7話 邪神幼女との出逢い。キャラ崩壊した残念系女騎士。
別次元とはいえ、一応ダンジョン内であるこのセーフハウス。
フワッ……。
一面ガラス張りのドアに取り付けられていたカーテンがそっと揺れ、何故か外(?)からの光がリビングルーム内に漏れていた。
……ああ。なんなんだ、この平和な空気は。
しかし、この平和な空気は、その漏れた
「なんだ、なんなんだタクト! あのかわいいのはなんなんだっ!?」
クリスが興奮した様子で何か言っているが、俺はソレに思考を
……そう、目の前のコタツからはみ出ている幼女を目の当たりにして、何をどう反応すればいいのかわからなくなっていたのだ。
「すぴぴー」
その幼女は、コタツから上半身を出し、両腕をバンザイするかのように頭の上に投げ出して、カエルが
「……こ、この子……誰だ!?」
俺はついに疑問を吐き出すことができた。
……が、しかし。
「はぁっ、はぁっ、も、もう辛抱たまらんっ!」
そう叫んだクリスが、
「……ハッ! ク、クリス!? お前どうした!?」
我に帰った俺は、クリスのあまりの興奮具合に引いてしまう。
「ああ! なんだこの生き物は! すべすべして、もちもちしてっ! かわいい! かわい過ぎてどうにかなってしまいそうだ!」
スリスリスリスリスリ。
クリスが寝ている幼女に
「…………」
……おい! あんたも誰だよ!? お前さっき会ったばかりなのに、さっそくキャラ崩壊しすぎだろ!?
ねえ、痛そうだよ!? 幼女の顔がくしゃっとしちゃってるよ!?
「……お、おい、クリス、お前そんな動かすと」
「……ムニュ?」
幼女が目を覚ました。
「…………?」
ムクッと起き上がった幼女が、寝ぼけ
「ーーはぁ、はぁ、はぁ」
そして、息を荒げながら自分の腕に頬を擦り付けまくっている、変態女を目の当たりにした。
「んぎゃああああ! なんだ!? なんなのだおまえはっ!?」
慌てて飛び起きた幼女が、クリスにビシッと指差す。
飛び上がった勢いで、
小さな身体の上に、ダボッとした大きなTシャツ (一面に『寝る子だから育つ』と書いてある) を一枚だけしか着ていないので、いろいろ大事なところが見えそうになっていた。というかちょっと見えた。
……ちなみに言っておくが、俺はロリコンではないぞ。家の中を堂々と裸で歩くような妹もいたしな。
「……ハッ! わ、私は一体なにを!?」
そしてやっと我に帰ったクリス。
「へ、へんたいか!? さてはおまえ、へんたいさんなのだなっ!?」
「えっ、ち、違っ、私は変態ではない! そこの露出狂と一緒にしないでくれ!」
幼女の手をとり、慌てて弁明し始めるクリスだが、正直もう手遅れだと思うんだ。うん。
「……って、誰が露出狂だコラ!」
「あっ、そ、そこのおまえ! わ、
そう言うと、幼女はクリスの手を慌てて振りほどき、トテテッと俺に走り寄ってきて、腰に取りついてきた。
「お、おい、俺にくっつくとクリスの奴がどうなるかわからんからやめろ」
……チラッ。
俺と幼女がクリスの方を見る。
「クヌヌゥゥゥゥッ!!!」
クリスがものすごく
「わわわっ! や、やっぱりこわいのだ! きっと妾はたべられちゃうのだ!」
のだのだ
「わ、わかったから。お前らとりあえず落ち着け」
「「で、でもこいつ(この子)がっ!」」
「いいから落ち着けぇぇぇっ!!」
「「はいっ!」」
……ったく、なにがなんやら訳わからんな。
「……で、とりあえずクリス。お前めちゃくちゃキャラ崩壊してたが……なんだあれは?」
俺がそう聞くと、クリスは急激に顔をカァァァっと真っ赤にし、消えそうな声でこう説明した。
「……わ、私は昔からかわいいのに目がなくてな。……と、特に私はヴァンゼッタ家の末っ子なものだから、妹に
「そ、そうか。わかった。今回は初犯につき、
妙に真剣な説明を聞いた俺は、引き気味にそう判決を下す。
「は、はひ、い、以後気をつけまっ、……ううっ、うえっ、うえっ」
ーークリスが泣き始めた。
「おい、泣くのはさすがに想定外だ。……だ、大丈夫か?」
キャラ崩壊どころの騒ぎじゃねぇな!?
しかし、ズズズッと鼻をすするクリスを見て、俺は得心がいった。
……あ。ああ、こいつ、普段は
……ひょっとしたら、ヘタレ度も俺と同レベルかもしれんぞ。
「グスッ、エグッ」
「…………」
その様子を、ずっと俺の腰にしがみついていた幼女が、少し申し訳なさそうに見ていた。
い、いや、お前はどこも悪くないからな?
