第42話 A New Stage on Mid Ages 〜生きている実感〜
飛行機を降りると、陽を浴びていないのにジリッと感じるような乾いた暑さである。イミグレーションに続く通路の窓からはコバルトブルーの空が覗いている。春麗にとっては、1ヶ月半掛けて本当に大変なビザ取得をクリアしてのハワイ入国となった。イミグレーションで多数の必要書類を提出して質問をクリアし、やっとの事で出てきたときには、同乗してきた日本人の姿はほとんどない。俊樹は、春麗の入国手続きが終わるまで、ずっと見守り、ホッとした顔で出てきた彼女とBaggage Claimに向かい、回転しているベルトコンベヤーから荷物を下ろし、やっとの事で出口まで来た。
予定通り、空港の出口で合流する。玉田と由美香、純平と葵、浩一と香穂、玉田の両親と姉夫婦にその息子、由美香の両親と弟夫婦。やっと全員が揃い、玉田が案内を始めた。
「玉田家と河合家は、今日はそれぞれ別行動でいいのかな?、、、はい。それでは、ホノルルのホテルまでのバスは、あそこから出ます。式は明日の13時からですが、ホテルにはバスが9時半に迎えに行きます。ドライバーは日本語を喋れるそうです。会場には11時前には着くと思います。会場は大邸宅を1軒貸切っていますから、Tシャツで来て、時間になったら着替えて頂けば大丈夫です。帰りも夜にはバスでお送りすることになっています。
っで、みんなは我々と一緒でいい?Kailuaのコンドミニアムに車を連ねて行きましょう。
ということで、宜しくお願いします。
それでは、予約してあるレンタカーを取りに行きましょう。」
それぞれのペアが乗り込んだ4台の車は、Waikikiを抜け、Hawaii KaiのCoa Pancake Houseで少し遅い昼食を取った。そして、隣接するCostcoで少し買い出しをしてから、遠回りをして海岸沿いを走る。
Kailuaに入り、不動産屋で家の鍵を受け取った。遠くから爽やかな波の音が潮風に乗って聞こえてくる。最も暑い時間帯だが、木陰では一日中でもデッキチェアに座ってのんびりできそうなゆったりとした時間が流れている。そこから、借り受けたコンドミニアムまでは5分も掛からなかった。
対面の舗装された道路の両側には、整然と背の高いヤシの木が並ぶ広めの歩道が整備されている。歩道の向こう側には、低木が散りばめられた芝生が広がり、敷地と敷地の間だけ赤い土が見えている。家々には2台が停められる広さの駐車場があるが、右前方に周囲の建物の倍ほどもある家が見えてきた。その庭部分にだけは5台は停められそうな広さのアスファルトが敷かれている。その家の前に赤いピックアップトラックが停まっている。先頭を進む玉田の運転するシボレーのSUVがこの敷地に入り駐車する。残りの3台も後に続いた。
午後3時を回っているが、まだ少しも陰る様子がないコバルトブルーの空の下で、4台それぞれのドアが開き、8人が降りてくる。
同時に道路のピックアップトラックの運転席のドアも開き、日系の女性が降り立ち、荷物を車から降ろしている彼らの方に近づいてくる。ゲーテブルーのスニーカーにベビーブルーのスキニージーンズを履き、真っ白な長袖のシャツのボタンは上から2つ目まで外され、細身のシルバーのネックレスが焼けた胸元を飾り、歩調に合わせてきらめく。自然に色落ちしたような赤身のかかったウェービーヘアーが風になびく。赤いグロスがかったリップに薄い化粧というのもハワイらしい自然な雰囲気を醸し出している。少しあどけない笑顔に細身の引き締まった体つきから、27、8歳のスポーツウーマンのように見受ける。
「こんにちは。玉田様のご一行ですね?」
玉田が彼女を振り返り答える。
「あぁ、こんにちは。Kailua Weddingのシェリー?お世話になります。宜しくお願いします。玉田です。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ。先ほどはお電話ありがとうございました。お疲れでしょう。とりあえず、お荷物を運んでしまって下さい。私は、しばらく車にいますから。」
シェリーは、そう言うと、笑顔で軽く会釈すると車に戻っていった。
それぞれが、大きなトランクを引きずって、駐車場からブリックの敷き詰められたイントランスパスを抜け、2mはある木製のドアの中に消えていった。暫くして、由美香が、ピックアップトラックに向かって歩いてきた。
「シェリー。お待たせしてごめんなさい。どうぞ入って下さい。冷たいドリンクも買ってきたので。」
玄関を入ると、正面を突き抜けて、低い段を2つ上ったオープンデッキの向こう側に、真っ青の空と少し白波のたった海が輝いて眩しく、室内の陰とのコントラストが心地よい。ダークグリーンの厚手のカーテンが壁際でひらひらとはためいて、波音とともに爽やかな風が通り抜ける。ダークヴッドの床の、120㎡はありそうなワンルームが開けている。中央には、籐製のラウンドチェアが8脚、楕円形に置かれており、そのまた中央に数冊ずつ雑誌の乗った2つの四角いローテーブルが見える。部屋の左側には、4人分のハイスツールとカウンターキッチンがあり、その横には床と同じ色の食器棚に白を基調とした器が多数収納されている。キッチンの向こう側には胸高の窓を通して濃い緑色の熱帯植物が風になびく。右奥の角には大型のサイドボードが配され、その上には100インチはありそうな大型のテレビスクリーンとオーディオがセットされている。右側の壁面の真ん中3分の1ほどは窓、その右側には高さ2m、幅1mはある大型のタペストリーにサンセットの浜辺が描きこまれている。窓のすぐ手前には、2人が並んで上れるぐらいの幅の螺旋階段が2階に続く。白いスチールバーに白いステップがこの一角に程よい明るさを醸し出す。
