第6話 あの後は?

 婚約も決まり、正式に受理された。それまでの期間、たったの五日。この国の貴族と役人、仕事が早すぎる。素晴らしい。


 発表はまだだけど、まあ言ってもいいよってことになった。


 というわけで、休み明けの明日、さっそく言うつもりだ。やったね!




 わたしたちは愛称で呼び合うことにした。日本人にとっては、いささか長い名前であるし、その方が婚約者っぽいってことで。




 休日。わたしとメルヒオルことメルとお茶をしていた。メルの家である侯爵家で。


 さすが侯爵家。伯爵家であるわたしの家よりも大きい。


 傍にメイドを付けず、二人っきりで話していた。






「ヴィーよ」




「ないだいメルよ」




「お前ってあのユーリ・アサノ?」




「おうよ」




「やっぱりか……名前を聞いた時、まさかとは思っていたけど」




「信じられなかった?」




「そりゃ、まさかこんな都合の良いことあるわけがないって」






 メルが俯く。前世のことを思い出しているんだな。






「メル、差し支えなければ訊きたいことがあるの」




「……なんだよ」






 わたしの気がかりだったこと。それを訊くには、とても怖くて口を噤んでしまう。


 訊いたのに情けない。






「安心しろ」






 メルは小さく笑った。






「お前のBL漫画や同人誌、グッズは俺が全て片づけておいたから、おじさんとおばさんにバレていない」




「メルうううううううううう!! お前は最高の男だよ!!」






 わたしはオタクは隠していなかったが、腐女子だということは隠していたのだ。姉にはバレていたが、親にも内緒だった。




 だから、わたしの遺品を整理する時にわたしが腐女子だと絶対にバレてしまう。思い出してから、それが気がかりだった。いや、危惧していた。




 悲しみに専念してほしいのに、わたしのコレクション(あーるじゅーはちを含む)を見たらショック受けてそれ所じゃなくなるかもしれない。




 あー、安心した! お父さんとお母さんも、勝利がわたしの遺品整理することに対して、何も思わなかっただろう。


 本当に男女かよ、というくらいわたしらは仲良かったからな!






「ついでに言うと、お前がとても楽しみにしていただろう神サーの漫画、控えめに言って最高だった」




「そりゃそうだろうさ!! クッソ!! なんで死んでしまったんだよ、わたし!!」






 ダンッと机を叩く。この怒り、どうぶつけようか!!


 さらにメルが追い打ちをかける。






「お前が死んだ後も、お前の性癖にジャストミートな作品が次々と発表されてだな。お前が追っていた漫画も、推しが活躍したり、推しCPがイチャついていたり、互いを唯一無二の存在と認めたり」




「マジかよ!! クッソ!! わたしを轢いた運転手、マジ許さん!!」




「ちゃんと捕まって、有罪判決になったぞ」




「日本の警察、仕事したな!」






 褒めてつかわそうではないか!






「ていうか、元恋人のことはどうでもいいんだな」




「未練なんぞない。そう、萌えに比べたらな!」




「萌え抜きでは?」




「まったくない。刺されて死んでしまえばいいと思った」




「女に刺されて死んだぞ、アイツ」




「ザマァwwwwwww」




「未練なさすぎてビックリだわ」






 メルが苦笑した。






「そうだ、メル。重ね重ね、頼みたいことがあるんだが」




「なんだ、漫画のアシスタントをやってくれって? いいぞ」




「話が早すぎる。大好き」




「だいぶブランクあるけど、大丈夫か? 最後に漫画の手伝いしたの、前世でお前が修羅場だった時だけど」




「あの時はマジでお世話になりました」






 コミケに受かった時だ。まさか受かるとは思っていなくて、怠慢していたら油断した。新刊落としてなるものか、と勝利に頼んで原稿を手伝ってもらっていた。まあ、あの時以外でもめっちゃ手伝ってもらっていたけど。




 コイツは主に読み専で、たまに小説を書いて投稿しているだけだった。サークル参加もアンソロにも参加したことなくて、締め切りに追われることはなかった。だから、頼みやすかったんだよねー。誤字とか脱字にも気付いてくれて、修正忘れも見逃さなかったコイツはマジ有能。






「大丈夫、知識と経験があればなんとかなる」




「で、なに手伝えばいいんだ? ベタ? トーン貼り? 写植? トーン貼りは勘が戻るのに時間かかると思うけど」




「ベタとトーン貼りを手伝ってくれたら、とても有り難いです」




「承知した」




「かたじけない」






 本当は背景を描いてほしいけど、さすがに絵描きではないコイツに頼めない。前世から背景描くのが苦手で、背景をどう誤魔化すか苦心していた。


 時間も掛かるから、ベタでもトーン貼りでも、行程の一つだけでも手伝ってくれたら、ほんとう助かる。






「では、さっそく今から!」




「今、修羅場かよ!! とっとと終わらせるぞ!」




「お前、マジイケメン」






 その日、メルは時間が許すまで手伝ってくれた。


 初めはブランクを感じさせたものの、一時間後には、勘を取り戻して、ベタもトーン貼りも完璧にすることができるようになった。


 おかげで、原稿を早く終わらせることができた。


 メル、マジ有能。

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