第12話 ――走馬燈のように。

 暑めの風呂につかりながら、俺は天井を見上げた。

 ふっと気をぬく。

 ぬいてしまう。

 すると脳裏に映像がよみがえる。


 その全ては、今日の夕方までのことだ。

 

 藤堂真白とは、昼頃からゲームを始めて、なんとそれは16時まで続いた。

 当初こそ俺も『お、おう』と『ふ、ふむ』ぐらいしか言えなかったのだが、最後のほうはきちんと話も出来ていたように思う。

 だが、時折空気中をただよってくる、なんていうか、リア充オーラみたいなものにあてられて、大分、精神力を消耗したのも事実。


 藤堂はやけに充実しているような雰囲気を散布させながら、


『うわー、やられた! もっかいやろ!』とか。

『あ! そうか! そういうことか! 理解した!』とか。

『ご、ごめん。海に着陸しちゃった……見てるから、がんばって……』とか。

 

 様々なシーンで喜怒哀楽をこれでもかと表現した。

 それらは、全て、俺一人に向けて、表現された感情に他ならなかった。


 それと。なんていうか、だな。

 俺の目には……そういった藤堂の姿ひとつひとつが試練として映った。いや、それを良いと表現する奴もいるだろうが、俺にとっては毒だった。


 藤堂の若干気崩したような制服の着こなしは、シャツの胸元が、他のギャルほどではないが、緩みがちだ。

 机に座って、両手でスマホをホールドし、熱中すると、人間というのは前傾姿勢になりがちである。さらに両方の手がせばまっているので、俗にいう……胸寄せみたいな感じにもなっている。ようは、あれだ。

 

 あいつは、貧乳じゃないようだということだ……。

 

 藤堂が質問をしてきて、俺が画面から目を離すたびに、俺の視線は、中心をさまよっていた。これ、俺の視線にレッドポインターが付いていたら、終わっていたとおもう。


「……考えるのをやめたい」


 やめたい。なのに止まらない。

 思い出す気もないのに、俺の脳みそは、今日の数時間のことを延々と繰り返し、流し続けた。


 風呂の温度が、少しだけ下がる。

 俺は手を伸ばして、追い炊きを選択。

 その間にも、俺の脳裏には藤堂の姿が映る。


 藤堂がゲームを楽しそうにする姿。

 藤堂が嬉しそうに笑う姿。

 藤堂が悔しそうにスマホを置く姿。

 藤堂が不思議そうにこちらを見る姿。

 藤堂が、タイムリミットとなってしまったスマホのアラームを聞いた瞬間、とっても悲しそうな顔を、一瞬だけ浮かべた姿――。


 それは走馬燈だった。

 まるで走馬燈のように、と比喩表現を使えるくらいに、様々な映像が、静止画をまるで動いているかのような錯覚を覚えさせてくる。

 

 何も変わっていないはずの藤堂と俺の立ち位置が、まるで近づいていくような錯覚を覚えさせてくる。


 まるで、今日一日で、俺と藤堂が仲良くなってしまったかのような、幻想を抱かせてくる――。


 ヒエラルキーが、蜃気楼のように揺らいでいく。

 バカげた思考が、浴室の湯気の向こう側に見えた。

 それはまるで手を伸ばせば届いてしまいそうだ。


「……くだらねえ。バカじゃねえのか」

 あえて口にしてみる。

「バカだよ、ほんと、バカじゃねえの? ゲームしただけだろ。ネットストーカーかよ。一度パーティーくんで、粘着ってか……きもすぎるぜ、わらえねえ」


 効果はあるのかどうか……いや、もはや俺の斜に構えた言葉は空気と同じ。不要なものではないが、変化を生むものでもない。

 抗菌薬は服用しつづけていると、体内に耐性菌が出来てしまい、効果が薄くなっていくなんてことをテレビで見たことがある。

 俺の言葉も同じだろう。

 どんな物事でをわざと軽んじて、水に流せるくらいに軽くして、精神に負担をかけないように言葉にして捨てる――こんなボッチマインドの言葉一つじゃあ、藤堂真白なんていうヒエラルキートップ層を流し消すことなんてできない。


「――ちっ」


 俺は息を止めってから目をつむり、腰を落とすようにして、浴槽に潜った。

 

 嫌なことがあったときは、こうして頭皮まで熱して、脳内の血流を良くするに限る。こうすれば間違いなく、俺の悩みは消えてくるのだ。


 息を止める。

 止める。

 止める。

 止めて――ああ、このまま止めていたら天国行かもな、なんて思った瞬間、爺ちゃんが死んだときのことを 思い出した。

 あれは母さんのセリフだったか。


 ――おじいちゃん、走馬燈、見たのかなあ。死なないと分からないから、確かめられないことのひとつよね。


 ああ、なんてこった。

 このまま天国への道を進みはじめたら、走馬燈ってやつを見てしまうではないか。


 そしてその走馬燈には、きっと――っく、息が続かない!


 俺は全てを洗い流すように、水面から勢いよく顔をだした。


「ぶはっ――はぁ……はぁ……はぁ……」


 何か変わったか?

 いや、変わっていない。いやいや、変わらなきゃいけないだろ。いやいやいや、それが変わっていないというわけじゃなくて、変わっていないのは、俺のことだ。あっちの、あいつの、ことじゃあない。


 ぐるぐるぐるぐる――思考が回る。


「……もう、出よう……風呂、いやだ……」


 とにかく出よう。

 長湯はそんなに好きじゃあないんだ。

 考えることが多くなるからな。

 なんだか、Aが風呂に入らないことが、俺達、ネガティブ系のボッチには、とても効果的なように思えてしまう。こりゃ、下手したら、枕に顔面をつけて、「ぐおおおおお」なんて叫ぶ可能性もあるな……。


   ◇


 明日は日曜日。

 適当にゲームして、心穏やかに過ごそうと決めた。

 そしてそれは実行された。

 藤堂からの連絡もなく、俺からも連絡はしない。土曜の別れ際に、『日曜日は用事があって』と言っていたので、連絡がないのも当たり前だろう。

 別に、嫌われているわけではない。うん。


 そうして夜はあけた。ある種いつも通りの夜が明けて。そうして来る月曜日のこと。


 ――俺は、まるで走馬燈のように、ぐるぐると回る絵に錯覚を感じたまま、藤堂真白と同じ空間に降り立った。

 ――手を伸ばせば届くところに、蜃気楼のようにゆがんだヒエラルキーが浮かんでいる朝だった。


 俺はやっぱりバカだった。

 ボッチになっても仕方がないほど、自意識過剰な、一人ボッチな野郎だった。


 ヒエラルキーの最上階と最下層に、どれほどの高低差があるかなんてことを、俺はまるで忘れちまっていたのだ。

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