、ロボットには性欲を抱かないはずだが。……しかし、俺にはどうにも、この娘が人間であるように見えてならない。


 考え過ぎなんだろうか。


「タクト様、どう致しましたか?」


 上目遣うわめづかいでそう聞いてくる姿に、心揺さぶられる。


 お、おいおい、本当に可愛いぞこのメイド。


「え、ああ、いや。なんでもない。……それより、お前の事はなんて呼べばいい?」


「タクト様のお好きなようにお呼びください。私にはなんの名前も設定されていないので」


 名前がないのか。


「そうか……じゃあ、勝手に名前つけて呼ばせてもらうな?」


「はい」


 ……う、う~ん。どうしようか。正直、俺はネーミングセンスはないんだがーー。


「……メイド、水色メイド……水色……水……あっ、スイってのはどうだ?」


 ネーミングセンスのなさ発揮。


「了解致しました。……スイ、ですか」


 ほら、ちょっと戸惑ってる感じじゃん!


「やっぱ嫌だったか?」


「いいえ。そんなことは御座いません。……むしろ素敵な……」


 よかった、バカにされなくて。最後の方に何を言っていたのかが、小さくて聞こえなかったが……まあいいだろう。


「よし、じゃあスイ、よろしくな」


「はい。よろしくお願いしますね」


「私もよろしく頼む。スイ。この変態には気をつけてな」


 クリスが話しに割り込んできた。


「なっ、お前に言われたくねぇよ!? こ、このロリコン娘が!」


 こ、こいついきなり毒舌に戻りやがって!


「わ、私はろ、ロリコンなどでは決してっ!」


「……決して、なんだ?」


「け、け、くっ。……こ、このぉぉぉ!」


 俺があおると、急にクリスが腕を振り上げて追いかけてきた。


「お、おいっ! やめろっば、ばかっ、こ、ここじゃ他人を殴れないんだぞっ! わ、わかっているのか!?」


「くあぁぁぁ! とりけせぇぇぇぇ!!」


 俺の指摘に構わず、ブンブンと腕を振り回して追いかけてくるクリス。めっちゃこわい。


「わはははー、ゆかいなのだー!」


 それに便乗して、メリルが俺たちのあとをついて回る。




 ーーギャアギャアと俺たちが叫ぶなか。




 「……ふふっ」


 スイが片手で口を抑えて笑っていた。


 ーーしかし、その姿を見た者は、スライムであるスラちゃん以外いないのであった。

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