ソラの飴細工

 午前2時、寝静まった住宅街。街灯と街灯の間に、その屋台はあった。状況に不釣り合いなほどカラフルな電飾が、店頭に並んだ飴細工に彩りを加える。

 そんなものを見てしまったからには、人は気にせず通り過ぎるというものが出来ない。

 まんまと店前で足を止めてしまった自分を見た店主(らしき人物)は、頬杖をついたまま口角だけを上げた。


「やァ、今日はいい夜だ。ラッキーだね、お客サン」


 自分にとってはいつもと変わらない夜だが、店主は口角を上げたまま目を閉じて何度か頷いた。


「いい夢が見れる、いい夜だ」


 自分は「そうですか」と返事をした。もしかしたら店主の独り言だったのかもしれないが、この屋台の前で足を止めてしまった以上、今の自分は紛れもなく客である。


 ―― いや、自分に向かって放たれた言葉を無かったものとし、その場を立ち去る非情さと勇気を持っていなかっただけであった。


 店先に並べられた飴細工は様々な形をしていたが一貫性はなく、目を惹くような精巧さも無かった。しかし、妙に気になる不思議な魅力があった。


「おひとつ、どうゾ」


 そう言って店主が差し出してきた飴は、球体のまわりに輪っかがついたものだった。昔、幼い頃に図鑑で見た土星の形に似ていた。


 透き通った球体の中には無数の気泡が閉じ込められていた。屋台の電飾を反射して、土星の形をした飴細工はキラキラとしていた。受け取った飴細工を顔の高さまで上げた時、


 ぱちり。


「あ、」

「おや、」


 中の気泡がひとつ弾けた。

 それを見た店主と自分は、ほぼ同時に声を出した。


「久しぶりだねェ」と店主は、のんびりとした口調で手放した飴細工を眺めていた。


「久しぶり、ですか」

「そォ。その星を調べてるのがバレちゃったんだねェ」


 店主の話いわく、木星には無数の調査機が存在しているらしい。もちろん、中には地球から送り出されたものもある。


 今、弾けたのは違法調査機だという。地球から派遣されたものではないらしい。それはそうだ。

 最近、取り締まりが強化されたため違反者はすっかり見なくなっていたが、久々に度胸ある者を見たヨ、と店主は語った。


「これ食べてもいいやつなんですか?」

「もちろん。食べるも捨てるも、お客サンの自由だ」


 自分は再び「そうですか」と返事をし、飴細工に目を落とす。

 次に顔を上げた時、屋台は目の前から消えてしまっていた。街灯と街灯の間、自分は知らない人の家の外壁と向き合っていた。


 夢でも見ていたようだ。


 だが、あの店主と屋台を夢と判断するには手に持っている土星の飴細工とその質量が、邪魔をする。


 どうせ寝不足の頭だ。まともな答えなど出てこないだろう。

 靴底を引きずって、自分は再び歩き出した。持っているだけなのも落ち着かないので、飴細工を口に運ぶ。


 舌の上にじゅわり、と広がる甘みはどこか懐かしい気がした。


 夢のような、ソラの味がした。


 歯を立てて、土星の輪っかを噛み砕く。飴の欠片が喉を下っていく中、ふと懐かしさの理由を思い出した。


「ブルーハワイじゃん、これ」


■■■■■

【】さんは夢を見るのに適した夜に、飴細工の屋台の前で木星探査のひみつを知った話をしてください。

#さみしいなにかをかく

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