第7話

「これは……」


 同時に天井に穴をあけて黒衣に仮面の者たちが降りてきた。


「こいつら!」


 黒衣の下の腕から刃が飛び出す。あの女と同じ機械の身体。いや、これはさらにそれよりも無機質だ。

 腕だけではない。全身から刃や銃が飛び出す。機械人形(オートマタ)だ。英国の次なる発展の礎となるであろう機械技術。


 機械による人の模倣。わらと木ではなく、歯車と鋼鉄によってつくられた肉体と蒸気機関の心臓によって駆動する人形。

 彼らはジャックマール型と呼ばれるオートマタであった。民間にも出回っている一般的なオートマタ、その軍事転用品だ。


 企業でも民間警備に使われていたりするくらいには当たり前の存在である。

 簡単な動作しかできないが、人間を超えた膂力と機械らしい丈夫さを備えた疲れ知らずの人形兵器は相手取るにはよほどの打撃力を必要とする。

 それらはハワードを認識すると一斉に襲い掛かってきた。


「まあ、これは大変」


 そんなものを相手にして大層楽しそうにしている甚だ場違いな感のあるエレナを咄嗟に抱えてその攻撃をハワードは避ける。

 振るわれる刃の全てを躱せないが右腕で刃を受け止めてそれを盾にすることで無傷で避けきる。


「あらあら、大変ね」

「なんでそんなに落ち着いていられるんです!」

「だって、実家からよく襲われますし。私のことを気に入らない人たちは多いんですもの。特に新大陸のお歴々の方々は大層私が憎くて仕方ないらしくて、いろいろと暗殺者など差し向けてきますもの」


