第3話 リア充⇔ボッチ

 液晶が割れたその日の夜のこと。

 一階で飯をくって、風呂にはいって、家族四人でレースゲームがしたいと駄々をこね始めた親父に1時間だけ付き合って、外に出る。


 外といっても外出ではない。

 外階段をつかって二階に行くだけだ。


 風呂上りの冬なんかは短時間の外移動だけで体の芯まで冷えるものだが、春ともなると夜空に目を向けながら階段をあがる余裕さえ生まれる。


 今日は一緒にゲームをしていたので、妹の茜も一緒に二階へ。

 どうにせよ今日は妹が投稿をするための動画撮りのサポートに入らねばならないので夜まで一緒に行動しなければならないのだが。


 俺がバイトをしないのは、もちろんゲーム時間の確保でもあるが、それよりも茜の手伝いでバイト代をもらっているからだ。

 ……妹に金をもらう兄。色々言われそうだが、俺の人生としては、批判だろうがなんだろうが、もうなんでもこいって感じだ。

 ちなみにこいつは色々とお金稼ぎには才能があるようで、あくまで趣味として動画投稿を行う中学生ながら、すでに個人事業主である。

 我が家は俺を除いて、親父が推理小説家、おふくろが絵本作家、妹が動画配信・投稿者と全員が個人事業主である。なんだか、俺は家でもヒエラルキーの一番下に居る気がするな……。


「にいに、もう始めて良い?」

「今日、フォロワー特典動画の素材撮りだけだよな」

「うん。配信はないよ」

「んじゃ、始めようぜ。早く寝たいんだ」

「へえ。にいにが寝不足感じるなんて珍しいね。ゲームは血液なんでしょ?」

「……ゲーム以外で疲れてんだよ」

「ふーん?」


 妹の部屋に入る。少し前までは、かわいいぬいぐるみとか、ハート柄のキルトとかが目立つ部屋だったのだが、今では普通にアサルトライフルが数丁壁にかかっている。全てリスナーからのプレゼント。


 二台並びで置かれているゲーミングPCに二人してならぶ。この家、PCだけなら十台ほど存在する。なにせそれぞれが最低でも二台は保持しているからな。


「んじゃ、はじめるぞ」


 俺はヘッドセットを首にかける。

 俺の役割はタイムキーパーでもあるので、時計機能を呼び出そうとスマホを操作した。

 

