第8話
――一方。
陽動を行うことになったハワードらは、福沢が制圧していた食堂車へ集まっていた。
「さて。それでは盛大に暴れるといたしましょうか。諭吉」
「御意」
「ハワード、私はどうすればいい?」
「ミシェーラは、ここで隠れててくれ」
「了解。怪我しないようにね」
「ああ」
「さあ、行きましょう」
食堂車の扉を切り裂き二等客車のボックスシートへ切り込むのは剣客福沢。待ち構えるように構築された死骸の防衛線から放たれる死の弾丸を切り裂いて第一壁を突破し道をこじ開ける。
「でたらめだな!」
「ええ、本当に。でも、それが面白くもあります」
福沢が搔きまわしている間にハワードもエレナとともに二等客車へと入る。即座に状況把握。右手の巨人殺しが火を噴いた。
「すまない!」
轟音と共に発射された弾丸が、構築された複数の死骸のバリケードをぶち破る。飛び散る肉片と血の雨がオートマタに降り注ぐ。
その中を猛然と疾走する漆黒の刃。切り刻まれ舞う真鍮歯車の雪が輝いている。
放たれる巨人殺しの弾丸が一体、また一体とオートマタを駆逐していく。
二等車両のボックスシートを過ぎれば次は狭いコンパートメント席の廊下。
ここから前に出るのはハワードだ。いくら侍であろうともこのような狭い場所で刀を振り回すのは手間。銃を持つハワードの方がいい。
ゆらりと後方に跳ぶ福沢の脇を通りハワードは前に出る。オートマタは天井、壁を這いまわりとびかかってくる。
「遅い」
だが巨人殺しの弾丸からは逃れられない。向けられたら最後、トリガーが引き絞られた瞬間には目標は破砕している。
「――」
六発目の弾丸が尽きる。巨人殺しの装弾数は六発。車両を移動する際に込めなおしていた弾丸が尽きた。
好機とばかりに襲い来るオートマタ。
「甘い――」
それをハワードは巨人殺しを握ったままの拳で対応する。
殴りつけられたオートマタの頭部があまりの衝撃にひしゃげて歯車が散る。迫ってきていた後ろの連中がドミノ倒しのように倒れ伏す。
この隙に六発の弾丸を再装填。よどみない装填は一秒もかからない。
「まあ、ハワード博士は戦いもお得意なのですね」
「これでも従軍経験があるもので」
「それは頼もしいですわ。では、前回の大戦でしょうか。ふふ、では右腕はその時に?」
「そんなところです。便利なものですよ。こういう時は」
二等客車に居座っていたオートマタを駆逐して一等客車へと移る。そこには、この騒動の首魁がいた。
ゴーグル付の山高帽に黒衣の女。アンテルシアでハワードたちを襲ってきた女だ。あろうことかこの女は、一等客車の客室の壁を破壊してデカい一室にしている。
そこにいるのは一体のオートマタ。こちらを視認しているが襲ってはこない。二人だけの敵。どうやら敵は相当自信があるようだった。
「随分と早い再会だ。左腕を吹っ飛ばしたが、もう直ったのか?」
「生憎と、あなたに心配されることではないわ」
外套で隠してはいるが、おそらく左腕の修理は出来ていないだろう。あれほど精巧につくられた義体、昨日今日で修復などできるはずもない。
「反乱的錬金術教団はそこまで人手不足なのか?」
「答える気はないわ」
「そうかい」
「手稿を渡して」
「断る。そちらこそ奪ったものを返してもらいたいくらいだ」
「断るわ」
「そうか」
「ええ。ならば――」
力づくで奪わせてもらうという女の言葉をきっかけに。黒衣に包まれていた巨漢のオートマタが動く。
「諭吉」
「御意――」
「ハワード博士、こちらは諭吉が相手をするので、そちらの女性はお任せいたします」
女もそのつもりであったのだろう。巨漢のオートマタは、真っすぐに諭吉に向かう。その速度は巨体であるために鈍重だ。
「木偶か」
振るう一閃。剣光が火花と散る。
「ほう」
声をあげたのは福沢であった。
振るった一閃に淀みなどない。手加減もなく、全力でないにしても大概のものは切れる。
少なくとも道中のオートマタ程度であれば細切れに出来るだけの切れ味を備えていた。
