まだ残暑の厳しい九月。僕は、楽し過ぎる凪との共同生活ゆえの友人らとの疎遠を凪に嘆いていた。凪は女友達との付き合いも僕との同棲生活も実家とのやり取りも器用にこなしているように見えたからだ。

「ミッキー、友達は大事やで。いっしょに行ってあげるから、いっしょに遊んだらええやん」

 それからというもの、僕はどこへでも凪を連れて歩くようになった。アメリカのテレビドラマでは交際している男女はどこへでも連れ立っていたし、僕もその時はそれが自然に、普通に思えた。


 僕は凪を師匠のナンパレッスンにさえ連れて行ったことがある。いつものボックス席。

「よっしゃ、今日は使えるテクニックをいくつか教えたるわ。まずは、ドリンク奢りますテクや。これは女性に飲み物ご馳走しましょうかと提案するだけの簡単テクではあるけど、そこにいる女性に飲みたい飲み物を聞いてドリンクカウンターに買いに行って届けるだけではただのウエイターやろ。肝はいっしょに買いに行くこと。行動をともにすること、時間を共有することが大事や」

「でも、女としては単にドリンク奢ってもらいたいだけの場合もあるで」凪が師匠の説法に水を差す。

「かなんな。でも藤本さんの意見は女性の意見やから無下にできんわ。まあ、物事には例外もあるってことやで」

「まあ、師匠の意見もなかなかの洞察力ではあるけどな」

「お前が師匠言うな!」

 師匠と凪のやり取りが場を盛り上げる。僕と出水は腹を抱えて笑った。師匠もそれはそれで楽しそうに見えた。


 僕はそんなふうに凪を連れ出した夜ほど激しくねっとりと凪を求めた。その日も日付の変わった午前三時過ぎ、ワンルームマンションのドアを開けるなり、肌理(きめ)の細かいプリーツの、淡いピンクのミニスカートを背後から弄(まさぐ)った。ひらひらと逃げるように舞うシフォン素材のスカートの裾から、下着の中の尻に手を這わせ、独立した小動物のように指を、凪の陰部に滑り込ませていった。執拗に刺激するまでもなく、すでに凪のそれは濡れそぼっていた。狭いキッチンの床に凪を座らせ、僕が自身のベルトを外すと、凪が僕のチャックを下ろし、口に含んでくる。僕の準備が整ってベッドに移動し挿入、僕は両手で凪の首を絞めあげる。練熟したタイミングで手を離し、凪が絶頂を迎えるのを見届けてから、僕は凪の腹上に射精する。


 今では当たり前のような工程だが、無論最初は、セックスの盛りに首を絞めて欲しいと希求されたことを異常なことに思えた。その後しばらくして、コンビニでレディースコミックの表紙に「セックス中、首を絞められたい女たち」という特集記事の見出しを見て以来、僕はそんな女も存在することを了承した。誤って本当に殺してしまうことのないように細心の注意を払ったが、絞めあげれば絞めあげるほどに凪が快楽を得ることを知り、その手を離す機宜(きぎ)は職人技とも自賛出来る程になった。命を弄(もてあそ)ばれる(ふりとしても)中に悦楽を見出すとはどんな心境、いや身体の状態なのか。このまま快楽の頂点で死にたい、死んでさえ良いとの重いメッセージが枷(かせ)として僕の心に薄い皮膜だが、確実に重なっていく。果たして、凪に殺される覚悟があるとして、僕に凪を殺す覚悟があるだろうか、僕には自信がなかった。

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