 なるほど、この程度の襲撃など物の数ではないということか。


「それに諭吉ならばこの程度、問題ないでしょうしね」

「――――!」


 ハワードが認識するよりも素早く福沢は動いていた。滑るかのようになめらかな体重移動。

 彼はそのまま射撃型オートマタの射撃を見てから躱すという尋常ならざる技前を披露する。


「点の攻撃など、銃口を見ていれば躱すのは容易い」


 くたびれた声色は変わらず、どれほどの敵に囲まれていようとも問題ないのだと告げている。


「さて、いささか奇怪な敵ではあるがこのままでは迷惑だ。斬り捨てさせてもらおう。そら、こっちだ、こっち」


 こんこんと床を鞘入りの刀で突けば、その音に反応した機械どもが一斉にそちらに首を向ける。

 生き残っていた乗客は悲鳴をあげながら、これ幸いとばかりに逃げ出していく。逃げ出した先ですぐにその悲鳴が途切れるが、福沢は頓着しない。


 対する乗客に襲い掛かる人ならざる人の形をした機械どもは、福沢の刀を認識すると同時に、それが敵対者であると識別する。

 もとより殺戮プログラムが駆動しているのだから、動く者全てを殺すようにできているが、敵対者は最優先で殺す。


 判断は一瞬、オートマタは一斉に動き出した。腕から刃や銃を展開しながら、人形兵器どもはまったく同時に襲い掛かる。

 常人であれば、即座に生存を諦める。死角なし。前と横百八十度全てから襲い掛かる。

 背後に逃げようとも無駄だ。逃げたところで寿命が少し伸びるだけ。数秒間の生存が生まれるだけだ。


「危ない!」

「――!」


 されどその一瞬でサムライには十分。

 ただ一刀の白刃が閃いた。

 鞘走りからの斬撃疾走。ハワードの眼では到底追うことのできない神速の居合抜きが放たれる。


 衆目にその姿をさらした福沢諭吉の刀。刀剣類の鈍色の輝きは、透明感と圧倒的なまでの存在感を放っていた。

 臨界点突破。蒸気機関を覚ます冷却装置の如き冷ややかな殺意が水も滴るような刃に滾っている。


 一切の艶やかさをどこかに放り投げたかのようなの鞘と飾り気の一つもない柄頭、すり減った柄などと見れば名刀の類ではない。量産品の刀であろう。

 使い手が有名になれば数十年後には美術品としての価値が出るだろうが、今はただ無名の刀だ。


 しかして使い込まれ、長い戦いを経たたたずまいは、まさしく歴戦の戦士をほうふつとさせる。

 名刀ならざるも、それは業物と言えた。

 刀の刀身には一切の乱れもゆがみも、曇りもない。名もなき業物は、この場において最も圧倒的な存在感と輝きを放っている。誰もそれを無視できない。機械ですら。


 誰もが気が付かぬうちに鞘から引き抜かれ振るわれた刃。その結果は、まるで時でも止まっているかのように動かない機械人形が如実に語る。

 彼に襲い掛かった数体の機械人形が真っ二つに両断された。あるいは、ゆっくりと頭部がずりおちて絨毯の引かれた床に転がりおちる。


「な――!」


 その結果に驚くのはハワードとこの場に残っていた、幸運にも生き残った乗客だけだ。オートマタたちに驚くという機能はない。


「ね? すごいでしょう?」


 エレナなどはくすくすと予想通りの結果に、楽しそうにころころと笑い声をもらしている。

 そう彼女が言う通りであるが、凄いを通り越して凄まじいとしか言いようがない光景が繰り広げられる。


 人の意識の間隙にでも入り込んだかのような高速の踏み込みから放たれる斬撃はどれもこれもが一撃必殺。

 機械であり、人よりも優れた認識機構を持っているはずのオートマタのそれを超過する斬撃速度は遠き空に輝く雷電の如し。


 瞬きの瞬間に広がったのはわずかな剣光のみ。斬ると彼が意識すればその瞬間には行為は完了している。

 一閃を途切れさせず、そのまま回転エネルギーへと変換する。抜刀から派生する怒涛の三連撃。


 接続される技によどみなく、積み重ねられた福沢諭吉の戦闘経験が生み出した嵐のような剣閃は、オートマタなど物の数ではないと敵を切り伏せていく。

 接近戦では勝てないとオートマタは判断。距離を取り内蔵された機銃の一斉掃射にてハチの巣にする作戦へと殺戮行動を変更。

 このままでは福沢の背後にいるハワードらは死ぬ。


「させぬよ。この身は、誰かを護りたかったゆえに」


 くたびれた声にわずかな火が入る。心の炉心に薪がくべられた。もはやこの侍を止められる者などありはしない。

 射撃音と同時に連続発射される弾丸の雨。絶対致死の豪雨。


「ミセス!」

「ああ、大丈夫ですよ」


 ハワードは彼女に隠れるように言うが、エレナはただ立ったまま。


「諭吉、切り払ってね?」

「御意に」


 侍が命を受諾する。

 そのままに振るわれる刃の速度は既に、彼らの射撃速度を振り切っている。放たれる弾雨の全てを切り伏せて見せる。

 床に転がったのは、死体ではなく切り裂かれた弾丸のみ。


「破ッ!」


 そして、震脚とともに放たれる喝破の音衝。

