第34話 家庭

Carly Rea JepsenのI Realy Like You。最近、この曲をよく耳にする。心地よく頑張ろうと思えるテンポが好きだ。吉祥寺の駅から程近いビルの2階のスペイン料理屋でもこの曲が流れている。今日は、純平と葵のプレ婚約パーティーをここで開催することにした。大掛かりなことは、少なくとも足のギブスが取れるまではできない。

明るい店内は、白とブラウンで統一されている。壁も胸元から下はブラウンで上は白。一面は、ビルのエントランスを2階から見下ろせる窓になっている。20ほどあるテーブルが、低いパーティションで区画分けされている。俊樹たちのスペースには、左右に4人席が2つ並べてある。壁側の右奥に純平、隣に葵が座り、ギブスをした葵の右脚がテーブル脇に投げ出されている。葵は、ポニーテールをブルー系のシュシュでまとめ、ナチュラルメイクにシンプルなシルバーのピアスが似合っている。白い長袖Tシャツの上に紫系と白のチェックのシャツを着て、デニムのロングスカートにピンクのハイカットコンバースを履いている。左腕のギブスには、濃いペイズリー地の布がおしゃれに巻いてある。純平の向かいには、春麗と俊樹。春麗のストレートにした髪の陰から少し大きめのイヤリングが見え隠れする。首元には細いシルバーネックレスがキラキラしている。グレーの深いVネックシャツの上に膝までの丈の小豆鼠色のロングカーディガンを着て、細身の黒いデニムパンツの下にピンクのストームパンプスを履いた足を組んで座っている。左奥には、香穂が座り、隣に浩一、香穂の向かいが玉田、そして由美香が手前の座席である。香穂は、目鼻を際立たせるメイクを施し、細く明るい茶色のラインを入れた髪は、大きくウェイブがかかっており、搔き上げたように右側が後ろに流れ左側がやや頬にかかっている。大きな襟を立てた白いシャツの胸元には、AHKAHの細身ののシルバーネックレスをしている。黒いレザーのタイトスカートにアンクルストラップのついたベージュのパンプスを装う。由美香は、オリーブグリーンのカーディガンの下に紺のボーダーシャツを着て3連のロングネックレスをしているのが見える。紺色のパンツに黒いハイカットの編上げの靴を履いている。

少し小さなテーブルだが、2つが離れて配置してあっても、違和感なく8人で話せる。隣のブロックにはアメリカ人かイギリス人の3人組が、土曜日の昼下がりのゆったりした空気を楽しみながら、会話と食事を楽しんでいる。4本目のメルローがそろそろ空になる。パエリアやブイヤベースやカタツムリなどを美味しいパンと頂く。

「、、、それでね、私、感動して泣いちゃったのよ。」

「葵。恥ずかしいから、女子会でやってくれよ。」

「Jimmy、ダメダメ。俺たちも聞きたいよ。Jimmyのプロポーズの、そのかっこいいシチュエーション。」

「それで?葵ちゃんの指に流れ星が1個飛んできたんだ。」

「ほんと、そんな感じよ。私、行きの車で少し眠ってしまって。その場所に着いた時に起きたっていう感じだったから、夜景見てるときも、星眺めてるときも、なんか、夢の中にいるみたいでね。それで、そのサプライズだから、それも夢なのか、天国なのかなぁ、っていう感じでね。ふふっ。」

香穂が由美香にも聞く。

「素敵〜。ねえねえ、由美香ちゃん達は?どんなだったの?」

由美香が照れながら。

「それはね、、、ロマンチックなんだけど、ちょっとエロっぽいから、ここではちょっと。。。だから、一部だけかいつまんで話すとね、素敵な食事して、バーに行って、大人の夜で五つ星のホテルでね。

ふふふふっ。バスルームで泡を洗い流して、ガウンを着ようと思ったら、ガウンに指が引っかかるの。はっと見たらいつの間にか指輪してたのよ、私。ユウくんに向かって叫んで後ろから抱きついちゃったわよ。それで、前を見たら、窓の外にはみなとみらいの観覧車と夜景のイルミネーションよ。あははっ。思い出し笑いしちゃうわ。」

赤くなった由美香のその表情に、みんなの温かい笑いが起こった。

「このパエリアとこのワイン、合うねえ。うまい。この店いいよ。」

玉田は、さっきからずっと落ち着かず独り言のようにブツブツと言って、照れを隠している。

「竹内とシュンちゃんの出会いっていうのも気になるなぁ。」

「あぁ、そういえば、俺が春麗に出会う30分前まで、KouもJimmyも一緒だったんだよ。思い出した。」

「日本だったの?俺もJimmyもいるってことは。」

「いや。」

「ん?、、、あ〜ぁ、十和田重工の上海の契約が取れたあの時か!っんで、いつそんな暇があったよ。。。」

「まぁ、それはいいとして、最近な、春麗が進化してきてるんだよ。成長って言ったら春麗に叱られちゃうけど、やっぱりTHLはいいなぁ。春麗にすごい刺激をくれてるんじゃない?俺も嬉しいんだよね、そういう春麗を見ててさぁ。」

