第11話 まるで――、
「にいに! 180に敵いた! たぶんもう二人まで減ってるよ!――ちょっと、にいに、なんでグレネードのピン抜いてんの?」
『いいよ、それ投げてから、クロウは俺らを援護ってくれ。んじゃ、ユウヒちゃん、つっこもうぜー』
「う、うん、わかりましたけど……、えっと、にいに、平気?」
◇
階段の踊り場。
昼から始まったゲーム会は、適当に菓子を広げながら始まった。
『き、緊張するね、ゲームやるの』と藤堂は言った。
『いや、さっきまでやってたんだろ?』」と俺は答えていた。
『そ、そうじゃなくてさ、目の前の人と同じゲームするって、すごくない?』
『……まあ、たしかにな。オンラインゲームをはじめてやったときは、プレイヤーキャラクター全部を同時に動かしてる人間がいる事実だけで、楽しかったな』
『で、でしょ』
『つったって、初めての体験じゃあるまいし、そこまで緊張しなくていいだろ』
『……、……』
『え? お前、まさか、リアルの協力プレイはじめてなの?』
『……、……て』
『え? なんて? 聞こえなかった』
『〈お前〉は、やめてっていったの!』
『あ、わ、わるい』
『陽のイジワル』
『よ、ヨウはやめてくれ!』
『あはは、わたしの気持ちがわかった?』
◇
「にいに、あのさ、なんで、さっきから拡張マガジンとったり外したりしてるの。あとそのスコープ、使わないなら頂戴。ショットガンに八倍いらないでしょ。ねえ、なんでまたグレネードのピン抜いてるの。にいに?」
『おーい。クロウ? そろそろ危険地帯狭まんぞ。それとも別ゲーでもしたいんか? 妹のユウヒちゃんが体張って守ってくれてることに、兄としての恥ずかしさはねーのかー?』
◇
『黒木のキャラって、このKUROUってやつ?』と藤堂は画面を指さした。
『お、おう……』と俺は弱めに頷く。
『なんで恥ずかしがってんの』
『い、いや』
『なんでクロウっていうの?』
『き、聞かないでくれ』
『なんでか教えて欲しい』
『わかった。答えるから二度と聞くな。これは俺の名前の〈クロキ・ヨウ〉の最初と最後をとっただけだ』
『へえ。なかなか凝ってるね』
『……中二病的、二重の意味もある……』
『え? なんか言った?』
『いや、なんでもない――それにしても藤堂、なんでお前のキャラは、実名フルネームで、はいってんだ? Masiro Toudouって、別読みでもなんでもないよな……?』
『い、いや、聞かないでほしい……』
『なんだよ。俺も答えたろ』
『……、……ら』
『は? なんて?』
『だから、〈あなたの名前を入れてください〉って出てきたから、本名聞かれてるとおもったの! そしたらゲームはじまっちゃうし! なんか、外人のキャラの名前、わたしになってるし!』
『あー……まあ、いるよ、たまに。落ち込むなって』
『落ち込んでない! べつに落ち込んでない!』
『はいはい。二回いわなくていいから』
『大事なことだから二回いったの!』
『……お前はいま、その定番ネタを、素の返しで言ったのか?』
◇
「ねえ、Aさん。なんか、にいに、様子がおかしいんだけど、となりの部屋、みてきていい?」
『ああ、今日は別の部屋でやってるんか』
「そうそう。配信の時以外は、基本、自分たちのマイPCだよー」
『んじゃよろしく。オレはてきとーに索敵してっからーーお、ラッキー。ここ安地ど真ん中だぜ。なおさら任しとけ』
「あーい……もう、にいに、なにしてんだか。ゲームは遊びであっても、真面目にやんないといけないんだぞっ!――ちょっと、にいにー!?」
◇
『く、黒木! 敵! 敵が動いてる!』と藤堂が慌てて銃を乱射する。
『わかった、わかったからまずどっちの方向に敵が居たかを報告するようにしてくれ。あと驚くたびに銃を乱射するのはやめろ』
『わ、わかった! えっとね、右! 左から右に走っていったよ!』
『どっちだよ。右ってどこからみた右だよ』
『え? 右ってお箸持つ方でしょ?』
『いや、俺、両利きだし』
『え……、それヘリクツっていうんじゃ……』
『お、おう……すまん』
『うん。許してあげる――じゃあ、敵は右だからね。たおそ? ていうか、黒木たおして? あ、ほら! 右にいる!』
『わかった。わかったから、乱射をやめて、とりあえず東西南北での報告をクセにしてくれ』
◇
「ちょっと、にいに!?」
突然のことだった。
自室でPCの前に座っていたら、つけていたヘッドセットが、急に俺の意思に反して、外されたのだ。
「え?」
「え?――じゃない!」
振り返ると、なんてことはない、妹の茜がヘッドセットを手にして、怒り心頭といった顔で立っている。
なにをしてるんだろうか、こいつ。
今は、俺と茜とネット仲間のAとでPC版のエアポケット・ウォーカーをしている最中である。それなのになぜこんなところで、怒っているんだ?