 それはオートマタの感覚器を伝い彼らの中に存在する共振器に破滅的なダメージを出力する。

 痙攣し倒れていくオートマタたち。こうなってしまえばもはや福沢の刃から逃れられる手段などなく、食堂車の騒動はここに決着する。



 ――よって場面は切り替わり、三等客車。ここでもオートマタたちは殺戮を繰り広げていた。


「ええい、なんじゃこれは。ハワードはどうした!」


 当然、ジョージたちもこの襲撃に巻き込まれている。いや、渦中にいると言った方がいいか。敵の狙いは当然ジョージの持つ手稿なのだから。


「まだ食堂車ですよ、ジョージおじさん!」

「ぅ」

「アンナちゃんは私の後ろに隠れてて。ジョージおじさん、何とかできないの!」

「任されよう」


 よってこの場を乗り切るにはオートマタをどうにかしなければならない。ハワードという戦力がないのならば動くのは、ジョージである。

 彼はクランクハンドルのついたトランクを取り出す。取っ手を握り、それを迫りくるオートマタに向けながら、クランクを回す。


「さあ、行くぞ」


 クランクの回転とともに内部機構の歯車が連動して、トランクは弾丸を吐き出し始める。携帯型マシンガン。いいや、この場合はミニガンというべきだろうか。

 放たれた弾丸は、まったくと言ってよいほど命中しないが下手な鉄砲かずうちゃ当たるとでも言わんばかりに物量で攻める。


 当たれば連続して命中して、オートマタたちを穴だらけにしていく。回転とともに出力される弾丸の量は増加の一途を辿る。


「あぶない!」


 その時、アンナの叫びがジョージへ飛ぶ。


「ぬ!」


 弾丸の雨をかいくぐり肉薄したオートマタの斬撃が走る。葬送曲とともに振るわれる赤熱した刃。

 それは共鳴剣オルゴールブレードとよばれるものだった。いわゆる高周波ブレード。あるいは超振動刀だ。

 柄や鍔部分、もしくは直接刃に内蔵された振動発生装置による超振動を刃に伝道させるだけ。


 ただそれだけでただの剣が斬鉄を成す名刀へと早変わりする。

 この共鳴剣の場合は柄にある共鳴円筒(オルゴールシリンダー)が流す死想曲によって刃を振動させ望外の切れ味を実現していた。


 流れる曲は有名な作曲家アネッセン・バッヘンベルト作曲の交響曲『魔人の夜』。

 静かに早いテンポで繰り広げられる音の増減による不安定さが聞く者の心にさざ波を立てる。


 オルゴールシリンダーが奏でるハーモニー。調和のとれた音色が幾度も急激に切り替わり否応なく心に感情という名の刃を叩き付けてくる。

 一人の男が夜の魔人として復讐を告げる悲恋の物語。死想曲としては定番中の定番。


 特にその第二楽章、夜の復讐の場面は常に畳みかけるような音楽が鳴り響く。音によって刃を振動させる共鳴剣にとってこの音の畳みかけは最高の相性。

 咄嗟にジョージが盾にしたトランクをバターか何かのように切り裂く。破壊されたトランクから歯車と弾丸が零れ落ちる。


「うむ。これはまずい」


 赤刃がジョージに迫る。


「ガゥ!!」


 彼の窮地を救ったのは、ミシェーラの背後にいたはずのアンナ。天井を蹴った直上からの爪撃がオートマタの制御機構を破壊する。

 頭部に存在する制御機構を破壊すればオートマタは停止する。


 着地と同時に着地点へと射撃が来るが、それを跳躍で回避。天井を足場にしてアンナは、労働種としての身体能力を最大限発揮して疾走を開始する。

 アンナは迷っていた。護られている自分と殺されてしまいそうなジョージを見て。己は一体何をするべきなのか。


 指示がなければアンナは何もできない。何をしていいかがわからない。そんな時、どうすればいいのかわからない。

 だが、一つだけはっきりとしていることがある。自分は、自分を救ってくれた人たちが動かなくなるのを見たくない。


 なにより、助かったと褒めてもらいたい。もう一度。

 よって、彼女は動いた。半ば無意識的な行動。されど、それは最も効果的なタイミングでジョージの命を救った。


 彼女は、既にこの場は把握している。嫌な臭いは六機。先ほど一つ潰したので残り五機。未だ幼くも遺伝子に刻まれた狩猟本能が狩りの仕方を教えてくれる。

 血の匂いによって呼び起こされた本能のままに縦横無尽にアンナは駆け回る。射撃など見る前に避けている。当たらない。


 全力疾走のままに爪を振るう。狙う場所は首。精密機械たるオートマタの弱点は頭部。だが、そこは硬い。

 いかに膂力があろうとも子供の細腕でそれを潰すことは出来ないならば次点。採掘で培われた狙うべき一点を算出する観察能力によって導き出された答えは首だ。


 身体と制御装置を繋ぐ機関。

 当然のように存在する疑似神経微小歯車を装甲の隙間から爪を差し入れえることによって破壊する。

 そうすれば、オートマタは物言わぬ鉄くずへと回帰する。真鍮と鉄の置物となる。


 己の命の使い方をアンナは理解する。救ってもらった恩を返すために自分が出来ることを見つけた。

