第4話 右手の傷跡
警察署での目撃証言という名の聞き取り調査を終え、自宅に戻ると時計の針は午後10時を回っていた。
居間を覗くと、そこにはTVを見つめている姉の姿。
42インチはありそうなTV画面には“社長令嬢が茜岬から飛び降り・7年前の因縁?”とのテロップが映し出されており、それをキャスターらしき女性があざといくらい大げさに伝えていた。
「壮ちゃん、なんて言っていいのか・・・・・・ まさか、あの子が・・・・・・」
リモコンでTVを消しながら。俺の姿を認めた姉の声。
多分、こういう時になんと話し掛けてよいのかは、誰にも分からないし、正解もない。
「母さんたちは?」
いないのは分かりきっていたが、他に何を話して良いかが分からなかった。
「お母さんは商工会の人たちと今後の打ち合わせ。父さんは今回順番が来ちゃったみたいで、
事後処理の打ち合わせと海へ出ての捜索。
それらは“茜岬”から身投げあった時に行われる商工会の初動マニュアルのようなモノだった。
そんなマニュアルの中でも、海へ出ての捜索は遺体を見つけてしまった時の精神的なダメージがかなり大きい為、商工会の人間がローテーションで行う事が決まりだ。
このあたりに住む人間なら誰でも知っている事なのだが、茜岬に飛び込んだ人間の遺体は波に激しく洗われ、岩礁に擦られ、魚に突かれ、たとえ遺体が上がってきたとしても、それはまともな状態では無い事が多く、身元は、歯の治療痕を辿るかDNA判定を行わない限り判明しない。
「まぁ、いつも通りだね」
オレは特に感情を込めずに感想を述べていた。
「・・・・・・壮ちゃん、上にお布団引くから横になったら? 」
6つ歳が離れている事もあり、昔から姉貴はオレに優しかった。あの騒動の際、嫌がらせの様に次から次にかかって来る悪戯電話の矢面に立ってくれたのも姉貴だった。
「姉貴こそ身重なんだから休んだ方が良いよ。義兄さんも“今日は帰れない”って、さっき言ってたしさ。」
義理の兄に聞き取り調査を受けると言う尻の座りの悪い経験は、もう二度と味わいたくなかった。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。私、奥の部屋で寝てるから」
多分、これもオレを一人にしてやろうという、姉貴の気遣いだ。
「産気づいたら呼んでよ。オレにも救急車くらいなら呼べるからサ」
無力なオレでも119のボタンは押せなくはない。
「うん。壮ちゃんが帰ってきてくれたから私もこの子も心強いわ」
そう言いながら居間を出て行く姉貴。
オレは特に見るわけでもないのにTVを付け、見たこともない無いバラエティー番組にチャンネルを合わす。
タレントたちの嬌声がムカつくほど耳に残り、それが何故か右手の痛みを強くする。
あの事故の後、何とか動くようになった右手。
オレはその右手の傷跡を摩りながら、光木茜音が最期に見せた笑顔を思い出していた。
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