今日はなにかのイベントのマジモードでやっているわけではない。
ちょうどボイチャソフト上にいたAに、妹の茜が操作の質問をしていたそうで、その流れで配信までの一時間ちょっと、練習でもするかという話になり、ついでに俺も誘われたというわけだ。
俺は背後に目を向けたまま、前面に置かれているディスプレイを指さした。
「おい、茜。プレイ中に席を立つならきちんとセーフポイント見つけてからにしろよ」
「ちょっと、にいに。ディスプレイみて」
「はあ?」
俺は眉をしかめながら前方へ視線をうつした。
見るも何も、どうせそこにうつっているのは、俺のキャラの『KUROU(クロウ)』と茜のキャラの『You-Hi(ユウヒ)』とAのキャラの『AAA(トリプル・エー)』だけだろう。
ちなみに、このゲーム『エアポケット・ウォーカー』にはFPSモードとTPSモードというのがあり、プレイヤーはそのどちらかのサーバーを選択してゲームをプレイする。
FPSというのはファースト・パーソン・シューターの略で、つまるところ『一人称視点でのシューティングゲーム』を指す。ゲームプレイ時は自キャラの手しか見えず、あたかも自分がゲームの中に入ってしまったかのような没入感を生む。
対してTPSとはサード・パーソン・シューターであり、ようするに『三人称視点』を指す。この場合は、自分のキャラを後方から見るスタイルとなるため、操作するキャラクターの状況が分かりやすい。
今回はTPSモードでプレイしていたので、ディスプレイには俺のキャラである『KUROU』が映っている。
KUROUは右手に投げモノ――手榴弾とか発煙筒とかを想像してくれ――を持ったまま、一軒家の窓から頭を出して突っ立っていた。
このゲームは孤島内に降り立った120人で、サバイバルゲームをするというものだ。銃を中心とした武器を取得し、相手に弾をヒットさせてライフを削り、倒していく。倒したあとはその装備を奪い取り、さらに次の敵を見つけていく。もちろん隠れていてもいい。最後の最後まで隠れた後、残りが、自分と敵の二人だけになったとき、はじめて攻撃を開始するなんてパターンだってある。
生存方法の自由度が高いゲーム。
それがこのゲームのいいところだ。
だが、俺の今の状況は、少なくとも生き残るための行動ではない。
こんなもの、『みんな撃ってねー!』と窓から手を振っているようなものである。
生きているのが不思議なほどだ。もしかすると、茜とAが守ってくれていたのかもしれないが……やべえな。その記憶すら飛んでいるぞ。
背後から茜の声がした。
「ねえ、にいに? こんなプレイしている人が、なにをえらそうに、セーフポイントとかいっちゃってんの?」
「いや、俺はだな……なんというか……」
「ていうか、さっきからボイチャの反応もないし、どうかしたの? 体調悪いなら、やめてもいいけど、ちゃんと言ってくれないとわからないよ」
「お、おう、悪いな」
「なんか今日おかしいよね。ていうか、ここ数日かな」
「そ、そうですかね」
「なんで敬語? この前、私のプリン、まちがって食べちゃったときも、敬語だったよね」
「プリン食べたのはお前だろ!?」
「ふむ。判断力は正常に戻ってるみたいだね」
「ああ……なんか、すまん……」
「いいよ。だって、私のたったひとりのお兄ちゃんだからね。ゆるしてあげる」
俺は素直に謝ることしかできなかった。
どうやら、ボーっとしていたようだ。
いや、これはボーっとしていたレベルではなさそうだが。
「別に怒ってないけどさ。心配してるだけ。いつも助けてもらってるしさ」と、茜は優しいような、呆れたような、いろんな感情が混ざったような声をだした。
「いや、ありがとう、でも大丈夫だわ、やれるから、やろうぜ」
「そう?」
「おう、悪い。ちょっと色々あってな」
「いろいろ、ね……まあいいや、じゃ、部屋戻るからね」
「おう」
俺は頭をふると、ゲームに集中しようと、使い慣れたマウスとキーボードに手を添えて気合いをいれなおした。
ゲームだからと、不真面目にやるのはよくない。それじゃあ、ゲームなんて、と馬鹿にする大人と大して変わらない。やるなら真面目に楽しまないといけない。
――ボイチャから、チームメンバーのAの声がした。
『――はい、ラスト―。いっちょあがり。オレってサイキョーじゃね? 一人で6チーム壊滅させたぜ。テレビ東京で、俺の映画放送されねーかな』
すぐさま画面に文字が並ぶ。
<やったぜ! 今日の主役はあんたらだ!>
どうやら、俺が呆けている間に、Aがソロで敵を倒してしまったらしい。さすがというか、なんというか、チーム戦より、ソロのほうが強いAの能力がよくわかるってものだ。
「わ、さすがAさん! かっこいー! 頼りになるー!」と自室にもどった茜がボイチャで称えていた。ちょっと持ち上げすぎてる気もするが、今日の俺は何も言えん。
『わははは! そうだろ、オレはかっこいいんだぜ! 見習いたまえ、クロウ君!』
「……うるせえ。風呂も入らねえ廃プレイヤーめ」
いつもならもっと威勢よく、煽り返すのだが、今日ばかりは……俺が悪い。
『ボイチャのいいところは、臭いがつたわらねえとこだよな。俺、この時代に生まれてラッキー』
「しらねーよ……ていうか、わりい、今日はもう落ちるわ」
『オッケー。おつかれい』
大真面目に回答するAと茜に謝罪しつつ、俺はゲームからログアウトした。
茜は心配してくれているのか、疑っているのか、怒っているのかはしらないが、配信を一人で行うということだ。
バイト代、一回分、稼ぎそびれてしまったな……なんて考えている場合ではないことは、いくら俺でも分かる状況だ。自分がプレイしているゲームの記憶が飛んでいるなんて、正直なところ、笑えないだろう。
「……風呂、はいるか」
茜の出ていった静かな部屋で一人、俺は誰にともなく呟いた。
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