第5話 つまり、どういうことだ。

 母が言うには「あんたは見合い結婚ね。それか死ぬまでソロゲー」ということらしい。

 ほっとけ。見合いなんてしねーし、結婚なんてしたくもねーわ!、という心の叫びは脇に置いておく。


 ただ、見合いをするとしたら、口下手な俺は絶対に気まずくなるし、なんならそれと似ているだろう気まずさを現在進行形で体験していた。


 現在、屋上手前の階段の踊場。

 キレイに拭いた机と椅子を対面に並べて座っている。

 ここは俺のとっておきのセーフポイント。人目がなく、誰かがくる心配もない。


 だが、俺はいま一人ではない。

 目の前には美少女が一名。その名は藤堂真白。

 学内どころか、一般社会においてヒエラルキーのトップグループに居座る、別次元の生命体だ。


 放課後。

『もう話しかけないでくれ』という言葉をぶつけるべく、藤堂真白の背を追いかけていた――はずなのに。


 なんだこれ。

 なんでこんなことになってんだ。

『ゲームうまいの?』とたずねてきた藤堂に誘われるようにして、俺たちは向かい合って座っていた。


 スマホ画面が割れた時とは、また少し違った緊張感がはしっている。

 藤堂は恥ずかしそうな視線を俺に向けた。


「……いつから居た……?」


 俺も藤堂と同じく、恥ずかしそうな――なんて形容ではなく、まじでガチで恥ずかしいので、美少女の顔なんて真正面から見ることができず、視線をさげて答えた。


「いつから、というか……」

「……いつから?」


 誤魔化されないぞ、という藤堂の気持ちが伝わってくる。

 まるで尋問だ。

 俺は悪くないのに――いや、一概にもそうとはいえないか。他人がみたらストーカーにもみえるだろう。


 今気が付いたが、これは事案一歩手前なのでは……?

 誠実に対応しなければ、不味い展開なのでは……?


「……スナイパーをとる、少し前からいた」

「わたし、独り言、口にしてた……?」

「なにを、独り言と定義するのかで答えは変わるわけで、つまり――」

「してた?」


 逃げられないようだ。


「……がっつりしてた」

「もうやだ死にたい」


 藤堂はボッと顔を赤くしたあと、両手で表情隠して下を向いた。

 相手が下を向いてくれりゃあ、こちらとしては上を向けるというわけで、俺はここぞとばかりに視線をあげて観察する。


 藤堂真白。

 いちょう色の髪。

 名を体現するかのような真っ白な肌は、肌荒れ一つすら認められない。

 指先にかけてのラインはイラストのように整っており、爪はぷっくりと光っていた。


 総論。

 やはり別次元の生き物だ。

 俺の妹もかわいい部類に入るらしいとこれまでの人生のなかで感じ取ってはいたのだが、藤堂真白という生物は、その枠組みから外れた位置に立っているのだろう。


 それにしても敵に『しねしね』と言っていたプレイヤーが『しにたい』とは皮肉がきいている。全く笑えないけど。


 顔を隠しながら「うー、うー」とうなっていた藤堂は、しばらくするとほっぺを両方の手でつねった。気合でもいれているのだろうか。

 そして言う。


「……負けるなマシロ」


 語呂がいい言葉だな。

 もちろん黙っていたが。


「ねえ、黒木くん」

「なんだ……?」


 やはり少し赤みがかった顔ではあるが、藤堂の表情はキリリとしていた。

 直視なんて無理だからな?、ってことで、やはり俺の視線は下がる。

 人の目を見て話しなさい、と教えはじめたやつ、こっちにこい。絶対にこんな至近距離で、ヒエラルキー最高位の顔なんてみれねーぞ。できたら、土下座してやるから、試してくれ。


