第7話 これじゃあ友達みたいだろ

「トークアプリつかってるよね?」


 放課後の取引の終わりに、藤堂真白はそう切り出してきた。


「……使ってるけど」


 だからなんだよ、とは言わない。俺だってさすがにバカじゃない。

 ID交換をしようということなのだろう。

 ただ、その行為自体をためらっているだけだ。


 しかし藤堂は少しだけ勘違いをした。


「ID、おしえてくれないかなーって」

「お、おう、わかってる」


 断れる雰囲気でもなく、誤解されているのもなんだか恥ずかしくなり、俺はIDを表示させて画面を掲げてしまった。


「ありがとー!」


 嬉しそうに藤堂が画面を操作していく。


(俺なんかと交換して、楽しそうにできるとは……、さすがトップ層)


 さすが人生攻略組は、レベルが違う。

 こいつら、命をかけたVRゲームに閉じ込められてもひるまずにBOSSとか倒しちゃうんだろうな。俺は絶対に最初の町からでない。そんで、自分が守れるものだけ、守るに違いない。


 ポコン♪、と着信音がなる。

 画面を見ると、アプリ通知。

『マシロさんから、友達申請が届いてます』と表示されていた。


 視線をあげると、何を疑うこともなくにっこりと笑う藤堂の顔があった。


 タップしそうになって、一度、とどまる。

 友達申請――いや、そもそも俺ら、友達なのか?


 恥ずかしいぐらいの自意識過剰を見透かされたのかはしらないが、藤堂が『あれ? 通知きたよね』と画面を横から覗き込んでくる。

 

 肩に、髪の毛がふれた気がした。

 さらり、とどこかくすぐったい。


『お、おう』と答えるのと同時に、シャンプーだかなんだかしらないがやけに良い匂いが脳の奥をつらぬいてきた……タップをいつ押したのかは覚えていないが、家族ぐらいしか登録されていないトークアプリに一人分、別の存在が登録された。


 ポコン♪、ともう一度通知音。

 画面を見ると、新規通知が一件。


『マシロさんがスタンプを送信しました』


 開いてみると、課金しなきゃ手に入らないようなスタンプがはってある。

 白い子猫が、段ボールから顔をだしている。まるで捨てられたように見える猫だが、その段ボールにはこう書いてあった。


『誰かひろってあげてください、よろしくおねがいします』


 悲壮感はない。ポップな感じのスタンプ。

 妹の茜が好きそうな、微妙なブラックユーモアも含まれたイラストだ。

 案外、こいつ、茜と気が合うのかもしれないな――なんて思いながら俺は、藤堂に口頭で答えた。


「……よろしく」

「黒木くんって、トークアプリの返答を言葉で返すタイプのひと?」


 悪意なく、小首をかしげる藤堂に向かって俺は曖昧に笑いながら思った。

 そんなタイプの人間いるのかよ、あほか――ざんねんながら、ここに居るのだった。


   ◇


 ――という流れから、俺は藤堂とアプリを交換したのだが、その日の夜は、なんだかやけにスマホが気になってしまった。


 メール待ちとかでそわそわするって、こういう感じなのか。

 ゲームのアップデート前みたいな感じなんだな。


 なんでそわそわしているのかと言えば、理由は一つだ。

 藤堂から『今日の夜、連絡するね』と伝えられていたからだ。

 内容は伝えられていないので、それが何なのか気になって仕方がない。


 ポコン♪、と鳴ったときには飛びつくようにスマホを見た。

 そこにはこう書いてあった。


『明日、よければ学校でゲームしませんか。あの、二人の秘密の場所で、どうかな』


「二人の秘密の場所……?」


 どこだよそれ、と一瞬だけ考えてしまうが、冷静になってみればそれは屋上手前の階段踊り場なのだろう。

 いつの間にか『二人の場所』になっているところに、なにか言い様のない圧力を感じるのだが、俺はこれがボッチとリア充の違いなのだと理解している――という風に自分の心を納得させた。


 さて。

 既読はついてしまっている。無視をすることはできないだろう。


 俺は少し考えてから返答した。送信するまえに何回も何回も文面を確認してしまうところが情けない。でも文字にしてしまえば最後。物的証拠が相手側に残るからな……いや、別になにか悪いことをしているわけじゃねえけど。


