第4話 イヤホンはつけておけ
仮説を組み立てて、未来を予測してみよう。
仮に藤堂の行動が死角探しだったとする。残念ながらというべきか、俺のような死角探しのプロであれば人が居ても死角となるようなスポットを探すことは可能だ。
先ほど藤堂がスルーした図書館なんかにも死角はたくさんある。
なにも人が全くいない場所にしかボッチの居場所がないわけではないのだ。
ただ、藤堂もそういった場所には気がついていた気もする。
俺が自然と目をやるような、心が落ち着きそうな場所に視線を向けていることが多かった。
――もしやこいつ、死角探しに慣れているのか?
しかしそうなると、リア充のくせにボッチ行動を取る理由はなんだというのだろうか。
ただ、一つ推測できることがある。
死角探しも何パターンかに種別できる。
単に休みたいから視線を感じないスペースで良いとか、昼飯を食いたいからメシの匂いがこもらないことも条件だとか、スマホをいじりたいための死角で十分であるとか、スマホをいじるにしても人に画面を見られたくないときの場所であるのか。
ボッチにだって、ボッチ特有の苦労ってのはあるのだ。
で、だ。
藤堂が仮に死角探しに慣れている、もしくはそのセンスがあるとして、それでも何個か見つけた死角スポットを諦める理由はなにかといえば――これは先ほどもいったように、求める条件に合致していないのだろう。
おそらくだが、藤堂は一人になれて、かつ誰からも姿を見られる心配がなく、なお自分の行動を皆に悟られないという完璧な死角を探しているに違いない。
しかし、そんな場所を偶然だけを頼りに探しきることはとても難しい。予習もせずにエンドコンテンツにいくようなレベルだ。
反面、実際そうなのであれば、カフェやファーストフード店に足を向けないのも理解ができる。ああいった場所は立ち上がる人間が多すぎて、死角維持が難しいのだ。
――だが。そう考えると、逆におかしいこともある。
今は放課後だ。
いままでの話しは、ある条件をはぶいた上での話となる。
つまり――放課後なのであれば自宅に帰ればいいだろう?、という話。
自宅こそ完璧なる死角。
絶対無二のパーソナルスペースに他ならない。
わざわざ学校で死角を探す必要もなくなるのだ。
「家族にも知られたくないことがあんのか……?」
口にしてから、俺はハッとなる。
足も思わず止まる。
シューティングゲームでつちかった様々なテクニック――足音や進行方向から敵の行動パターンを推測する――でギリギリの追いかけっこをしていたが、全ての行動がいっぺんに停止した。
何を考えてるんだ。
お前は何をしたくて奴の背中を追いかけていたのだ。
答えは簡単じゃないか。
『スマホのことは気にしてねーから、そっちも話しかけてこないでくれ』
自意識過剰といわれようとも自分のフィールドを守るために、思い上がりの言葉をぶつけるための追跡だろうが。
それがなにをしてんだか――。
すでに藤堂は見失った。
また今度にするか?
いや、今日を逃したら次のチャンスは月曜日だ。
そうなれば花の土日に自室という聖域にいながら、なお、焦燥感に襲われてまともに楽しめないだろう。
さらに月曜日に、また違う発展があっても困る。
事態は刻一刻と悪化している。
チャンスは今しかない――。
俺は奴の思考を仮定し、これまで潰してきた死角スポットを予測から排除し、そのうえで藤堂に残された選択肢から一番可能性が高いものを選択した。
◇
旧校舎の南階段、屋上につながるドアは施錠されているが、その手前――階段踊場に椅子やら机やらが放置されているデッドスペースがある。
旧校舎は基本的に部活動をするやつらの部室が中心となる。
運動部系が陣取ってる南側は、昼休みや放課後は着替え以外では使われないため、人の気配がない。文系のやつらは反対側の階段か中央階段を使用するしな。
使われていないロッカーやら椅子やらが置いてあるが、それはキレイにふかれているから使用をためらうことはないだろう。
なぜそんなことを知っているかって?
