第9話 夢想と現実

「なぁ、コンラッド」


「なんだ?」


「お前、そんなにアホだったか?」


「え、いきなり何言っているんだ?」



 コンラッドは目を丸くして、友人を見据えた。


 蔑んでいるわけでも、真顔で言っているわけでもなく、ましてや笑ってもいない。純粋に疑問に思っている、という顔でコンラッドの目を見つめている。


 唐突過ぎる問いがどの事を言っているのか分からないが、それでも直球過ぎる言葉にぐさっと刺さった。



「だって皆の前で、略奪愛宣言したんだろ? 恋人ではなくて婚約者相手に。普通に考えてものすごく面倒くさいじゃん。あと面子もあるし。馬鹿なの? アホなの?」


「純粋な目をして罵倒しないでくれ……」


「罵倒じゃないよ、事実だよ」


「君は純粋な悪魔だな」


「やだだなぁ。これくらいで悪魔だなんて」


「……まさかわざと言っている?」


「へ? わざとって何が?」



 本当に分からない、という顔で怪訝に首を傾げる友人に、盛大に溜め息をついた。



「だってヴィオレット嬢にアイツは相応しくない」


「たしかに美人だけど、例の婚約者も美形じゃん。身分も見た目も釣り合っているし、仲も良いって噂じゃん。何が不満なわけ?」


「全てにおいてだよ!! 僕ほど彼女のことを想っている男はいない!」



 突然熱弁し始めたコンラッドに、友人は半眼になった。



「ついこの間まで、浮いた噂しかなかったお前が何言うの? しかも浮いた噂は全部真実だし。一目惚れなのは知っているけど、説得力がない」


「そう! 僕は紛れもなく、ヴィオレット嬢に一目惚れした! 初めて見たあの時、身体が雷に射抜かれたような感覚がして、好きだ!! っていう感情が溢れてきて! あの日以来、僕は彼女しか見ていないというのに、横槍が!!」


「落ち着けって。取られて悔しいのはよく分かったけど、諦める気はないのか?」


「ない!!」


「そっかー」



 即答に友人は、投げやりに返事をする。


 こうなったら一直線なのだと、友人は分かっていた。分かっているのだが、やはり応援する気にはなれない。


 遠目から見てもあの二人が会話を弾ませているのが分かったし、最近出会ったとは思えないほど距離が近いような気がする。そう、まるで幼い頃からずっと一緒にいたような。


 それよりもなにより、二人が二人っきりでいる時は、自然体のように見えるのだ。


 それなのに、コンラッドは自分の為に二人を引き裂こうとしている。



「あのさ、コンラッド」


「なんだ?」


「オルタンス嬢はどんな人なのか、お前は分かっているの?」


「もちろんさ! 気高くて、心身共々とても美しい人だ! 清廉潔白でまるで白百合のような……これ以上言ったら、お前が惚れてしまうだろうから言わないぞ」


「あははは。お前のように略奪はしないって。犯罪だし」




 友人は笑ったが、内心呆れていた。あの令嬢の見た目と言動しか見ていないのだな、と。


 ふと、視線を感じて後ろを一瞥する。見覚えのある男が、呆れた顔でこちらを覗き見している。


 あの顔が、ヴィオレット……例の令嬢の本性がコンラッドの想像から離れているのか、なんとなく分かったような気がした。












「メルや」


「なんだい、ヴィーや」


「わたし、ローションを開発したい」


「…………大体理由は分かったけど、最後まで聞こう」


「さすがメル。まあ、諸君の見当通りだ。男同士のおせっせを手助けしたい」


「確かにこの世界、ローションはないからなぁ」


「そう。昔の日本みたいに片栗粉や丁字油、そしてふのりが主流で、ローションという概念がない」


「せやな」


「ほら、日本のBL漫画とか小説、同人誌ってお尻の穴を舐めたりとかして解すやん? でもあれってリアルでやると感染症に繋がる恐れがあるし、唾だけだと滑りが足りない。ローション丸々一本使わないと痛いらしいし。まあ、BLはファンタジーですしそこまで深くは考えてはならんのだろうけど」


「リアルのおせっせを考えると、良い浣腸剤の開発もせなければならない件について」


「その通りだな。浣腸剤も検討しなければ。そう、リアルにも男同士のおっせせは存在する。そう考えると、応援したくなる」


「男同士のおせっせについての漫画も描いてみるか? 参考書として」


「別のペンネームを考えなくちゃいけないなぁ……話を戻して。つまり、わたしは男同士のおせっせを応援したいし支援したい。でも表だった支援はできない。ならせめて、表向きは医療とかそういう形で開発して、ローションも浣腸剤もおせっせに使われたい……実際に見ることが叶わなくても、お尻がローションまみれの受けちゃんがこの世にいるという生きる希望を持ちたい。お尻がローションまみれの受けちゃん、可愛い過ぎる」


「めっちゃ分かる……あ、もう一つ開発しなくちゃいけないのがあるぞ」


「なに?」


「ゴム」


「すっかり忘れていた! やっぱりメルは天才かよ。そうだよね、受けちゃんの腸内を守らないといかないよね! えーと、ゴムにローションに浣腸剤……あ、後は大人の玩具も開発したい……って、なによメル。そんな目をして」


「いやぁ……知らないって幸せなことだよな、と」


「?」

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