「えっと……あれ。同じメーカーなのに、時計アプリ変わったのか……」

「あれ? にいに、スマホ変えたん?」


 四苦八苦している俺の手元を見て、茜が首をかしげた。


「スマホは最低限動けばいいっていってたのに」

「……ああ、まあ、気分的にな。変えることにした」

「でもまだ二年経ってなかったよね。ていうかむしろ、再来月で二年だったんだから、少し待てばよかったのに」

「そりゃそうだけど、まあ……時間は待ってくれないからな」


 ……なんだこの言い訳。

 だが、素直に『女子生徒にぶつかって壊された』とは言いにくい。なんていうか、うちの家族って団結力が強いから、普通に怒ってくれるんだよな。

 妹が一番そういう質が強いから、「え? 弁償してもらわないの? ばかなの?」とか言い出すだろう。それは実に面倒である。


「へー。そうなんだ。スマホゲーにはまると、にいにみたいな人種すら機種変するんだねえ。すごいねー、経済まわるねー」

「おし、設定おわったぞ――はじめるか」

「あいあいさー」


 茜がヘッドセットをつけて、舌なめずりをした。


「今日もよろしくね、相棒くん!」

「へいへい」


 ネット上じゃあ妹も兄もない。

 戦場に降り立ち、妹がショットガンで突っ込んで、俺がフォローする。死ねば謝るし、勝てば互いに喜ぶ。

 年齢も性別も超えた特別な何かを感じながら、しかし何も感じさせない気楽さを持つ――ネットってのは、本当に良い。


 録画を終えた頃には、俺の頭から今日の一連の騒動は消えてくれていた。

 これで明日から普段通りに過ごすことができるだろう。

 機種変の請求がきたときに少し思い出すかもしれないが、それは生きていく上で仕方のないこと。ダメージは少なく。回避行動を最大限に。

 俺はそうやってヒエラルキーの一番下どころか、ヒエラルキーにすら属さないボッチの人生を探求していくのだ。


 だが、人生はそう簡単には進まないようだった。


   ◇


『奴』の視線を感じ始めたのはいつからだろうか。

 間違いなく、スマホが壊れて機種変した翌日からだ。


 あれは月曜日のことで、今日が金曜日。

 ということは今日で四日目ということになる。


 当初、『奴』の行動は違和感を感じさせないほどのものにとどまっていた。


『おはよ、黒木くん』とか『黒木くんってパン好きなの?』とか『黒木くん、スマホ、ほんとにごめんね』とか。


 俺はその都度『お、おう』とか『お、おう』とか『お、おう』とか答えていた。オットセイか俺は。

 しかしこうして考えてみると、状況は大分変化していたのだなと思う。

 俺はてっきり『奴』が俺への罪悪感から構っているのだと思っていた。


 だってソイツ――藤堂真白はヒエラルキーのてっぺんに当たり前のように座るような奴だ。むしろ席を明け渡したって、皆がそこに座らせるほどの逸材だ。

 俺のように、席を探すどころか、地面に体育座りをしているような人間とは生態から違うだろう。


 ま、すぐに終わるだろう。

 俺はそう考えていた。

 

 だが次の日も奴は『おはよう、黒木くん』から始まり『さよなら、黒木くん』で終わるまで、日に日に俺への接触を増やしてきたのだ。


 なにかおかしい――俺がそう感じるほどに藤堂真白は俺に話しかけてきた。

 むしろ周りの奴すら『どうしたの? 真白』とか曖昧な感じで心配し始めたほどだ。

 どうしたの?、って俺が聞きてえよなんて思いながらも、俺も心の中で思っていた。


 どうしたんだ、藤堂真白。

 お前はこっちに来るべき人間じゃないだろ。

 灯台の足元ってのは暗いんだ。

 そこに目を向けたって何にもないんだぞ。


 だが、金曜日になっても藤堂真白は俺への接触をやめなかった。


『おはよう、黒木くん』で始まり『またね、黒木くん』で終わる。


 またね――だと?

 俺は戦慄した。


 金曜日になってなお『またね』ということは、来週の月曜日もこんなふうに、挨拶をされるのだ。

 そして俺が食べているコッペパンを指さして、『パン、好きなの?』とか聞いてくるわけだ。好きじゃねえよ、効率が良いから食ってんだよ!――言いたいくせに俺の口はパンに占拠され、『ふ、ふが』とかしか答えられない。


『おもしろいね、それ』とか藤堂が真面目な顔をして俺を褒めるもんだから、俺の背後でたむろしている女子生徒たちも最近は、俺に話しかけてきそうな感じをだしている。


 これは、よくない。

 まったくよろしくない。


 もしも、だ。

 もしも藤堂→俺という会話の図式に『あれ、この二人にはツッコミ役という会話のまとめ役がいるよね』なんて判断されてみろ。


 いまでこそ、藤堂のしかけるアクションと、俺の三文字程度の返しでおわっているこの状況が『発展』してしまうではないか。


 パンツが見えそうなくらいスカートを短くしてるくせに、盗撮されたら騒ぎ立てるような女子グループだ。

 人の心に平気で土足で侵入してくるに違いない。

 自分のかける言葉に疑問を持たず、今思いついたことが、さも世界の笑いをさそうだろうと信じて疑わない自信満々の口調でこんなことを言うわけだ。


『黒木ってさ。陽って名前のくせに、陰キャだよね』


 うるせえ!