そこは俺にとってのセーフスポット。どこにも居場所がないときの取っておきだからだ。……うん、我ながら中二病的思考だ。妹からは「にいにの前世ってビーバーじゃない? すぐなんでも持ち込むじゃん」とか言われた。まあいい。
実のところその場所は、俺だけが目をつけていたわけでも、使用していたわけでもない。去年までは不良のこわい先輩が使用していることもあり、俺は極力ブッキングしないように気を付けていた。
とはいえ一度だけ、自由登校になった先輩とかち合ってしまったことがあるのだが、机と椅子を掃除しているところを見た先輩は、瞬間的に何かを悟ってくれたらしい。
『ああ、お前がキレイにしてくれてたんだ。なんつーか、ありがとな。ここ、誰もこねーから居心地よかったわ』と感謝された。
そりゃそうだろう、なにせ俺が丁寧に死角をつくりあげたのだ。
小さなスペースだが、階段にもともとつんであった不要な段ボールなんかを移動させたり工夫したのだ。俺は内心、誇らしくなり、『不良の先輩でも一人になりたいことがあんだな』なんて感じ入ったほどだ。
閑話休題。
つまるところ、そういう場所なのである。
そして片っ端から場所を探している藤堂はその場所を今は知らないだろうが、確実に見つけ当てるに違いない。
それでも時間はかかるだろうが……。
そうと判断すれば、俺は一度、教室にもどって待機していよう。
あの場所をみつけるまで……一時間もあれば確実だろう。
現在は4時前。
しばらくしたら、旧校舎に行ってみることにする。
そして、伝えるのだ。
全ては俺の学校生活の安寧のためだ。
◇
そうしてあっという間に時刻は5時前となった。
俺はゆっくりと階段をあがっていた。
中二病的なことをいうが、俺の階段をのぼるときの足音の消しかたは、すでにアサシンクラスの域に達しているといっていいだろう。
……やっぱいまのナシで。
それでもやはり俺は足音を完璧に消して、階段をのぼる。
遠くから運動部のかけ声やら、吹奏楽部の演奏やら、軽音楽部のシャウトやらが聞こえてくる。
旧校舎のいいところの一つは、こういった雑音が自分の出す音を包み込んで目立たなくしてくれる点である。
だがそれも、限界まで近づけばバレてしまう。
そして俺はいま、階段踊場の手前まで到達していた。
果たして、俺の予測どおりの結果となっているだろうか――。
「――うわ、なにそれ……こら、なにすんのよ、しね、しね、えい」
声がする。
いつもより若干、裏の感情が見えすぎているようで違和感はあるが間違いない。藤堂真白の声だろう。
あんなに顔のととのった奴が『しね』とか口にしているのはなんだか新鮮である。
それにしても予測通りこの場所を見つけるとは、藤堂真白もなかなかの嗅覚を持っているようだ。
「うーわ、やられた。そっか……あれは罠にはめるための行動だったのかな……? そーいえば動画にあったっけ。うーん……見るのとやるとじゃ全然違うなあ……よし、もっかい、もっかい」
ぶつぶつぶつぶつ話しているが、会話の相手がいるようには思えない。
ひとりごとなのだろう。随分と熱心だ。
一体何をしているのやら――。
シャキーン!
バン、バン!
(――は?)
ひとりごとの中に、機械的な鋭い音がまじった。声に出さず、俺は驚く。
俺はその正体にすぐに気がついた。なぜって、その音を聞かない日はないからだ。
さっきだって、教室で待機していたとき、何回か聞いてきた。
エアポケット・ウォーカー。
先ほどの音は、スマホ版の出撃ボタン押下時のシステム音である。
「あ、やった、いきなりスナイパーライフル発見。……幸先いいぞー……」
いや、このゲームのスナイパーはそんなに強くないぞ――って、いやいや、そんなことはどうでもいい。
問題はそこじゃない。
ちょっと整理してみよう。
上にいるのは藤堂で間違いないようだ。
そしておそらくだが一人で俺が掃除した椅子と机を使っているはず。
さらに聞こえてくる音から推測するにゲームをやっている。
そのゲームは今話題のシューティングゲーム。
確かに、いま学生や動画配信者に絶大な人気を誇るゲームだ。
最近なんて、ゲームをやるようには見えない芸能人なんかもSNSにプレイ風景をアップしたり、お笑い芸人のやってるネット番組にレジェンド級のアーティストがプレイを披露しにきたりというのもチラホラ見かけてきた。
呟きアプリのウィスパーソンを開けば、
『はまりました!』
『やってみたら、すげーおもしろい!』
『付き合いのつもりが、今じゃ一番の課金勢……』
などの発言は、枚挙にいとまがない。
つまるところ、このゲームはゲーマーだけでなく一般人までも取り込むことに成功しているというわけだ。
だから、仮に藤堂真白がはまっていてもおかしくはない。
おかしくはないのだが――こいつはどうやら人にその姿を見られたくないらしい。
だからこそここまで徹底して死角を探しているのだろうし、それはもしかすると自宅に帰らない理由にもなるのかもしれない。
たしかにゲームというものは、今の時代になってもどこか排他的に扱われる立ち位置にいるのだろう。
大人がゲームをしているだけでも『大人のくせに』と言われる。
プロゲーマーも『ゲームでどうやってお金稼ぐの?』とみられる。
だから、いくら世界的に大ヒットしていて、芸能人がやっていても、ヒエラルキーのてっぺんにいる美少女でギャルでモデルの女がやっていてはいけないものなのかもしれない。
とはいえ、俺はヒエラルキートップ勢の苦労なんてしりたくもねーし、きっと何かの理由があるのだろうが、やっぱり俺には関係のないことなのだろう。
ただ一つだけ言いたいことがある。
藤堂よ。
これだけは言わせてくれ。
――せめてイヤホンをつけてくれ!!