『ヨウ:学校? 別にいいけど、休みなんだし、わざわざ学校じゃなくてもいいんじゃないか』


 いや、これだと、まるで家に誘っているように見えるだろうか……いや、考えすぎだよな。カラオケボックスとかだってあるわけだからさ……。


 しばらくすると、返信。

 画面を開き続けていたせいで、通知音がならない。

 しかもこういう場合、相手には即、既読がつくんだということを今更思い出した。

 楽しみにしているみたいで、やだな……ってか、なんだ、さっきからのこの、後悔が後から後から襲ってくる感じ。つねに間違い探しをさせられているような感覚。

 すげえ疲れる……。


 だがそんなことはいってられない。返信だ。返信をみなければならない。

 一体、なんて返ってきたのか。


『マシロ:そうか、黒木くんって、ヨウっていうんだよね、名前。あらためて見直しちゃった。おもしろいね』


 なにも面白くねえよ……、ていうか学校の件はどうすんだよ……。

 どう返答すべきか、そもそも返答しなくてもいいのかと迷いながら画面を見ていると、やっぱり通知音なしで続きが送られてくる。


『マシロ:スタンプ(ごめんね!)』

『マシロ:スタンプ(だいすき!)』


 だいすき!?

 え!? なにが!?

 ……い、いや落ち着け。

 あいつらリア充は誰彼構わず、呼吸をするみたいに聞こえの良い言葉を口にするじゃねえか。


 ガキが『一生のお願い!』とかいって、10歳時点で一生を棒にふる――とみせかけて、毎年『一生のお願い!』が発生するように、陽キャのやつらは『ずっともだよ!』とか、たかがいって、十数年生きただけで、将来の交友関係を決めつけているじゃねえか。


 時間は有限なんだぞ。

 日曜日は一か月に4・5回しかないんだぞ。

 なのにお前らは、何人ずっともを作るんだ。時間たりんのか?


 アンサー。

 たりる訳がないし、たらすつもりだってないんだ。

 ずっとも民族は、中学や高校を卒業したら連絡なんてとらず、SNSのいいねボタンぐらいだけの関係になり、最終的には成人式の打ち上げで、「うちら、ずっとも、やばいよねー」とか意味不明なダイイングメッセージみたいな言葉と共にSNSにアップして、それでエンド――だろう?


 ネットで知り合ったAもボイチャで言っていた。

『俺はいじめられそうになったから、標的にされた時点で、すぐに逃げてやったよ。ほんとは別の世界に行きたかったけど、それは無理だからとりあえず逃げた。だってあいつら、いじめたやつらのこと、忘れて、のうのうと生きて、そのうちガキとかつくるんだぜ? で、そのガキを俺が付き飛ばしたら、俺が犯罪者になるんだ。だったら、こっちから忘れてやるさ。使われてたまるか。だから俺は不登校を選んだ。親の都合でけっきょく世界はかわらなかったし、異世界にもいけなかったけど、逃げた俺に他の道を示してくれた通信教育には感謝してんだ。世の中捨てたもんでもねえぞって――ま、卒業してねえけどw 中卒ですw』

 くそみたいに狡猾なプレイをするプレイヤーだが、俺は嫌いじゃない。

 ああいうやつ、意外とそのうちプロゲーマーになったりすんだろうか。


 閑話休題(かんわきゅうだい)。


 だから、この『だいすき!』も、ただのノリなのだろう。

 もしくは俺をからかって遊んでいるに違いない。そうに違いない。 

 そして俺だけがこの『だいすき!』を覚えていても、言った本人は覚えてすらいないのだ。むしろ俺に対して『え? きも』とか思うわけだ。成人式でドキドキしている俺にむかって『黒木くん……? ああ、たしかに居たね、クラスメイト……だったような。何年のときだっけ?笑』とか言うんだろう。不公平かよ。ていうか成人式なんか行かねえよ。


 もういいよ、適当に返すわ――そこまで考えているのに、俺の指は動かない。く、くそ……、強がっているだけ、いきっているだけなのが、なにより、自分にバレバレなのだ。


 ――そうだよ、認めるよ! 俺は色々と、びびってるんだよ!


 やべえ……まじでこういうとき、なんて返せばいいんだよ……。

 MMORPGのエンドコンテンツだと、めっちゃ早くチャットする俺のくせに、なんで数文字が返せないんだ……。


 画面を見ることすら辛くなってきて、一度、消す。

 頭を抱えてうなっていると、ポコン♪、と通知音。


『マシロ:学校がいいなあ! カラオケとかも考えたけど、やっぱりちょっと、怖いし』


 ……怖いってなんだろう。

 まさか俺が襲うとか思ってんのか……?

