第3話 再会

 茜岬は夕暮れが近いせいか、風に砂の焼けた匂いが混じっていた。

 吹きすさぶ風は昔から変わらず、右へ左へと好き勝手に乱れ飛んでいる。波しぶきが高いのはもう少しで満潮だからだろう。


 この温泉街がなんとか生き長らえている理由は3つある。

 ひとつは15年ほど前に光木リゾート開発が大型のスパリゾートを建て、運営をしている事。


 そして、ふたつめの理由がここ。


“茜岬”


 日本有数の夕陽の名所。

 そして、近年は2時間ドラマの終盤、必ず犯人が逃げ込む崖としても有名だ。また、同時に心霊スポットしても名高く、それを裏付けるように自殺の名所としても、その名を轟かせている。


 だからと言っては何だが、この崖からは毎年のように身投げをする人間が出る。しかも、それは今のような満潮の時刻に多い。その理由はココから満潮時に身を投げると、潮の流れの複雑さ、激しさから絶対に助からないと言われているからで、実際に身を投げた人間の半数は遺体がマトモには上がってこない。


 そんな名誉と不名誉の入り混じった名所をオレは少し離れた岩場から眺めていた。

 距離にして5メートル弱。

 海を挟んで岬を見上げるようにあるこの岩場。実はこちらにも“身颪巌みおろしいわ”と言う少し怖い名前がある。


 元々はかなりお気に入りの場所だったのだが、オレはとある一件以来、“身颪巌”から“茜岬”を眺める事を辞めていた。いや、正確に言えば夕陽そのものが嫌いになっていた。


 あらためて見つめる思い出の場所に夕暮れが近づいて来た。


 あと3分もすれば夕陽が岬を照らす。

 絶好の時間、絶好の場所。

 そして、そこに現れた一人の女性。


 麻のワンピースと風に揺れる長い髪。透き通るような白い肌と少し冷たさえ感じる深い瞳。小さな鼻とどこか隙がある様に見える薄い唇。全てが昔のまま。そう、目尻にある傷以外は・・・・・・


 そこに立つ女性が誰であるのか、オレにはすぐに分かった。


茜音あかね・・・・・・」

 オレの口からもれ出た初恋の女性の名。


「・・・・・・・・・・・・」

 波の音に打ち消され、彼女の声は聞こえなかった。


 黄昏が岬を照らした。

 海も夕焼けに照らされ輝きを帯びはじめる。

 その光があたり一面に散っている微量の波飛沫にあけともトウとも付かない色を纏わせ、独特のコントラストを作り出す。そして、それらの光り輝く雫は潮風に揺られ、輝きながらヒラヒラと舞い、ゆっくりと海に落ちていく。その姿は薄暮はくぼ間際の独特の雰囲気も相俟って、茜色の蛍が舞っているようにさえ見える。



『茜蛍』―――



 この地域のみでしか見ることの出来ない独特の気象現象。

 そして、ここが夕陽の名所たる由縁ゆえんであり、この温泉街が寂れない最大の理由。


 観光客から洩れる感嘆の溜息。


 茜蛍の輝きを背に光木茜音は照れくさそうに笑っていた。

 あの日と同じように―――


「見れたじゃないか・・・・・・」


 オレがそう呟いた次の瞬間、光木茜音はその身に茜蛍の輝きを纏いながら、ゆっくりと海に落ちていった。


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