第35話 パートナー

ビルフォーレンジャパンの会議室は、いつもほぼ埋まっている。かといって「会議のための会議」というようなものはまずない。時間通りに始まり、会議の主催者から、はじめに会議のゴールが示され、前もってメールされているAgendaに沿って進められる。終了予定時間の数分前には、主催者が、決定事項と課題と、次回までのそれぞれのやり終えておくべきことを確認し、淡々と終わる。持ち込んだPCで議事が取られ、終了数分後には関係者にメールされている。

今行われている、俊樹、純平、望のマクレナンチームと、玉田、由美香、下田の四葉火災チームの打ち合わせでも同じである。当初、由美香も戸惑っていたが、今では普通にこなしている。今日は、由美香がAgendaを作り、進行した。

「RITSさんの件は、とりあえず今日はここまでということで、宿題を消化してまたお伺いします。」

「そうですね。今、今日の議事はみなさんにメールしておきました。」

望がその場で打ち合わせのENDマークを打った。

「、、、ところで、竹内さん、ラバックさんのグローバルプログラムの件、おかげさまで、ジョンソンコンサルタンツのアメリカとヨーロッパの横槍も落ち着きました。御社のコンサルティングチームがラバックさんに入り込んでリードして頂いたのが大きかったです。有難うございます。シグノインシュアランスに10%シェアインを許しましたが、グローバルで見ると、うちの取り扱いは相当増えることになりました。」

「いえ。こちらこそ、いいお話を頂いて有難うございます。まずはコンサルティングフィーを稼がせて頂いてますが、そろそろ本格的にプログラム構築の実務に入っていきますので、引き続き宜しくお願いします。計画しているタイムラインを今メールしておきましたので、帰社後、ご確認下さい。おそらく無理のないスケジュールだと思います。」

「それにしても、御社は、海外との連携でも同業他社さんに比べて群を抜いてますね。うちがついていけてるか心配になりますよ。はっはっ。」

玉田が他人行儀な仕事モードで続けた。

「それじゃあ、次回は、来週月曜日の14時にお邪魔しますので、コンサルティングチームの方もブッキングしておいて下さい。

では。」

エレベーターホールまで送り、エレベーターが閉まると、俊樹は、後片付けを2人に頼んで急いでオフィススペースに戻った。30分後には、萱場自動車にメキシコの税金不払い問題の収拾に事務所を出なければならないが、資料が完成していない。現地での準備は済んでおり、今日の収拾次第で、明日にも契約が成立する。この案件自体も小さくないが、この案件を通じて信頼を得ていることが、今後の長くて太い取引のためには非常に重要である。

なんとか準備を終える頃、奈緒が打ち合わせから戻ってきたて、慌てて外出の準備をしている。萱場自動車に対しても、ビルフォーレンジャパンの取組体制を少しずつ見せるタイミングになってきたので、俊樹は奈緒をサポート担当としてアサインした。

「Jake。どうですか?出られますか?私、何かやりましょうか?」

「いや、完成した。あとはプリントをセットしたら出るよ。Nao、悪い、ボードにNR(直帰)って書いておいてくれる?タクシーで行くぞ!」


結局、萱場自動車を出た時には、夜7時を回っていた。打ち合わせは、3時間を超えたが、会社としての方向性についてコンセンサスを得ることができた。

「Jake。Indigoにいかない時はどこに行ってるんですか?Jakeがまっすぐ家に帰ってるってイメージできないんですけど。。。ふふっ。」

「まぁな。家には帰らんだろうな、俺は。まぁ、だいたい何か予定があるんだよ。」

「で?例えば、今日は?」

「うん。。。今日はどうしようかなぁ。」

「じゃあ、食べに行きましょう。、、、って言ったって『何か』予定があるんでしょう?悪い人ですね。ふふっ。」

「そんな悪い人に見える?」

「だって、Jakeは、心の拠り所を欲しがる人じゃないですか。Indigoで聞いてる話じゃ、それは奥さんじゃなさそうだしね。」

並んで歩く奈緒は、下から覗き込むように、いたずらをする子供のような笑みを浮かべた。

「人生、一回しかないっていうだろ?ほんと、そうだよな。深いい人生、送れよ、Naoも。旦那と送れるなら最高だ。」

「なんですか、それ?ふふっ。」



暖簾に続く小さな木の引き戸を開けると、白く明るい店内はほぼ満席だった。適度に暖かくホッとする。小さな音でスバンダーバレーのTrueが客たちの声の隙間から耳に届く。奥の壁に沿って備え付けられたカウンターには3組のサラリーマンがそれぞれ談笑している。1人が、正面から出された握り寿司を手で取り、濃い醤油の入った小皿にチョンと付けて口に運ぶ。扉の正面はカウンターまで幅の広い通路が取られ、左側に4人掛けの白木のテーブルが4つ。右側は小上がりの座敷が2部屋ある。

女将は、目が合うと軽く会釈し、左手で奥の座敷へ促した。俊樹が軽く微笑み返し座敷へ寄っていくと、半分開いた襖の奥に玉田の顔が見えた。そして、その左隣に由美香が座っている。入口まで来て、由美香の前に春麗も確認できた。

玉田が俊樹に気づいた。

「おぅ!遅かったな。お疲れ!

