第14話 パーティを組んでいたのだ
俺の昼食は、ほぼ毎日『小倉コッペパン』である。約500㎉。
片手で食えて、糖分も補給できる。腹は満福にはならないが、午後も眠くならずに過ごすことができる。
意外に思うやつもいるだろうが、ボッチを全うしたいならば決して不真面目にしてはならない。なぜなら、目立ってしまっては、注目を浴びてしまうからだ。ボッチは注目を浴びるものであってはならない。
良くも悪くも、目立ってはいけないのだ。だから当然、昼寝なんてしてはならないのである。
今日の昼休みも、俺の席の後ろでは、クラスメイトのギャル集団がよくわからないことで、一喜一憂していた。正直、うるさく、集中できない。
いや、ちょっとまて。
ならばなぜ俺はヘッドホンをしていないのだろうか。ヘッドホンを装備すれば、俺にかかっているデバフなんてすぐに解除できるじゃないか。俺はそのためにこの装備を手に入れたのだ。
だが俺がプレイしている『人生』という名のゲームは、やればやるだけレベルのあがるターン制のRPGではなかった。キャラの能力も違えば、装備も違えば、腕前もちがうバトルロワイヤルのようなゲームなのだ。
よって油断すれば撃たれる。超音波の反射で距離をはかるコウモリでない以上、俺は聴覚をふさいではならないのだ――いやまて、だから、なんでだよ。
……正直に言う。
……俺は正体不明の怪物を恐れていた。
もしかしたら……もしかしたら、自分の耳がふさがれているときに、何かが起きて、何かに巻き込まれるのではないかという不安が生まれていた。
まったくよくない。それは陰口に負けそうになる前兆だ。クラスに蔓延するようなヒソヒソとした会話が、全部、自分に向けられているのではないかと、不安になる予兆だ。
いや、でも……大丈夫。
心をフラットにして、テレビを見ているように、世界を観察すればいいだけだ。
もしも、そういう状態の奴がいたら、俺はこういってやりたい――おちつけ。言葉は消える。『心で』聞かない限りは消える。耳できくだけに留めろ。だから聞きたくねえ会話なんてオール無視して、心の中で中指たてて、生き抜け。
強がりであることなんて、百も承知なんだけどさ。
強がらないと、生きていけない奴ってのは居るものなのだ。
うまくできるやつからしたら、ほんと、クズにみえるどうしようもないやつだろうが、必死に生きている結果なんだよ。
さて。
俺の苦悩など知らぬ、今日も平和まっしぐらのギャル集団は、声から判断するに、五名ほどの集団だ。
あからさまに藤堂真白を中心にしているわけではなく、話の流れをひっぱっているのは、お前は光合成でもしているのか?、と尋ねたくなるほど自然に騒がしい女であり、藤堂は聞かれない限りは自発的に口を開くことはないようだ。
だが、その誰もが、藤堂真白という存在を無視できないように、リア充グループの女子はみな、藤堂真白に帰結するような話題に終始している。
だれだれに彼氏ができたけど真白は彼氏いないの、とか、どこどこの店のクレープがおいしいんだけど真白いつヒマ?、とか、彼氏にネックレスを買ってもらったんだけど真白ってどんなの好きなの?、とか、黒木ってパンがほんとに好きだね私も好きだよ、とか。
――は?
俺は思わず振り向いてしまった。
いや、無理もないだろう。FPSだって、銃声がしたらそちらに視点を変更するに決まっている。
はたしてそこには藤堂真白が、俺の手元を覗き込むように立っていた。
背後にギャル集団の姿が見える。顔を見るつもりはないが、雰囲気的には『またはなしかけてるね』みたいな感じがわかる。
俺も思う。まだ話しかけてくるのかよ、と。
そして、それが少し嫌でなくなっていることが、俺は少し嫌だ。
藤堂は俺のいじっているスマホの画面をちらっと確認し、エアポケット・ウォーカーをプレイしていないことを確認した気もするが、一瞬すぎて、俺には分からない。なんだこいつ、FPSのプロなみの視認力だろ――ではない。
そんな話を脳内でしている場合ではない。
先週も繰り返されていた、このやり取り。
てっきり逃げ切れたと思っていた、このやり取り。
まるで酸素を取り込む肺のように、藤堂と俺の会話が必然的に膨らんでいく、このやり取り。
藤堂は宇宙人に日本語を教えるように、繰り返し同じ言葉を口にした。
「黒木ってパン好きなのって聞いたの」
俺は防御をしようと試み、口にパンを押し当てた。マスクみたいなものだ。だが藤堂の技はエスパータイプの精神攻撃か、もしくは格闘タイプのダイナマイトパンチなみの威力があるので、俺の小倉パンでは防ぎきれないどころか、足かせとなた。いや、この場合、口かせだ。
「ふ、ふが」
「なんで、話かけたあとに、わざわざパンを口につめるのかが分からない」
「ふ、ふがん」
「謝ったので許してあげよう」
「ふ、ふが」
背後からギャル集団の声が聞こえるが、それはあまり良い内容ではない。
『え? なんで意思疎通してんのうける』とか。
『ていうか、なんか仲良さげじゃね』とか。
『マシロ……どうしたの……』とか。
おい最後のやつ、まるで病原菌にふれたような深刻な言い方をするんじゃねえ。せめて落ちた食べ物ぐらいの高尚さをもたせてくれ。
教室内にもそんな雰囲気が伝播していく。
ギャル集団のように明確な言葉にこそしないが、どこか、俺という存在が認知されているような危険信号を受信した。ボッチは良くも悪くも目立ってはいけない。
誰もがどこか、耳を澄ませて、俺達の動向を気にしているような気がする。いや、気がする、のではない。この二人の会話がどこへ向かうのかを、探ろうとしている。なぜそんなことがわかるかっていえば、俺が、その第一人者だからである。
申し訳ないが、人はそうそう変われない。
それは太古から変わらないはずだ。でなければ三つ子の魂百まで、なんてことわざが生まれるわけないではないか。ボッチマインドってのは後付けの名称で、性格なんて遺伝子レベルで刻まれている。
逃げるか?――相変わらず、クソ野郎の思考だ。だから俺は主人公になれないんだ。
シューティングゲームをプレイしているときのように、俺の思考はフル回転している。
誰か、同じ経験ないか? そんなときは、五感がとぎすまされる気がしないか?