 襲われてるの俺だぜ……?

 

 そもそも――俺は大事なことを聞いていなかった。

 ようするに――なんでお前は俺とゲームがしたいんだ?ってことだ。


 俺はそれを聞かねばならないのだと思う。

 それは俺にとって一番必要な、原動力に成り得るから。

 藤堂には理由があるからいいのだろうが、俺はあいつとゲームをする理由はないのだ。多分。


 震えてはいないが、動きたがっていない指をなんとか働かせて、尋ねた。


『ヨウ:ていうか、だな。お前はなんで俺とゲームがしたいんだよ。ぶっちゃけ、月曜でもいいんじゃないか。明日、休みなわけだし』


『マシロ:え?』

『マシロ:スタンプ(涙涙涙)』

『マシロ:黒木くんは、したくない?』


『ヨウ:いや、したくないとか、そういう話じゃない。理由をきいてる』


 通知が止まる。

 何か失敗したかと考えまくる。

 しばらくすると、返信があった。


『マシロ:休みに、友達とゲームしたいって、普通じゃないのかな? わたし、ズレてる?』

『マシロ:スタンプ(ホントにー!?)』


 俺は画面を見た。

 見続けた。

 休日に友達とゲームをしたい――そんな欲求、むかしの俺にもあった気がする。


 今は『友達とゲームがしたい』ではなく『同じゲームを趣味とする友達がいて、違うゲームになれば、そのゲームをしている別の友達と遊ぶ。ついでに時間が合えば』だけであるように思う。

 似ているようで、だいぶ違う。

 

 でも今の時代では、仕方がないことだよな。

 これはMMORPGをしていたときに一度かんがえたことがあるのだ。


 今は『娯楽』が多すぎるのだろう。

 昔って、スマホがなかったから、ゲーム機もって集まるか、友達の家にいくしかなかったんだよな。

 だから、『コミュニティ=同じ趣味をしなきゃいけない』って感じだった。

 しなきゃいけない、とも思ってなかった。それが当たり前って感じだった。これきっと、リア充グループ的な思考なんだろうな。


 でも今は違う。


 ゲームごとに、趣味ごとに、コミュニティごとに知人がいる。それが許されるどころか、そういうマッチングを世間が進めている。サービスにすらなっている。

 だから純粋に『友達と同じゲームをしたい』という欲求を満たすことが、難しくなっているんだろう。

 それは悪いことじゃない。

 ただただ、友達という価値観が先行しているわけではないってことだ。

 

 ……ま、ボッチには関係のない議論だけどな。


 ちなみにこれはMMORPGのコンテンツが多くなりすぎて、同じコンテンツを遊ぶ友達がゲーム内にすらいないという話を、家族会議でしているときに考えたことだ。

 親父が『お父さんと一緒にクラフトしようよお、友達みんなバトルコンテンツで悲しいしいよお』と泣きついてきたのだ。よって家族会議が開かれた。

 うちの家族会議は基本的に頭がおかしく『お父さんが約束をやぶって、課金した』とか『お父さんがネカマに騙されてゲーム内通貨をふんだくられた』とか『そのネカマをさらにお母さんが騙して、資産を取り返した』とか本当に意味がわからないのである。


 閑話休題、パート2。


 さて、藤堂真白である。

 友達とゲームがしたい藤堂真白のことである。


 これは茶化せない。

 家族会議が俺の人生に有益にはたらく、数少ない出来事だとも思う。

 指は自然に動いていた。

 

 俺は一つの疑問を必死に抑えながら、こう送った。


『ヨウ:いや、おかしくない。俺が悪かった、ごめん』

『マシロ:また謝ってるw よかったw』


 そもそも俺達って友達なのか?

 友達ってなんだ?

 IDを交換すれば友達なのか?


 ――っち。

 我ながら面倒くさい性格をしているが、言葉を必死におさえることには成功したので、今日は、面倒な思考にもつきあってやろう。

 ほんとお前、疲れるよ。いいかげん変われないの?――変われるぐらいなら、ボッチでゲームなんてしてねえよ。


 そうして俺たちは一つの約束を交わしたのだ。


『明日、一緒にゲームしよう。学校で』


 なんだこれ?

 これじゃあまるで、友達みたいだろ。


 だが俺は最後まで耐えきって、予定調整に成功したのだった。

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