「それ、私達も感じてるのよ。それで、私たちも、シュンちゃんにいろいろ深いものを教えてもらってるのよね、最近。」

由美香が拾い、香穂と目を見合わせてうなづきあって、今度は、香穂が続ける。

「Jake。私、Jakeはすごい子とお付き合いしてると思いますよ。私たちが考えがちなゴールが実はゴールじゃないって教えてくれるの。例えばね、結婚のこともそう。結婚を1つの結論、つまりゴールとして考えがちなんだけど、2人が豊かになって、周りもハッピーになっていくための1つの器の種類なのよね、結婚って。シュンちゃんには、そこがね、明確なのよ。っで、結婚とは違う形の器を竹内さんと一生懸命に造形していってるの。それがイメージできてきてるのよ。凄いわよ。」

「えぇ〜?私、一生懸命楽しく生きてるだけだわ。みんなに生き方のヒントをいっぱい頂いて、俊樹さんとのLong Heavenly Lifeを楽しもうって。だって、葵さんにはJimmyさんしか考えられないでしょ?由美香さんも玉田さん以外にありえないでしょ?香穂さんも同じで、こういうパートナーってKouさんしかないと思うの。私も同じ。私が求めてるのは俊樹さんなの。俊樹さんも同じ。いろんなこと抱えてるけど、私を信じてくれてるのね。だから、この人とのLong Heavenly LifeをEnjoyするのにどうしたい?どうすればいい?って。でも、そう思っていろいろするのも楽しいのよ。

みんながいろんなヒントや答えをくれるから感謝なの。みんな優しい。。。

、、、香穂さん、由美香さん、私、また泣くわよ!俊樹さんっ。ありがと。っうっぅ。。。ゴメン。ふふっ、ふふっ んっうぅ〜。ははっ、ふふっ。」

「よしよし。いいよ。でも凄い子だよ、シュンちゃんは。」


「俊樹さん、こないだの夜の、私がダメ!って言った話してもいい?怒らない?

じゃあ。

葵さん達からプロポーズのグループLINE頂いた日、私たちの6周年記念日で、でも、俊樹さん、少し弱ってたの。甘えん坊っていうほどじゃないんだけど、少し、下に降りてきてたっていうか。っで、あのLINEのメッセージ見たとき、いきなり結婚したいって呟くから、即答で『ダメ!』って。ふふっ。

だって、そっちの方向には、私たちの太陽も星もなくて真っ暗なのよ、今は。

でもね、違う方角には、風になびいてる草原が広がってるの。風がそよぐとね、チラッチラッて遠くの方に湖とか、山とか、川とか、いろんなものが垣間見えるのよ。2人で手を繋いでそっちに行ければ楽しいじゃない。なんか、新しいものを2人で見つけていけるって素敵でしょ?それって幸せじゃない。ふふっ。今の私、そんな感じだから、俊樹さんと進化していくのよ、これからも。」

俊樹が拾った。

「面白い表現だ。春麗らしい。でも、よく分かるし、求めてるベクトルが一緒だから、自然体でいられるんだよな。

あの時は、一瞬、春麗が不憫に思えたんだけど、そう思った俺の方が可哀想、ってか見失ってた。」

由美香が後を続ける。

「なんかね、お二人の話聞いてると、私たちが結婚した後どうしていくのか、どうなっていきたいかが本当に大事なんだなぁって考えさせてくれる。」

今度は玉田が拾った。

「俺はバツイチだろ?それ、すごく感じるわけだよ。結婚したって、そこがゴールになったら、夫婦生活なんて結構儚いもんだよ。」

純平も同調した。

「俺も同感ですね。ただ、そんな風に整理できてなかったかな。葵も、由美香ちゃんと比べると感覚派で、頭でそう考えるより、自然とそう感じてたり、時々、そんな話題にシレッと触れてくるんだよね。その感覚が俺と同じっていうのが、俺も自然体でいられて嬉しいんだけど。

でも、THLで会うと、こういうことを再確認させてもらえるんだよね。有難いねぇ。」

浩一が呟く。

「ほんと、THLって不思議な集まりだな。やっぱりこれは秘密結社だよ、崇高な。集まるたびにキャッチアップが進んできてるけど、まだ教えてもらうことばっかりだな。話を聞きながら、いっつも香穂との関係と自分の家庭に投影してるよ。少し浅はかな自分にも気づくけど、それも含めて俺は俺だし、香穂は香穂だからなぁ。俺たちも、この先、少しずつ進化が必要な時期が来るんだろうが、その時の糧としてはかけがえのないものだよ、ここでの話は。」

香穂が、ワイングラスを口に運びながら深くうなづく。


浩一の「家庭」という言葉で、俊樹はふと思った。

「そういえば、最近、週末も家にいることがなさ過ぎるなぁ。春麗が帰りなさいって言わないと、俺は帰る気がないし。。。今日は諦めて早めに帰ろう。今日は子供達はいるだろうか。」

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