第7話 ちゃんと宣言したのに、あれ?

 翌日。いつもなら憂鬱だわー、と月曜日のように(喫茶店で働いていたから、曜日関係なかったけど)重い身体を起こすが、今日は違うぜ。


 あれから解放されると思うと、高笑いしそうで表情筋がやばい。



「ヴィオレット様、御機嫌よう」


「あら、サラサ様。御機嫌よう」



 教室に着いて、友人に挨拶した。表情筋を抑えて、優雅に笑む。


 席に座って、一息ついた。


 さて、もうすぐ奴が来るだろう。さあ、来るがいい!! 引導を渡してやらぁ!!



「ヴィオレット嬢は来ているかい?」



 来たああああああああ!!


 おし、やったるで!!



「ヴィオレット様でしたら、先程いらしましたよ」


「おはよう、私の麗しき妖精! 今日も美しくて、朝から酔いそうだよ!」


「わたしは貴方のものではなくてよ」



 朝から酔いそうってwwwwwお前は、年中酔っているようなもんだろwwwww



「けど、ちょうど良かったわ。私、貴方に伝えたいことがありましたのよ」


「まさか……とうとう私の想いに応えて」


「お目出度い頭ですこと」



 おっと、つい辛辣な言葉を。いつもの事か。



「実はわたし、婚約者が決まりましたの」



 コンラッドが目を見開き、口をあんぐりと開いた。周りも静まりかえった。


 追い打ちをかけるため、さらに言葉を重ねる。



「だから、もうわたしの周りをうろちょろしないで下さいまし。迷惑ですわ」


「……と……」


「はい?」



 コンラッドがか細い声を出した。聞き取れなかったので、聞き返すと、今度ははっきりとした口調で言った。



「誰と、婚約したんだい?」



 堅い声色。それほど衝撃的だったのかしら?



「ああ、それは」



 メルの名前を言おうとしたら。



「おーい、ヴィー。いるかー?」



 メルの声が聞こえた。ナイスタイミングだぜ。教室の入口を見ると、メルが立っていた。こっちを、あ、という顔で見ている。



「ちょうど良かったわ。メル、こっちに来て」



 手招きしてメルを呼ぶ。メルは応じて、こっちに来てくれた。


 メルがわたしの後ろに立つ。唖然とコンラッドがメルを凝視した。



「紹介しますわ。わたしの婚約者、メルヒオル・オーランシュ。オーランシュ侯爵の三男ですわ」


「あ、どうも。この度、ヴィオレット嬢と婚約しました、メルヒオル・オーランシュです。以後、お見知り置きを」



 ざわざわ、と教室がざわめきを取り戻した。あのオーランシュの三男が、だの、コンラッド様可哀想、という声が聞こえた。


 おいおい、なんでコンラッドが可哀想よ? 精神的に参っていたわたしのほうが可哀想だっつの!!



「おーい、コンラッド殿ー?」



 固まってしまったコンラッドに、メルが話しかける。でも、固まったままだ。



「返事がない」


「ただの屍のようだ」


「殺さなくてもいいのでは……」



 近くにいたサラサ様がツッコんできた。



「サラサ様、これは様式美ですわ」


「様式美……?」


「様式美だな」



 メルが強く頷く。さすが、分かっている。



「それでも……」



 コンラッドが口を開いた。



「それでも、私は貴女を諦めないよ! 必ず私に振り向かせてみせる!」


「いや、正々堂々、略奪愛を宣言するなよ」


「オーランシュ! 貴様には負けない!」


「えー……」



 言いたいだけ言って、コンラッドは教室から出ていった。いつも投げキッスするのに、今日はなかった。



「なんか俺、ライバル宣言されたんだけど」


「頑張れ」


「アイツの相手、面倒くさそう」


「頑張れ」


「えー」


「ライアヒ」


「めっちゃ頑張る」



 単純な奴め!



「ライアヒ?」


「わたしとメルの秘密ですわ」



 あはははは。パンピーには、ライアヒの意味は分かるまい。ライリッヒ×アヒムの略とは誰も思うまい!



「お前ってなんか、執着系……いや、粘着系男子に好かれるな」


「やめ……おっほん。お止めになって。そのような人たちに、好かれたくないわ」



 っぶね。危うく「やめろ」って言いそうになった。っぶね! 一応、お淑やかな令嬢で通っているから、イメージは大切!



「俺の経験上、遊び人の本気は怖いから気を付けろよ」


「本気なのかしら?」


「今のところは本気だと思う。振り向かせた後は分からないけど」


「ああいうタイプは、手に入れた途端、興味無くしそうですわね」


「同感だ。そして、本当に大事なものを無くしやすいタイプでもある」


「そうですわね。ま、振り向く予定なんてありませんけど」


「そう言うと思った。ああいうタイプ、生理的に無理になっているんじゃないか?」


「分かっていらっしゃること」



 前世のことを知っている分、メルはわたしがどうしてコンラッドを嫌うかどうか分かっている。説明の手間が省け、しかも理解してくれる。ほんとうに、メルと再会できて良かった。



「何かあったら、絶対に言えよ。できるだけ守ってやるから」


「必ずって言わないあたり、らしいわね」


「いつも一緒なわけがないからな。念のため、護身術でも学ぶか?」


「それは良い案ですわね。さっそく、お父様に頼みましょうか」



 防犯ブザーなんて、この世界には存在しない。結局己を守れるのは己だけっていうし、護身術は悪くない。そしてなにより、ネタになるかもしれない。



「お二人は仲がよろしいですね」



 サラサ様が話しかけてきた。おっと、すっかり周りに人がいるっていうことを忘れかけていた。



「ええ。この世界で一番、わたしのことを分かっているのは、彼なのですよ」


「そして、俺のことを一番分かっているのも、ヴィーだ」


「まぁ、そんなに!」



 サラサ様が目をキラキラさせて、わたしとメルを交互に見つめた。


 んん? あ、なんかさっきの台詞、惚気っぽい。だからそんな目をしているのかな?


 実際は甘々な空気じゃなくて、お互いの性癖だとか、好みとか、思考回路とか分かっているっていう意味なんだけど。


 誤解させたままのほうが、アイツに協力する奴も減りそうだし……ま、いっか。



「そういえば、メル。何しにここに?」


「そうそう。昨日言っていた、お前が絶対に好きな本を持ってきた」


「本当!?」



 昨日言っていた本ってあれだよね? わたしの大好きな清楚&健気ショタ受けがいるっていう小説だよね? ほんと、仕事が早いんだから! 大好き!






「貴方は最高の婚約者ですわ」




「現金なヤツだな」






 呆れた顔を浮かべながら、メルがわたしの頭を撫でる。


 何故か黄色い声が上がったが、どうでもいい。


 ぐへへへへへ……すごい楽しみ!


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