 ちょっと気にしてんだから、言うんじゃねえよ!


 ――俺は戦慄した。


 避けなければならない明確な未来が、着々と形成されていっている事実。

 たった一人の女子生徒が声をかけてくるだけで変わってしまうぺらっぺらな俺の人生だが、それでも俺はこの流れを守らなきゃいけないと信じている。


 だから俺は追いかけた。

 藤堂真白の背中をそっと追いかけたのだ。

 すべては俺の人生を守るためだ。


『またね、黒木くん』と声をかけてきた藤堂は、好都合なことに一人だった。

 どうやらカラオケに誘われていたところまでは耳に入っていたが、何かの予定があるらしく断ったらしい。ということは下校は一人のはず。俺が声をかけても邪魔は入らないはず。


 なるべく人に見られないような場所はどこだろうか。いや、そんなことを考えているヒマはないか?

 でも万が一ということもあるぞ――。


 俺はタイミングを考え、最適解を考え、まるでシューティングゲームをしているときに相手の裏をとるような動きで、藤堂の背中を追い、一度は離れ、先に角をまがったりしながら校内を歩いた――って、なんだこれ。なんでこいつはこんなに校内を歩いているのだろうか。


 最初は一階に向かっていた。昇降口に向かっていると思っていたが、昇降口をスルーした。保健室でも行くのかと思えば、図書室を覗いて結構存在する生徒を確認していた。図書館で勉強でもするのかと思えば、本すら手にとらずに二階へ向かう。

 我が校はかなりの規模を誇る高校であるため、生徒に用意された施設はかなり存在する。だがその分、生徒数も多いので、どこへ行っても人がいる。


 あげくコイツは二年のトップグループどころか世間的にも有名らしく、誰かとすれ違うため、すれ違った奴らはヒソヒソと噂したり、憧れの目で追ったり、場合によっては声をかけられたりしている。学年関係なく、だ。

 半面、俺とすれ違っても他の奴らは何も気にしない。いや、たまに『目つき、悪くないあの人』とか聞こえてくる分、なお悪いか。


 数日間で藤堂真白について調べてみた 。

 決してストーカーではなく、敵の情報を集めていただけなのだが、もしも今捕まったら言い逃れできないぐらいには調べてみた。


 藤堂真白。

 年齢、17才。

 幼少時よりCMに出たりモデルをしたりしている。

 12歳のころ、国民的美少女グランプリ(××協賛)にてグランプリを取り、そのまま芸能事務所に所属するが、メディア活動は積極的に行っておらず、もっぱら現役女子高生向けの雑誌モデルでの活動を主としている――。


 たったこれだけの情報だが、俺なんかよりよほど未来性を感じる。

 俺なら『高校生、実家暮らし、バイトはせずに妹にお金をもらっている』ということになる。落差がひどい。


「しかし……これは……まさか」


 いまだに校内を探索している藤堂真白の背中を見て、俺は一つの可能性を思いついていた。


 目的地がありそうでない行動。

 誰かを探しているようで、実は探していない行動。

 

 これは――ボッチ特有の、死角探しでは?


 説明しておくと、死角探しというのは他人からの目から逃れたいときに、安全なスポットを探す行為である。

 高校一年のとき、教室に居場所が存在せず、昼飯を一人で食いたいとき、俺はよくこういう行動をとっていた。

 いまでは席に恵まれたためあまりしなくなったが、それでもたまにする。


 藤堂真白の行動はそれにそっくりだった。

 つまり奴は、誰の目にも映らない一人になれる場所を探しているということになる。

 それも学校で、だ。

 リア充なんだからカフェでもどこでもいけばいい。

 俺がそういうところに居ると、遮蔽物のない平原をシールドなしで走っているぐらい不安を覚えるものだが。


「……なんでリア充が、ボッチ行動をとる必要があるんだ?」


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