だが、この巨漢のオートマタは切れていない。
このオートマタは先ほどまでこの列車を襲っていたジャックマール型とは異なるバージョンであった。
この巨漢はカリヨン型と呼ばれるオートマタである。より人間に近づけるために演算機関を増設したことで大型化したタイプであり、より精密でより複雑な行動を可能としている。
大型化によって強度問題が出たためそれぞれのパーツを強く大きくしていったことで出力不足に陥り、第二種永久機関を増設した結果大型に大型化を繰り返した試作品。
未だ民間には出回らず、というよりはあまりにあんまりな製造コストによってほとんど開発が頓挫しているはずのそれ。
これを持ち出せるというのならば、女の属する組織反乱的錬金術教団なる組織は相当の力を彼らは持っていることになる。
さらにこの機体は腕や体に装甲板を取り付けている。蒸気戦車や人型蒸気楽器にも用いられる戦闘用複合装甲だ。
強度だけ見れば刀と同じく玉鋼とほぼ変わらない。いいや、あるいはイロカネに匹敵する硬度を持つかもしれないと福沢は切った感触から察する。
「問題ですか?」
斬れなかったことにエレナが問う。
「いや。いいや。問題などない。何一つ。あるはずもなく」
装甲が斬れないわけではないが、刀を無駄に出来る場面でもなし。ならば斬れる場所を切るのみ。
歯車の軋む咆哮が上がりカリヨン型オートマタが再び突撃を敢行する。両腕を広げて、逃げ場を塞ぐ周到さ。
「しかして、逃げる気がなければ意味をなさぬよ」
振り上げた刃を手に――。
「まずはその腕をもらい受けよう」
相手の突撃に合わせて振り下ろす。狙いは肩の関節。可動域を確保するためにそこは必然として鎧に覆われていない。
関節まで鎧に覆われてしまっては可動出来ないからだ。適切な見切りからの振り下ろしが肩関節を覆う鎧の隙間に入る。
そうなれば、彼の切れ味ならば容易に切断せしめる。鋭利な切断面から流れ出す真鍮歯車の血液。
鈍く輝く真鍮が車内に反射する。調和のとれていた歯車が崩れ、破滅的な音を鳴らす。それはさながらオートマタが放つ咆哮のようでもあった。
カリヨン型オートマタは、即座に判断を下していた。ウェイトバランスの調整。オートマタに標準搭載された歯車式機械頭脳の歯車が瞬時に切り替わり体のバランスを整える。
また、喪失した腕が機体に与える影響を算出し、問題なく命令を遂行できるように自らの行動規範を組み替えていく。
歯車の音が連続して、歯車機関は不可逆の切り替えを終えた。ふたたび、全身の歯車が咆哮の如く鳴る。
「来るか」
そして、再び福沢を倒すという命令を果たすべく行動を開始した。
突撃、しかいて、今度はまっすぐ。脇を締めての全力疾走。無事な腕を前に出してのチャージング。
「諭吉」
「わかっている」
避けることは出来ない。良ければエレナが死ぬだろう。彼女の耐久力は吹けば飛ぶほど。
紙と同類だ。その辺の子供よりもよりも弱いくせして体力だけはあるのだから性質が悪いのだが。
ともあれ、福沢に避けるという選択肢は与えられていない。
ならば選択肢は受けることになる。だが、何も考えずに受けてしまえば刀は折れる。刀はそれほど丈夫ではないのだから。
今、彼の故郷でも普及しつつある死想曲を奏でる共鳴剣(オルゴールブレード)であればまだしも、ただの刀では不可能。
「だが、やるしかあるまいよ」
しっかりと関節をしめて弱点をカバーしてきているのならば、やるしかない。
交差の一瞬。全ての神経をその瞬間に集中する。見極めるは最適の確度。最善でもなく、最高の見切りにて成し遂げる。
金属のすれる異音が車内を満たすと同時に、直線で疾走していたオートマタが真横に逸れる。
受け流しによって威力を横へと流されたのだ。抜群の見切りによって、刀にはひびもゆがみも与えることはない。
福沢は、完全に突撃の威力を切り殺した。必然の結果として、列車の壁へと激突する。突撃し壁にはまったオートマタの歯車式頭脳はすぐさま状況を把握。