ふと。
パンを詰め忘れた耳の穴に、言葉が入ってきた。
『小倉パンくってりゃ、俺らも話しかけられるんじゃねーの?w』
『まじか。俺も食ってみようかな……』
『やめとけ、あだ名の小倉は使用済みだ』
みたいな感じの、男子グループの嘲笑ぎみの、でも、いたって普段通りの会話だ。
なにがすげえって、これ、廊下に居るやつらの会話なんだ。向こうもこんなに鮮明に聞こえているとは思っていないだろう。それが俺の耳に届いたのだ。
昼休みだぞ? どこもかしこも、テーマパークかよ、ってぐらいバカ騒ぎしている時間だぞ? それが俺の耳に届くって、もはや自意識過剰が一つの能力となって、索敵スキルを生み出していると信じてしまいそうだ。
だがそれは俺が主人公の、世界系ライトノベルのあらすじにはならなかった。俺は能力者ではなく、主人公ではなく、藤堂真白がヒロインであるだけだった。
藤堂はやはりちらっと、廊下側を見た。どうやら普通の声でも、廊下の出入口付近にいると、音の反射で声が奥まで届くらしい。だから藤堂にもそれが聞こえたのだろう。
藤堂は小さく、言った。
本当に小さく。こいつこそ何かの能力者かよってぐらい、俺にしか聞こえないぐらいに……いや、となりの席の佐藤くん……だったかな、彼には聞こえていたかもしれないけど。
「ああいうの、よくあるね。言い返さないの? いつも」
俺はパンをのみこんだ。
まだ半分も残っているパンを口に詰めることも、耳につめることもせずに、答える。
「べつに、なにも聞こえてねえし」
「え、やば、そうやって処理してるんだ、自分の気持ち」
「は? な、なんのことだか」
「それって家の中でたき火されてんのに、小豆煮れるから別にいいしとかいってんのと同じじゃん」
独特すぎるだろ、そのたとえ。
「おなじじゃねえし、俺は家で小豆を煮るほど、小倉が好きなわけじゃねえ……」
「やっぱ聞こえてるんだね」
「……、……」
言葉につまるって、こういうことを言うんだな。何も言えない。
空気で出来たボールが、喉の辺りにひっかかる感じがする。
教室はざわついている。
いつも通り。
俺と藤堂が話をしていたって、別に犯罪なんてわけじゃない。
勘違いしないでほしいが、俺はボッチであって、いじめられているわけじゃない。いじめられている奴を守れるほど強くもない。喜ぶべきことに、俺の周りにいじめはないが、起きてしまったら俺は、どうするのだろうか。
まあいい。とにもかくにも今の時点では、俺の場所に他の人間が到達できないよう、全ての橋をグレネードで爆破しているので問題はない。
いや――問題はない、はずだった。
だが一つ、俺は忘れていた。
突然だがゲームには、こんな機能がある。
パーティ募集。パーティ結成。パーティへの攻撃は無効。パーティは同じ場所へ魔法で同時に移動可能。パーティであればギルド専用の城に入ることができる――他にも色々とあるが、ようするに仲間は別なのだ、という機能。
友達っていってるんじゃない。フレンドじゃない。
パーティメンバー。
友達ではないが、他人でもない。いうなれば、『仲間』だ。
ゲーム友達じゃなく、ゲーム仲間。
冒険をする友達じゃなく、冒険をする仲間――。
好きだろうが、嫌いだろうが、フレンド登録していないでも、同じギルドのメンバーでなくても、パーティを組めば、一時的とはいえ運命共同体となってしまうのだ。
それがパーティ機能。
他人以上、友達以下の、一時的な例外関係。
そして俺には、ぜったいに忘れちゃいけねー事実がひとつあった。
俺は、先日、屋上前の階段踊り場で――藤堂真白と、パーティを組んでいたのだ。
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