 決意したように、藤堂ははっきりとした語調で話し始めた。


「黒木くんは、口が固いよね?」

「なぜ決めつけたんだ……?」

「固そうな顔をしている」

「固そうな顔とはいったい……」


 まあ……、柔らかくはないだろう。

 妹は顔出しはせずにアニメ調の3Dモデルを仕様して配信をしており、最近は人気も急上昇。そこに対する失言をしたことはない。

 話す相手がいないだけでは?、ってのは禁句だ。


「安心しました」

「いや、なにも答えてないんだが……」

「口が堅い人に、悪い人はいません」

「なぜ敬語なんだ」

「黒木くんとここで出会ったのも、ひとつのご縁だとおもうの」

「縁だって?」


 そんなもん、孤独を好む俺からすれば、クラスメイトってだけで既に濃すぎる縁だ。

 これ以上の縁が、ぼっちにあってたまるか。


「それに、スマホを割ってしまったことも、とても重要なフラグだったと思う」

「フラグね……」


 ゲーム用語が美少女の口から出てくるとなんか浮くな。


「黒木くん、ゲームうまいんだよね? だって、この前、スマホ画面にレベルマックスって出てた」

「ああ、いや……スマホゲーなんて、こつこつやってりゃ、レベルはあがるもんだし……」

「うそ。だって、昨日からやってるけど、勝てないと経験値、ひくいもん」


 もん、ってなんだ。

 もん、ってなんだよ。

 少し可愛いじゃねえか……。


「まあ、仮にうまいとして、だから……なんなんだ」

「パソコンゲームとかするの? たとえばこの、銃でうちあうゲームのパソコンのやつとか。動画投稿サイトにいっぱい、動画、あるじゃない? ああいうやつ」


 こいつ、動画勢なのか?

 よくわからないが、嘘を言う必要はないだろう。


「ああ……まあ、そっちのほうが中心だからな……そういうやつ――ゲーミングPCなんかはそろってる」

「ゲーミングPC! じゃあ、キーボードとか、かちゃかちゃするんだよね?」

「かちゃかちゃ……? いやまあ、操作に必要なら、するけどな……」

「ご家族に、うるさいとか言われないの?」

「いや、うち、二世帯住宅のつくりだから、親は下の階だし。そもそも、俺のいえ、みんなゲーマーだから」

「みんな!? みんな、ゲーマーなの!?」


 藤堂が身を乗り出してきた。

 ガチャン、と椅子がリノリウムの床をたたく。

 興奮したように言葉をかぶせてきた。


「家族みんなってことは、お父さんとお母さんが、ゲームするの?」

「あ、ああ、そうだけど……?」

「大人なのに? 子供いるのに?」

「は? 大人だってゲームくらいするだろ」


 やば。

 思わず声をあらげてしまった。

 ヒエラルキーが上のやつや上になりたいやつほど、ゲームは野蛮だの、子供の遊びだの、犯罪の温床だのと騒ぎたてる。

 俺はそういうやつら、全員消えちまえばいいと思っている。もちろん犯罪的な思考ではない。ただそういった過激な物言いをしたいぐらいには、偏見の目にたいして不満を持っている。


 藤堂に気を許した自分に少し後悔を覚える。

 美少女がスマホゲーをしていると知ったときは、若干、俺の心の鍵が開きかけてしまった。


 だが、この発言だ。

 結局こいつも同じというわけだ。

 隠れてゲームをしていたのも、結局、ゲームをするということ事態が恥ずかしいのだろう。

 匿名のネット上ではアニメ観賞が趣味というくせに、リア友にはオタクとして見られるから黙秘するやつらと同類なわけだ。

 そのくせそういった奴に限って、特定のコミュニティのオフ会なんかでは、「おれ、こう見えて昔からオタクで、友達すくないんだよねー」とかいってマイノリティに理解をしめしたふりをして、結局のところ異性に耐性のない人間を裸にひんむいて、精神崩壊させるか、金をふんだくるかするわけだ。

 そんなもの偏見だ!、って言われそうだよな。

 それでも、そういう奴らが気に入らねえ。

 まじでヘッドショットくらわせてえ。

 うんこしてる便器にグレネードなげてやりてえ。

 

 ああ、悲しみ。

 俺は、俺がもっとも嫌うべき人間相手に、たった少しの時間であろうとも同調しようと試みてしまったのか――だが現実はそう簡単には予測させてくれなかった。

 

 俺は忘れていた。

 目の前の生命体は、俺とは違う道理で生きている未知の生物なのだ。

 人々は、くだらない被害妄想をひろげる俺に、こう言うに違いない。


『黒木陽よ、おまえごときが、ヒエラルキートップの生命体の思考など、読めるわけがないではないか』と。


 まさにその通りだった。

 藤堂真白は、俺の予想の斜め上をいった。


「ねえ、黒木くん、さ。迷惑じゃなければなんだけどさ……」

「すでに若干の迷惑はかかっているんだけどな」


 少し横柄に聞こえるようにあえて答えた。

 さっさとそのご縁をきらしていただこう。


 しかし藤堂は俺の語調の変化など、意にも介さず続けたのだった。



「……黒木くんのお部屋、遊びにいったら、ダメかな?」



 俺はすぐに意味を理解できなかったが、理解してしまえば、これ以上にない破壊力を持った言葉であった。


 ――美少女が。

 ――童貞の。

 ――部屋に来る。


「……な、なんで?」


 だれだってそう聞くに違いない。

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