この事態を打開すべく歯車機関は超高速で切り替わっていく。全身に波及する歯車の切り替わり。
人間でいえば皮膚が波立かのような歯車がガチリ、ガチリと蠢く。
「ふん、斬れぬのなら斬らねば良いのだ」
「えーい!」
「おぬし!?」
福沢が止めを刺すために、走行する列車の壁を突き破ったのをいいことにそのまま押して落としてしまおうかと思ったところをエレナに先を越された。
いつのまにそこにやってきていたのか、とても楽し気な表情で彼女は、どーんとオートマタの背を思いっきり押したのである。
半分壁を突き破って車外に突き出していたオートマタ。それは微妙なバランスの上で成り立っていた。
オートマタの重さ、壁の強度。少しでも狂えば即座に壁が破砕してカリヨン型オートマタは崖下へ真っ逆さま。
彼のオートマタの巨体は、そのまま谷底へと消えていった。
「やりました!」
「おぬし、一体なにをやっておる。荒事は拙者の領分だろう」
「ええ、でもこういうこともたまにはいいのではないかしら。応援ばかりでしたし。これでも護られるだけの女ではないというアピールをしておかなければ」
「なにを考えておる」
「いいえ。いいえ。私が考えていることなど大したことではありませんよ。ただ、これから面白いことになるんだろうな、と」
エレナがそう予想する中――。
「――!」
女が放つ白刃がハワードがその軌道上へと防御のために置いた巨人殺しとぶつかり合い火花を散らす。
女の背から失われた左腕をカバーするように飛び出した刃。複合構造鋼。圧縮され、折りたたまれて内蔵されることを想定したその鋼鉄は、通常よりもはるかに強靭だ。
構造的強度不安を解消するために、碩学たちが不断の努力でたどり着いた鋼の強さは、ハワードも知っている。
その身で受けてしまえば、すっぱりと切断されてしまうだろう。
「いい加減降参してもらえないでしょうか」
「なんだ。やめたくなったのか?」
「いいえ」
「なら聞くな。おまえたちのような反政府的組織、なにより無関係な人間たちを襲うような奴らに手稿を渡すはずがないだろう」
「大義の為には致し方ない犠牲ね」
「生憎と、俺はそういう輩が大っ嫌いなんでね!」
互いに銃口を向け合い、それを弾きあう。
「しかし、いつまでこうするつもりだ? いくらやってもあんたの銃は当たらない」
女が手にしている銃は、メイチェン&ジャコブ社製の回転自動弾倉式拳銃四番――またの名を
古い型式の拳銃で今も現役で使う者などいない。
なぜならば、その拳銃は酷い欠陥品として有名だからだ。
某国のガンスミスたちが作り上げた産業廃棄物。撃てば背後のアヒルに向って飛び、驚いたアヒルが滑って転んだという逸話からこの名がつけられたほど粗悪品。
それが鴨転びという拳銃だった。
「いいえ。当たるわ。撃ち方があるのよ」
「なんだって?」
彼女はあろうことか鴨転びを背後へと向けて引き金を引き絞った。放たれる弾丸。背後に向けて放つという姿勢による反動を彼女は熟練の身体操作によっていなす。
すさまじい身体制御は、彼女が全身義体であるからこそなしえる絶技であるが、それ以上の絶技は、放たれた弾丸が行っている。
背後に放たれた弾丸は、女の正面にいたはずのハワードの頬をかすめていった。それはつまり、背後にはなったはずの弾丸が前に跳んだということになる。
「どんな構造してるんだ!」
「銃身が絶妙に曲がっているのよ。そのおかげで、ある角度で撃つと跳弾するの。その角度を計算すれば、好きな位置に打ち放題というわけよ」
「わざわざ、そんな銃を使うより普通の銃を使った方が早いだろう」
「銃はまっすぐ向けないと当たらない銃とどんな方向ぬ向けても狙える銃ならどっちがいいかしら」
そう、それは彼女の能力頼みになるが、その条件であれば校舎を選ぶのは自然だ。それが自然にできるだけの能力があるということ。
「次は眉間に当ててあげる。死にたくなければ手稿を渡して」