 自らを定めた狩猟者が、労働種という名の鎖を引きちぎりここに生誕した。

 少ない食事と過酷な労働環境によって制限された労働種はもういない。ここにいるのは、完全な性能を発揮する一匹の獣人けものびと


 自動人形如きが敵う道理などありはしない。例え、それが幼く戦闘技能など何一つ身につけていない少女であっても。

 彼女の一族に備わった身体性能は、並みの重機を凌駕しているのだから。なにより小柄であるという点が何よりも大きい。


 狙いが付けられない。天井と壁を足場に縦横無尽に走り回る獣をオートマタは捉えられない。

 よって、狩りは粛々と進む。また一機。また一機と沈黙していく。残り一機。これを倒せば、当面の危機はさる。


「これで――!」


 彼女に足りないのは、戦闘技術もあるが何よりも経験だった。戦闘経験などありはしないのだから当然だろうが、ゆえに最後の敵と言う事実が彼女に緩みを持たせた。

 よって気が付かない。そのオートマタが抱える最終機構に。自爆と言うあらゆる全てを灰燼に帰す機能に気が付かない。


 気が付いたのは、がちりと歯車が合わさった異音と異臭を感じた時。もはや遅い。既に爆発のスイッチは押されてしまっている。

 今更倒したところで遅い。爆発する。ならばどうする。

 アンナにはわからない。


「伏せろ!」


 だから、言葉に従う。身体は彼女に向けた放たれた言葉に従順に従い、伏せる。

 同時に生じる撃発音。爆音の如き音の奔流と同時に大気を抉りながら巨人殺しの特殊弾頭がオートマタへと直撃する。


 貫通力を弱めた特殊弾頭はオートマタを殴りつけたかのように吹き飛ばす。そのまま列車最後尾を破砕して外へと吹き飛ばすほどの破壊力。

 同時に爆裂し爆風に車体が揺れる。だが、皆無事だ。


「……」


 彼女に言葉を放ち、彼の弾丸を放ったのはここに駆け付けたハワードであった。福沢諭吉の爆発するという言葉とその目の前にいるアンナを前に即座に巨人殺しを抜いていた。

 狙いは機械の如き正確さでつけられ巨人殺しを保持した右腕はブレることなく、寸分の狂いなくオートマタを穿ち吹き飛ばした。


「遅いぞハワード。なにをしておった」

「こっちにも敵がいたんだよ」

「おや、そちらのご婦人は?」

「エレナです。エレナ・ブラヴァツキー」

「おお、ミセス・ブラヴァツキーとは。お会いできて光栄だ」

「こちらこそ。あなたの御噂はかねがね。とても素晴らしい発明家なのだとか」

「よくご存じで。ですが、わしはただ知りたいだけの老人じゃ」

「ええ、私もです」


 会わせてはいけない二人が出会ってしまったのでは? とハワードは心配になるがミシェーラとアンナの無事を確かめる方が先だ。


「無事か二人とも」

「私はね。アンナちゃんは大丈夫?」

「う、だいじょぶ」

「すごかったわよ彼女」

「ああ、そうみたいだな」


 周りの惨状を見れば何が起きたのかはだいたいわかる。


「よく頑張ったな」


 そう言いながらアンナの頭を左手で撫でてやる。


「ん、とうぜん。たすけてもらった、たすける。とうぜん」

「あーん、良い子ね。アンナちゃん!」


 しかし、まだ安心することは出来ない。未だに先頭車両及び二等客車、一等客車、食堂車よりも向こう側にはオートマタがひしめいているのだ。

 さらに列車は加速し続けている。この先には急カーブが存在している。このままでは脱輪して崖の下へ真っ逆さまに墜落することになるだろう。

 何とかして列車を止めなければならない。


「それなら二手に分かれましょう」


 そう提案したのはエレナであった。


「冒険小説にもあるように、こういう場合は列車の中からと天井から行くものというものがお決まりの展開でしょうし」

「中で誰かが暴れていれば上にはそれほどオートマタは行かないと思うのです」

「中で陽動と上で先頭車両まで言って列車を止める組に分かれるのか」

「ええ」

「良しそれで行こう。時間もないことじゃしな」

「しかし、誰が上に行く」

「う、わたし」

「行けるか?」

「いく」

「しかし、アンナちゃんじゃ機械の操作はわからないんじゃ」

「わしが行こう」

「父さんなら確かに出来るけど、行けるのかい?」

「なに、こうすればよいのだ」


 作戦は決定され、車内の陽動にはハワードと福沢、車外から先頭車両を目指すのをアンナとジョージがそれぞれ行う。

 そして、ジョージは今現在先頭車両に向けて四足疾走するアンナの背に括り付けられていた。


「自分で提案しておいてなんだが、これは乗り心地が悪いな!」

「う、ごめんなさい」

「うむ謝る必要はないぞ。何も悪くないがわしが悪い気分になる」

「あぃ」


 暴風の中ゴーグルをつけたアンナとジョージは風に逆らって先頭車両に向っていく。全身を使った疾走にジョージは乗り心地は最悪だとごちているが時間との勝負であるためアンナは緩めない。

