その日、凪からは日出の奢りで、磯島や元山らと飲みに行くと聞いていた。僕が酒を飲みに行く時は根掘り葉掘り、誰とどこに行き何時に帰るのかを追求する凪だが、自身の外出に関しては概要のみの報告しかない。そして、僕が申告した帰宅時間、いや時間前でも平気で電話を掛けてきて当然のように同席者へ電話を替るように求める行為に、僕は不公平感を覚えていた。その日も僕は凪が何時に帰るか聞かされていなかったし、実際に日付が変わっても帰る気配はなかった。携帯に電話すれば済む話かもしれないが、それは白旗を上げる振る舞いに思えて自嘲した。


 ようやく、朝四時過ぎ、玄関のドアにキーを差し込む音がした。寝ずに待っていた僕だが、それはあまりに惨めなので、寝たふりを決め込んだ。


「ただいまー」凪は能天気に言い放ち、玄関に座り込んでブーツのファスナーをおろしている。


 磯島も元山も平日は普通に会社勤めしているので、こんな時間まで飲むことは想像しづらかった。日出と二人だったのだろうか。推理を巡らせ、考えを研ぎ澄ませば澄ますほど、ちっぽけな自分が嫌になる。


「寝てんの?梅田にな、めっちゃおしゃれなバーがあってん。グラス全部バカラやねんで」


 その無神経さは小さな男の小さなプライドなど簡単に崩壊させた。


「お前、ふざけるなよ。今何時だと思ってんだ。何で俺だけ雁字搦(がんじがら)めでお前はそんなに自由なんだよ。馬鹿じゃないのか」


 凪の反応なんて読めなかった。怒りに怒りで応酬するのか、言い訳を始めるのか、黙って出て行くのか、やおら涙を見せるのか。


 それは僕の想像する選択肢にはない答えだった。


「嫉妬してくれるの?嬉しい」


 凪は底知れぬ笑顔だった。

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