あぁ、生1つくれる?それと、〆張2合、熱燗で追加して。」

「はい。今日はどういうお集まりなんです?久しぶりだと思ったら、お二人とも素敵な女性同伴で。」

女将は、暖かいおしぼりを出しながら、親しげに話しかける。俊樹と玉田は、この店とは20年来の付き合いである。俊樹は、靴を脱ぎ部屋に入って春麗の隣に腰を下ろし、右手で自然に春麗の左手を握った。

「このお二人とは戦友。今はプロジェクトのパートナーで、プライベートでは人生っていうビッグプロジェクトの共同運営者っていう感じ。

っで、こちらは俺のここにいる大事な人。」

俊樹は、そう言いながら左手でハートに手を当てた。

「ちなみに、2人はもうすぐ結婚。ハッピーのど真ん中だな。」

「あら!おめでとうございます。こんな悪い方がこんな素敵な方を娶っていいのかしら?少しお年も召して落ち着かれたっていうことかしら?ふふっ。」

女将はそう言うと下がっていき、すぐにビールを持ってきた。

いつものように玉田が乾杯の音頭を取った。

「乾杯。お疲れ。

それと、産業機械メーカーさんの件はありがとうございました。」

「ところで、結婚の準備はどう?」

俊樹が、卓上の大皿から卵焼きを取りながら、由美香ちゃんの方を見て問いかける。

「Enjoyしてますよ!明日、結婚式と披露パーティーの招待状を発送する予定。ハワイの式、来てくれますよね?私たちの場合、式とパーティーとハワイでのTHLの3つのプラン二ングがあって、仕事もいろいろ佳境だし、ちょっと大変だけど、すごい楽しんでますよ。それに、新居の準備もあるし。式の前に引っ越しを済ませちゃうことにしたんですけど、新居へのお招きは、パーティーが終わって暫くしてからね。」

「俊樹さん。さっきお二人と話してて、私、お引越は手伝いに行くことにしたの。だから、俊樹さんよりも先に愛の巣は下見してきますね。ッフッフッ。」

「ゴメンね。ありがとネ。シュンちゃん、面倒見いいから、ついつい頼っちゃうのよね。へへっ。」

「私も、先週引っ越したの。同じ駅なんだけど、ちょうど契約更新で、気持ちを変えたかった、っていうか高めたかったから、近くにできた新築のマンションに移ったの。衝動的だったんだけど、俊樹さんに相談したら、賛成してくれたから。」

「なんだ!教えておいてくれれば手伝いに行ったのに。」

玉田が言う。

「荷物も少ないし、俊樹さんと一緒にちゃっちゃって引っ越しちゃったわ。ふふっ。」

俊樹が、玉田たちの話に戻した。

「っで、2人の家はどのあたりにするの?もう決めたのか?」

「物色中だ。俺も由美香も神奈川だから、多分そっち方面。ってか、そっち方面しか見に行ってない。東横線沿線あたりかな。」

「私、近くなるわ。きっと。同じ沿線!」

春麗に続いて、俊樹が楽しそうに言う。

「ってことは、俺も近くなるな、別宅も本宅も。浩一も武蔵小杉だし、2人が喧嘩したら、由美香ちゃんの逃げ場は春麗のとこで、玉田は浩一のところか?ははっ。」

卓上に置いた俊樹のiPhoneのバイブレーションが振動し、モニターにLINEのメッセージの着信表示。百合からだった。

「今日は帰れますか?

牛乳を買い忘れたの。

買ってこれる?

ついでにアイスもお願いします。

帰れないなら返信下さい。

チェーンします。

それと、言い忘れたんだけど、絢也の予備校の教材費が明後日引き落とされるので、私の口座に65,400円、明日振り込んでおいて下さい。」

俊樹は独り言を言った。

「来た!大金明日までパターンだ。あぁあぁ。

由美香ちゃんが春麗の家に行くと、また俺の逃げ場がなくなるなぁ。はぁっ。」

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