八
凪が僕の部屋に転がり込んで三か月目の十月、日の入りの早さが秋の訪れを確認させる夕方。次の展示会の打ち合せから帰る凪を最寄駅の一つ先の駅で待った。その駅は京都線と千里線の分岐点だったので、梅田から電車を選ばずに済んだ。凪の指定通りの時間に西口のマクドナルド前で待った。
平日の午後五時過ぎ、中途半端な時間帯なれど、あらゆる種類の人間が揃っている。携帯電話で取引先と熱心に交渉している不健康そうな中堅サラリーマン。パンツが見えそうな短いスカートにふくらはぎの太さを倍増させるルーズソックスを着用した女子高生はガンダムに出てくるモビルスーツのドムを彷彿させる。年金を全てパチスロにつぎ込みそうな萎れた爺さん。コンパの待ち合わせの男子大学生集団、相手方女子大生グループに急遽断られたと、会話から知った。「男だけで飲みに行く」か「この勢いで梅田に繰り出してナンパするか」と真剣に議論している。
「この勢いってどんな勢いだよ」僕が男子大学生集団に聞こえない程度の声量で発した言葉をタイミング良く現れた凪が捉えた。
「あえて言うなら猛烈な勢いやな」
「うわっ、びっくりした。お帰り。何それ?」
「台風の一番すごいのの勢いやん」
「独り言だってば、答えんなよ」
「勢い、勢い、破竹の勢い、騎虎(きこ)の勢い。結婚は勢いなんてどない?」
「いや、無理やりそこから話広げなくていいから」
「ミッキー、話振っといて勢いないのー」
いつもの戯言を交わしながらの徒歩十五分の帰り道、ちょうど千里線の方の踏み切り待ちで街の小さな不動産屋の店頭に掲示している貼り紙、賃貸や分譲の部屋の間取りや値段を暇潰しに見ていた凪が言った。
「ミッキー、これええんちゃう?」
「えっ?」
「2DKで家賃七万、今のワンルーム六万やろ?」
「引っ越しは考えてないよ」
「まあ、ええやん。保証金半分出したげるから」
「マジで?」
「まあ、月々の家賃は当然ミッキーの担当やけどな、あはっ」と言うと、凪はそのままその街の小さな不動産屋に入って行った。
僕はまだ今住んでいるワンルームの解約も済んでいないのに新しい2DKの部屋を契約することになった。凪の勢いのまま様々決定される流れに身を任すことは単純に楽しくもあった。
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