由美香がシェリーにラウンドチェアを勧めていると、2階からみんなが下りてきた。由美香に続いて、春麗がカウンターキッチンに向かい、机の上に置かれた紙袋の1つから大きなオレンジジュースのパックを取り出し、由美香が並べるコップに注いでいった。
「お疲れのところ、お邪魔してしまってすみません。でも、玉田さん、河合さんと明日のことを打ち合わせておかなくてはならないので、お許し下さいね。
明日の会場は、ここから10分ぐらいのところです。ちょっとそこに行って打ち合わせたいんですが、如何ですか?」
シェリーが向かいに座った玉田の方に目を遣りながら尋ねる。
「それは、是非とも。由美香、どうだ?」
「行く、行く!」
俊樹は話を聞きながらオーディオのスイッチを入れつつ、玉田と由美香に微笑みながら言う。
「俺たちは、のんびりしてるからゆっくり行っておいで。」
スピーカーからはDJのナレーションに続いて、Sarah EddyのKnocking on the heven's doorのアコースティックギターが流れ始めた。
浩一は、サイドボードの中からバカルディラムの瓶を見つけ出し、春麗が手渡したオレンジジュースのグラスに継ぎ足した。
純平と葵、香穂はグラスを手にオープンデッキに出て行った。浩一は、俊樹と春麗にもラムを継ぎ足し、3人の後を追った。香穂は、明るい焦げ茶色のオープンデッキを囲う腰高の柵に寄りかかって海の方を見つめている。その視線の先には、純平と葵がいる。2人は、デッキから浜辺へ下り、手をつないでゆっくりと水際の方へ歩いている。途中で、葵はサンダルを脱いで左手にぶら下げ、純平は胸元に飾っていたサングラスをかけたが、手は離さない。彼らも、玉田と由美香と同じ日に入籍すると言っていた。俊樹は、彼らにとっても大切な特別な時が流れているということを感慨深く思いながらグラスを口元に運んだ。春麗が俊樹の左腕に優しくつかまり、頭を腕に寄せながら囁いた。
「お二人も、一生に一度のHeavenly Timeなのよね。」
俊樹は、春麗が同じことを考えていることが嬉しくもあり、落ち着く自分を感じた。
浩一が、オープンデッキの下にデッキチェアがあるのを見つけ、寝そべると、香穂がそのチェアの浩一の足元に腰掛けて、海と浩一を見比べて微笑んでいる。
俊樹と春麗は新しいオレンジジュースを冷蔵庫から出し、グラスを手に、2人で2階に上がり、そのままバルコニーのテーブルセットでくつろいだ。
1時間ほどすると、自然と全員が1階のラウンドチェアに集まっていた。Ed SheeranのThinking Out Loudのスローブギが傾いた陽射しと穏やかなそよ風とゆったりと進む時間に心地よく響いている。この1時間で少し日焼けしたどの顔も安堵に満ち、特に会話はいらない。夜間飛行でどこか気だるく疲れた体には、このまったりとした時間がまるで夢の中にいるようでもある。
そこに、玉田と由美香が戻ってきた。明日の会場を見てきた2人もまた、夢の中のような面持ちだが、気持ちの高揚が見て取れる。
「ただいまぁ。」
みんなに声をかけた由美香に俊樹が返した。
「どうだった?思い描いてた式ができそう?」
冷蔵庫に向かう玉田がゆったりと答える。
「想像力が足りなかったぐらいだね。素晴らしいロケーションだよ。」
「明日、あそこにみんなに来てもらって、式を挙げるなんて、この歳になってこんな夢を見るの?っていう感じ。なんか、まるで現実ではないわ、これは。」
浩一が拾う。
「それじゃあ、夢見ついでに、結婚前夜のパーティに出掛けますか?シャワー浴びて、準備して、1時間後に集合でどう?」
由美香は玉田からコナビールのボトルを受け取りながら笑顔でうなづき、二人で階段を登っていく。
少し強くなった爽やかな風が、開け放たれたままの玄関の大きなドアに向かって流れ込んでくる。ラジオのDJが明朝のオアフ各地の波の予想を話し終わり、次の曲、Ed SheeranのShape of youを紹介した。
俊樹は、ブレイクする波を窓越しに見るともなく見ている。木琴のリズムの始まりととともに春麗のしなやかな体が背中から巻きついてきた。
ゆったりとした時間が過ぎる中、この場にいる4カップル8人がそれぞれに、これまで生きてきた3、40年間を振り返るともなく想っていた。今はただ、そしてこれからを一緒に創り上げて行けることが幸せである。
LONG LIFE UNDER THE BLUE SKY 日比野 世界 @HibinoSekai
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