 蒸気機関が吐き出す排煙の臭いが鼻をついてしかめっ面になるものの、敵の姿は見受けられなかった。


「陽動がうまくいっておるようじゃな。相手は上から来た様じゃが」


 ジョージは、背負われながら崖の上を見る。レンズを入れ替え拡大していくが、そこには後続の影はない。

 どうやら今、この列車にいるオートマタが全戦力のようだ。相手の援軍を気にしないのは良いことである。


 アンナは疾走を続ける。四肢をついた獣のような走り。重心を極限まで低くして足音を立てずに天井を駆け抜けていく。

 まさしく獣のようであった。驚くほどの身体性能による疾走は放たれた弾丸のように人間という種の限度を超えたようで彼女の身体を前に前に進める。


 それでいてしなやかな四肢による踏み込みは、極限まで音を切り詰めており一切足音がしないという結果を現実へと出力してみせた。

 吹き付ける風など障害になどなりようがなく、背負われたジョージすら重しにならない。物の数秒の内に炭水車へと行きつく。


「いる」


 鼻腔に混じる加工済みスチームライトのすすけた臭いに混じって血の匂いと真鍮と鉄、油まじりのオートマタの臭い。


「一機ならやれるな?」

「うぃ」

「良し」


 ジョージを降ろろすと彼は持ってきていたオートマタの頭部を機関車の床に向けた投げつけた。

 必然、鋼鉄の塊である頭が機関車の床にぶつかったら大きな音を立てる。突然飛翔した鋼鉄を叩きつけた音。オートマタはそのプログラム通りに音源を確認する。


 大きな音を前にして人も人を模したオートマタもはそちらを意識せざるを得ない。それが意識していないものだというのなら反応は顕著だ。

 反応は単純。そちらに視線を、意識を向けてしまうというもの。それを戦闘中と規定した場合最悪だ。


 だが、相手は戦闘中とすら思ってもいないためにより明確に、ありえないほどに極大の隙を晒してしまう。

 悪手の悪手。無知とはこれだから恐ろしいと言わんばかりに隙に意識の死角と、最悪を晒し続けるオートマタに対してアンナが取った手は単純明快。


「う!」


 隙しかない相手に、有りっ丈の脚力で壁を蹴って炭水車を跳び越え、そのままオートマタに蹴りをお見舞いした。

 オートマタはそれでは倒れない。打撃は痛痒をもたらしてはいない。だが、続く連撃によりオートマタは機関車より放り出されて後方へと去って行く。


「ふぅ」


 一息吐いて、アンナは機関車の状況を把握する。血の匂いがしていたために運転手は犠牲になっていることはわかっていたが酷いものだった。

 血みどろだ。パイプも弁もクランクハンドルにもあらゆるものに血がぶちまけられている。


「うっ」


 やはりこういうのはまだ慣れない。


「おおーい、だいじょうぶかー」


 ジョージはゆっくりと炭水車を伝って機関車にやってきた。


「うぃ」

「良し、それじゃあ止めるぞ」


 ジョージが列車を止めるために加減弁やらを操作しようとして、手を止める。


「う、どうか、した?」

「うむ、全部壊されておる」


 運転に必要なすべてが壊され、ただただ燃料たるスチームライトだけが投下されている状態であった。


「とまらない?」

「うむ、止まらんな。このままではマズイ」

「どうする?」

「仕方あるまい。このような場所で足を失いたくはないが。この車両だけ切り離すとしよう」


 動力たる先頭車両の蒸気機関さえ失ってしまえば列車は自然に止まる。


「よし、まずはそこのレバーを降ろして」

「うぃ」


 ジョージと二人でアンナは先頭車両の切り離し作業を行う。

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