もちろん索敵のためというのもあるが、それ以上に藤堂が思ってるより、音ってのは響くものなのだ。
たしかに雑音が多い旧校舎なら、気づかれる可能性も低いだろう。
さらに近づいてくる人間を感知するためにイヤホンをつけていないのだろうということも推測できる。
だが、自分が聞こえるという事は相手も聞こえるという事だ。
そのときだ。
時刻が5時になり、遊び程度の運動部ならそろそろ帰る時刻になってきた。
俺のようなアサシンスキルをもたない一般生徒が、突然、階段をかけあがってくる声がひびく。
俺は下からも見えない位置を徹底しているので焦ることはない。
不良のたまり場という認識もあってか、すくなくとも不必要に生徒がこない風潮になっていることも十分知っているので、いつも焦ることはない。
だが、事情を知らないだろう藤堂は違った。
「――っ!?」
驚くような気配のあと、わちゃわちゃと何かをしまうような音が続く。
まるで机にひらいた荷物をかき集めているような音。
俺は気がつく。
こいつはやはりボッチ慣れしてねーな、と。
もしもボッチのプロならば、私物はひろげず、ぜったいに一つにまとめておく。
なにかあったときに一掴みで、すぐさま待避できるからだ。
めちゃくちゃ慌てている様子だが、その間に運動部系特有の陽キャたちは部室に戻っていった。
まあ、俺は分かってたので良いが、藤堂は引き続き息を潜めて自分の身の安全と状況を把握しているようだ。
状況把握ってのは、ゲームでもとても大事である。
ゲームはまず触覚――操作によって成り立つ。
次に視覚で認識し、聴覚で警戒する。
状況によって何が重要かは変わってくる。今の俺でいえば、聴覚だけで藤堂の行動を予測してるわけだが――ん? まてよ?
俺はそこまで考えて、気がついた。
視覚でのクリアリング。
これはゲームに限らず、誰もがとる行動だろう。
ゲームをせずとも、かくれんぼの経験があれば、分かる人も多いはずだ。
鬼の近づく気配、早まる心音、無事に足音が遠退いたあと――隠れているところから、そーっと顔を出す。
俺はおそるおそる頭上を見上げた。
そこに、2つの目があった。
具体的にいえばそれは、藤堂真白が物陰から頭と目だけを出して外を伺っている状態に違いなかった。
「……あ」
「……いや」
二人して見つめあうこと数秒。
俺は口をパクパクと動かすが、なんて言ったらいいのか分からない。
場合によっちゃ叫ばれてもおかしくないストーカー行為。
理由を聞かれたらなんて答える?
まさかこの状況で『俺に話しかけるな』とでも言うのか?
バカをいえ。バカな俺でもさすがに分かる。それはただのバカだ。
真っ白か思考のなか、考えられる最悪な事態をいくつも思い浮かべていると――顔を半分隠したままの藤堂真白が窺うように言った。
それはどこか悪戯を見つかった子供のような雰囲気も混ざっているように見えた。
「ね、ねえ、黒木くんって……ゲームうまいの?」
ボッチとは、なにも悲しいものじゃあ、ない。
俺はボッチだが、毎日満足しているし、不幸だと思ったこともない。
そりゃやりずらいこともあるが、これは俺の選択した結果なのだ。
陽キャを批判し、声もあげずに不満をもち、それでも全てを心に潜めて一人を選択したのだ。
だが――ボッチだろうが何だろうが、未知の危機に遭遇すれば、声も甲高くなるし、愛想だって生まれちまうようだ。
俺は、ボッチだのなんだのいってはいるが、結局は自己保身を選択しているだけなのだろう。
情けないことだが、俺は俺が傷つかないようにボッチになっているというわけだ。いいよ、もう。そんなこと分かっているから。
というわけで――俺はこれ以上事態を悪くしないよう、ひきつった笑みを必死に浮かべながら言った。
「ス、スナイパーライフルが好きなのか?――あ、あと、イヤホンはしたほうがいいぞ……?」
「……やっぱり全部聞いてた?」
墓穴を掘るとはこういうことなのだろう。
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