「……てか、お前は誰なんだ? なんでここに居たんだ?」
「んぇ? ……あ、そういえばそうだったのだ! まだなにもゆってなかったのだ!」
「お、おう」
唐突に元気ですね君。
「
「へ? ……じゃ、邪神!? お、おま、お前、それやばい奴じゃねーか!?」
「そのとおりだ! 妾、やばいやつなのだ! あと、おまえじゃなくてメリルと呼んでほしいのだ!!」
元気いっぱいにそう答えるメリル。
……なんか邪神のくせに、
「お、おう。……じゃ、じゃあ、メリル」
「なんだ?」
「メリルは何歳なんだ?」
「そうゆうしつもんは、おとめにしてはいけないのだ」
「い、いや、神って言うくらいだから、何年生きてるのかと……」
「なんだ、そうゆうことなら……ふっ、きいておどろけ人間よ!」
……ま、まさかな。こ、これでロリババアだったら……。
「ことしでちょうど10さいになるのだ!」
ただのロリじゃねーか。
「なんだ、よかった」
「ふふん、またちょっとおとなに近づいてしまったのだ」
いや、それ普通に年とってるだけだから。
「おまえ、名はなんとゆうのだ?」
「そういや、こっちもまだだったな。俺はカンナギ・タクト。ついさっきここの管理人になった者だ。
……んで、そこで泣き疲れて寝始めた金髪女がクリスティーヌ。俺はクリスと呼んでいる。グロース王国の騎士らしい」
ってかクリスは
「おお! タクト! おぬしが管理人だったのか! 待っていたぞ!」
……ん?
「えっ? 待ってた?」
クリスに気を取られて、油断していたところをサラッと重要なことを告げられた気がするんだが。
「うん! そうなのだ! まおうのへんたいやろうが、妾に、ここで新しい管理人を待ってろってゆって、ここにとじこめていったのだ!」
衝撃的発言を聞いてしまった。
「ひでぇな魔王!? しかも変態なのかよ!?」
「妾はダンジョンがこうりゃくされたってきいたので、あたらしい管理人のなかまになりたいってゆったら、まおうが、じゃあここで待ってなさいって」
舌ったらずな声で精一杯説明してくるメリル。正直わかりづらい。
ーーああ、閉じ込めたってわけではなさそうだな……ってか、メリルはいつから待ってたんだ?
「メリル、お前いつから待ってるんだ?」
「んぇ? いつからって、ダンジョンがこうりゃくされたつぎの日から」
「ほぼ2ヶ月じゃねぇか!?」
なにこの子、俺が来るまでちゃんと待ってたとか
「あんしんしろなのだ。このセーフルームにはコバヤシがおいていったたべものとか、でぃーぶいでぃーでいっぱいだったから、ぜんっぜん! ぜんっぜんさみしくなかったのだ! ねぇ、タクト、妾すごいえらいでしょ!」
「え、あ、ああ」
こいつ……先輩のこと知ってるのか?
「なでて!」
「えっ?」
「なでて! コバヤシはいつもなでてくれたのだ!」
コバヤシ……先輩、か。
「…………」
ちょーうまいんだぞ、コバヤシのなでなでは! と、一生懸命自慢してくるメリル。
その姿を見て、俺は少しこみ上げてくるものがあったが、なんとか抑え込んだ。
「メリル」
「なんだ? タクト」
きょとんとしたメリルの頭を、俺はそっと
薄紫色のサラサラした髪を、指でとかすようにして、黙って撫でた。
そして、メリルが急に大人しくなった。
「…………」
「…………」
一瞬、沈黙が訪れた。
俺はひたすらメリルの頭を撫でてやる。
メリルを撫でてやるたびに、腰に取り付いたメリルの腕から力が抜けていくのを感じた。
ーーそして。
「……ふ、ふ、ふえぇぇぇぇぇん!」
きっと、いままでの元気は
メリルは、いままでの不安が一気に解けたようで、大声を上げて泣き始めた。
「…………」
俺は黙って、なるべく優しく撫で続ける。
そういや、妹にもよく撫でてやってたな……。
「ふぐっ、なんでっ、なんで死んだのだコバヤシっ! ともだちじゃなかったのか!? 妾をおいてどこにいったのだ!!」
「…………」
俺には黙って撫でることしかできない。
メリルと先輩との間に、俺の知らない物語があったのはわかる。
しかし、そこに俺が入っていくのは筋違いだ。
「グスッ、わ、妾はコバヤシにゆったのだ。グスッ、コバヤシが死んだら、ぜったい、つぎの管理人とはなかよくしないんだって」
メリルが、ぎゅっと俺の腰に顔をうずめてきた。
「……うん」
俺はそっと返事した。
「で、でもな? ヒグッ、コバヤシは妾にゆったのだ。……グスッ。……メリルは新しい仲間をつくりなさいって。……きっと、私の次にくる新しい管理人も、私と似た人になるはずだからって……グスッ」
なんとなく想像できた、メリルと先輩の物語。
「……うん」
しかし、俺はただ返事するしかできない。
すぐ目の前に、悲しい思いをした少女がいるのに、だ。
「タクト」
「……なんだ」
「おぬし、コバヤシとなでかたが似ておる」
メリルが目を細めて、こちらを見上げてきた。
「……ふっ、そうか」
……ま、そりゃそうだろうな。
『便利スキル:なでなで』
このスキルは、
……俺は、二人の物語を知らない。
でも、間違いなくわかることがある。
先輩の物語は俺の物語と交じり合い、この先、メリル達とともに続いていくであろう、未だ見ぬ新しい物語へと生き続けていくのだ、と。
ーーいっぽう、俺とメリルがこうしているなか。
「うぅぅ、かわいいは罪深いぃぃ……スゥ、スゥ」
完全にキャラ崩壊してしまった、残念金髪碧眼女騎士は、訳の分からない寝言を言いながら、いまだリビングの中央で寝こけていた。
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