第7話 夏は嫌い
午後になると日差しが更に強くなった。
そんな中、オレは午後の配送のため、ライトエースを温泉街西側へと走らせていた。
暑さのせいか、ハンドルを握る手には汗が滲んでいる。
道の駅を越え、トンネルを抜けると、この辺りでもひときわ大きな建物が見えてくる。アジアンチックともヨーロッパテイストとも取れるその建物は、今日最後の配達先である『スパリゾート光木』だ。
山の中腹に造られたその建物のさらに奥には、この施設の社長である光木邸、つまりは光木茜音の自宅がある。緩やかに孤を描く『スパリゾート光木』入口前の坂道。小中学校時代は自転車、高校時代はバイクで何度か登った坂道を今日は車で進んで行く。
坂を上りきった先にある駐車場にはパラボラアンテナが付いたTV局の中継車や、デカデカと赤い字で社名が書かれたライトバンがたくさん停まっているのが目についた。おそらくは今回の件を面白おかしく取材に来たマスコミの車だろう。
オレはそんな連中から出来るだけ離れたスペースにライトエースを停め、ビールケースをスパ内の食堂に納めていく。
3往復し全商品の納品を終えると、夏のジリジリとした日差しの中、TV局の中継車から耳障りな電子音が聞えて来た。
あの日と同じ音だ。光木が左の目尻に傷を負い、オレの右手が千切れかけた事故が起きた日の音―――
「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ? 」
不意にオレを呼ぶ声。
女性としては少し低めだが、ハスキーで艶を感じる声だ。
「平気です。問題ありません」
ふり向いた先にはひとりの女性が立っていた。
年齢的にはオレより少し上だろう。前上がりのボブカットからは素直な形の眉と小さな鼻が覗いて見える。少し厚めの唇と涙に濡れる瞳が妙に生めかしく感じるのは、服装が喪服のせいだろう。
「水分を摂って休んだ方がいいですよ」
そう顔を覗きこむ女性の距離が妙に近い事と、ココに喪服で来ている事が不快であった為、オレは思わず顔を背け、後ずさりをした。その行動がカンにでも触ったのか、女性の視線が後ろに動くのが見て取れた。
「あなた、まさか『
見ず知らずの女性にフルネームで呼び捨て。
「そうですが・・・・・・ なぜ、オレの名前を知っているんですか?」
かろうじて敬語で応じる事が出来たのは、仕事中という意識があったせいだろう。
「後ろの車に描いてあるじゃない『九十九堂』って」
「書いてあるのは屋号で名前ではありません。そして、ボクは政治家じゃないんで、苗字や名前を告知して回る趣味もありません」
幾ら記憶を探っても、この街で思い浮かぶ人物はいない。
「聞いていたより子供っぽいわね。ムキになって女性にやり返すなんて。私は……
嫌味交じりで自己紹介を受けたものの、やはりそんな名前は記憶にない。この手人物には関わらない方が得策だろう。
「円さんですか。ココはそれなりに良い観光地です。名所は検索すればわかります。では、良い旅を!」
「なにそれ・・・・・・ちょっと、待ちなさい! まだ、話は終わっていないわ。アナタがなんでココにいるのよ!」
その場を去ろうとするオレを呼び止める声。コッチの返答にも問題はあると思うが、初対面でケンカ腰のこの女も大概だ。
「
同じ年齢で、関わりのない人物であるなら敬語を使う必要もない。
「そういう意味じゃなくて・・・・・・ 確か、あなたは東京にいるはずでしょ? 一浪してオマケに就職にまで失敗していて。それで、今は病院のバイトで生活しているんじゃなかったの!?」
「リサーチ不足だな。バイトはもうひとつ掛け持ちしている。何をしているかは企業秘密だ」
やたら詳しい。だが、噂を拾えばわかる程度の内容でもある。さらに言えば、お袋には、メールで近況を何度か報告した事もあるから、きっとソースは身近な所なのだろう。
「あたしはマジメに聞いているの!」
「こっちはマジメに答える義理は無い!」
暑さのせいなのだろう。円詩子もオレも少しイラつき気味だ。
「これだから日本の男は・・・・・・ 茜音はあたしがイギリスに留学していた時のルームメイトで一番の親友だったの! これを聞いても話す義理が無いって言うんなら、アナタをマージー河の底に沈めてやるから!」
マージ―河がどこにあるかは分からないが、きっと、それはイギリスのどこかで、光木茜音にとっても縁のある場所なのは察しがついた。
そして、この円詩子なる女の子が今日ココに来たのは、光木が亡くなったのを知り、その死を悼む為だと言う事も。
「親友だから焼香のひとつでもしに来たって訳か・・・・・・」
警察から遺体が戻って来ているのと考え、オレなりに感情を抑え、言葉を選び話したつもりだった。
「そうよ! せめて手を合わして、一言話しかけたかったわ…… でも、させて貰えなかった。なんなの・・・・・・街の決まりとか・・・・・・バカじゃないの!」
あまりにも大きなその声は、途中から嗚咽交じりとなっていた。これまでのやり取りでヒステリーな所があるのは分かってはいた。だが、この場所で、尚且つ喪服姿で泣かれるのは、あまりにも目立ち過ぎる。
オレの頬を汗が一筋流れた。
「・・・・・・自分の車で来たのか?」
俯いたままイヤイヤをする様に首を横にふる円詩子。
駅から距離がある『スパリゾート光木』への交通手段は、送迎バスかタクシー。もしくは自家用車の筈。
「乗れ。こんな所で泣いていたら、あそこにいるマスコミのいいネタだ・・・・・・ それと、オレは家の都合で一時帰郷していただけだ」
断られるかとも思ったが、円詩子はオレが助手席のドアを開けると、意外なほど素直にライトエースに乗り込んでいく。
面倒な女の子。それは直感で理解した。
「・・・・・・だから夏は嫌いなんだ」
陰鬱な気分と真反対の青い空を見上げ、オレはそうひとり言を洩らす。運転席に回り、ドアを開け乗り込むとイラつくほどの熱気に包まれた車内。
「暑すぎだな。今年は」
「だから夏は嫌いなのよ」
オレの問いかけに小さく答える円詩子。
これ以上涙を流すまいと食いしばっている為か、その下唇は小さく赤く染まっていた。
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