「…………」
「……そう」
銃口は向けられない。
だが、今ハワードの眉間には不可視の銃口が向けられている。彼女ならば、本当にどこに向けても最適な角度を算出し弾丸を彼の眉間に叩き込むだろう。
万事休すか。いいや、否だ。ハワードは諦めていない。
「――!」
その想いが結果を引き寄せる。
引き金が引き絞られる瞬間、小さな揺れが巻き起こった。前に前進するだけだったはずの機関車が切り離された衝撃。それが列車全体に伝播した。
小さな揺れ程度のものだが、その小さな揺れで十分であった。鴨転びから放たれた弾丸は、わずかな揺れによって跳弾計算を狂わされた。
女が放った弾丸はハワードではなく女の脚へと直撃した。
「っ!」
その隙を、ハワードは逃さない。
巨人殺しを握ったまま、拳を床に叩きつつける。撃発音一つ。同時に発生した極大の衝撃とともに彼の肉体は弾丸の如く打ち出され女へと突っ込んだ。
突撃のままに女の手から鴨転びを叩き落す。そのまま組み付いて地面へと組み伏せる。
全体重を乗せるが、それでも動こうとできるのは彼女が全身義体という全身が機械だからだろう。
特に背中の多腕。それらが起き上がりハワードを殺さんと現在進行形で駆動を開始していた。
ハワードはその蛮行を赦さない。巨人殺しの一撃が、そのあらゆるものを破砕する極大威力の銃撃が破壊する。
巨大な砲弾でも通り抜けたのかとも思えるほどの破壊と衝撃をまき散らし、女の背中の多腕は完膚なきまで破壊された。
その余波は、彼女の制御系にまで波及したのだろう。彼女の力が目に見えて弱くなる。もはや彼女単体ではハワードを押しのけることすらできない。
「さて、まだやるか」
その額に巨人殺しを突きつけながらハワードは女に問うた。まだやるというのならば、このまま撃つのだと彼は言っている。
「…………いいわ、降参」
女は抵抗の手を緩めて右腕を頭の上へ上げた。
「随分と潔いな」
「もう二回目だもの。私じゃ、どうやっても貴方には勝てないとわかった。なにより」
彼の背後にいる剣豪、福沢を彼女は見た。
「あんなのがいるだなんて想定外にもほどがあるわ」
「確かにな。あれは想定外に過ぎる。じゃあ、もう手稿は狙わないな?」
「ええ。少なくとも私はね。というわけで、起こしてくれるかしら。あまりレディの上に乗っているのも良くないと思うの」
「わかったよ」
ハワードは拘束を解くと彼女に手を差し出して引っ張り起こす。
「ありがとう」
戦闘は終わり、動力を失った列車は次第に停止する。
「諸君、終わっているようで何よりだ!」
ジョージとアンナが戻ってくれば、ミシェーラも終わったのを見計らい一等客車までやってきた。
その後は、事態を聞きつけた鉄道警察がやって来て近場の街まで送ってもらった。その際に、女はそのまま連行された。連行される直前の、
「じゃあ、またあとで」
という言葉が、酷く嫌な予感を想起させたが、ハワードらは先を急ぐ旅だ。ぐずぐずしていると再び襲われかねない。
しかし、列車は先の襲撃の影響でしばらく運休になるという。
「さて、どうするか。父さんは何か良い案はないかい」
「ふん、わしの灰色の頭脳ならばその程度余裕じゃが、そこのご婦人が何か案がありそうじゃのう」
「ええ、もちろん。お船などいかがでしょう」
「船か」
「少なくとも途上の襲撃は防げると思われますよ。私の信用できるツテでご用意させましょう。ここでお別れですし、これからの為の投資です」
「あ、操船なら出来るから、運転手とかはいらないよー」
「では、船だけ用意いたしますね。ふふ、今後が楽しみですね。では今度会う時は、吉報をお待ちしています」
そういうわけでハワードらは、何やら意味深なことを言っていたエレナの計らいにより船で川をさかのぼり古都バルベルビナへ入ることとなった。
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