第8話 遺書代わりのメールと結婚話
「明日が葬儀、明後日がお通夜みたい。慣わし通りだからとかで、参列するのも遠慮して欲しいって言われたわ。この街どうなってるの? 」
車を走らせてから5分程しての円詩子の第一声。
「言いたい事は分かるが、慣わしは慣わしだ。よそ者が口を挟んでいいことじゃない。なにより光木の家に迷惑がかかる」
「そんな事分かってるわよ」
分かっていても納得は出来ない。慣わしとはそんなものなのかもしれない。
車は緩やかに孤を描く県道の下り坂に差し掛かった。
「墓地は小田原の
詳しい場所は分からないが、小田原市内だとすると車で1時間以内で着くはずた。
「歯の治療痕から、遺体は茜音である事が確定したらしいわ」
それは歯の治療痕からでないと身元が割り出せないほどの遺体である事の裏返しで、午前中に会った雄馬は、そんな友人の遺体を乗せて運ばねばならなかった。今更ながら谷口の怒りが少し分かった気がした。
「だいたい、なんなのメディアの車もあんなにたくさん・・・・・・ ねぇ、アナタ、さっきから何も言わないけど、もしかして怒ってる?」
左頬に感じる視線。
「怒ってはいないよ。自分に呆れていたんだ。結局、あの瞬間、オレは見ていただけで役立たずだった」
「まさか、目撃者のひとりに、助けようと海へ飛び込もうとした大馬鹿がいたって聞いたけど、もしかしてアナタなの?」
「・・・・・・」
結局、大騒ぎをした挙句、飛び込めなかったオレは確かにバカで臆病だ。
「あんな所じゃあ、誰がいても助けることは出来なかったと思うわ。それに助けるなんて言葉を安易に使う人間、私は信用しない」
突き放したような円詩子の言葉。
対向車線に観光バスが見える。おそらくは『スパリゾート光木』に行くのだろう。
車内にバス特有の排気臭が僅かに漂ってきた。
「この半年くらい、茜音は両親との折り合いが悪かったのよ」
俯いたままでの独白。そんな物言いだった。
オレはただ黙って頷いた。
「原因は茜音の結婚話」
もう大抵の事では驚かないつもりだったが“結婚”の2文字はオレを動揺させた。
「恋人がいたんだな…… 年頃だモンな」
少し声がうわずっている自分が滑稽だった。
「ううん。いなかったわ。それは断言できる。仮にいたとしても、この結婚話はまるで別モノよ。実は茜音、一度おうちの義理でお見合いをしたのよ。相手は
まだ、涙が残っているのか、そこまで話すと円詩子は鼻をひとつ啜る。
オレは身体を少し捻り、ポケットに偶々しまってあったティシュペーパーを詩子に突き出した。
「ありがと。でも、車にはティシュボックスくらいの置いておきないよね。まったく・・・・・・」
褒めているのか貶しているのか分からない言葉のあと、円詩子は
「茜音はメチャクチャ嫌がってた。だけど、外野が話をドンドン進めてしまって、日取りの話まで出ていたの」
時代錯誤もいいところだが、ありえなくもない。
光木リゾート開発はデベロッパーとしての実績も豊富。銀行側もメリットは高いはずだ。そのうえ、光木茜音は才色兼備。強引に話を進めようとしていたのも分からなくもない。
「だとしても・・・・・・」
それ以降を言葉にするには抵抗があった。
「アナタまさか、『自殺をするまでの事ではない』なんて言わないでしょうね! 確かに茜音はあれで結構、頑固だし、思い込みが激しい上、好き嫌いもハッキリしていた。でも、それと同じくらい家の事も大切にできる娘だったわ。だいたい、アナタは女にとって結婚というものがどれだけ重いか分かってるの?」
結婚など、したこともないオレにはその重さは分かるはずもない。しかし、それはおそらく結婚していないであろう円詩子も同じのはずだ。
横目で見た円詩子の瞳に見る間に涙が溜まっていく。
「遺書にまで・・・・・・両親に対する謝罪が書かれていたのよ。そのくらい、おうちの事を大切にしていた」
涙まじりのその声はオレに対する怒りというより、光木茜音の両親に対する抗議に思えた。
「遺書まであったのか」
それは自分でも驚く程の冷淡な声だった。
「さっき、お悔やみを伝えに言った時に茜音の弟、
女の子が残す遺書としては簡潔過ぎる気もした。
言葉は続いた。
「一番のお気に入りの服を着て、一番好きな場所で飛び降りるなんて・・・・・・ 遺書で両親に謝るまで悩んでいたのに・・・・・・ あたしは何もしてあげれなかった。イギリスにいるときから、服や食べ物、音楽に至るまで、好みが何から何まで合う友達だったのに・・・・・・」
素直で優しい受け止め方が出来る人間の言葉。
「友達だからって何でも話せるわけじゃないし、理解しあえるわけでもない」
友達なら全て分かり合えるなんて、本気で思っているヤツがいるとすればソイツは病気だ。
「分かってる。そんな事は分かっている・・・・・・だけど、悲しいじゃない! 悔しいじゃない! それが何故分からないの? アナタだって茜音の事が好きだったんでしょ?」
語気荒く言葉を並べた円詩子の身体が最後に
沈黙
駅前まで続く県道は渋滞しているのか、車が列を連ねていた。
熱を持ったアスファルトに揺れるテールランプの赤色が矢鱈に鬱陶しい。
「……ゴメン。これじゃあ、八つ当たりか只のヒステリーだよね。実はあたし、アナタその右手の傷、そして茜音の目の下にあった傷の事を知ってるんだ」
視線を前に向けたまま、そう語る円詩子。
オレの右手の甲に走る大きな縫い傷に少し痛みが走った気がした。
「もう、昔の話だよ」
そう、それは7年も前の話だ。
オレたちの高校3年で迎えた修学旅行、それが終了し、家路に向かい始めた時の話―――
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