Heavenly Life of Mid Ages

第28話 公開

「Jake。昼のスパゲッティハウス、いけたな。ありゃ、ローテーション入りさせていいんじゃない?今日は、俺は明太子とヤリイカに惹かれて、それにしちゃったけど、Timが食べてたポモドーロもシンプルだけど美味そうだった。」

リフレッシュルームでの浩一とのこの手の会話はホッとする。こういう他愛もない間合いと内容、遊びというか、心に余裕がある。Kouはうまい生き方をしてるといつも感心させられる。

「ところでさぁ。そろそろ俺に会わせてもいいんじゃないか?」

「あぁ?誰をだよ?俺はそんなうまい生き方してないって。」

「信用されてないなぁ。もう時効でいいと思うけど、俺は、お前の『上海の夜』も知ってるんだぞ、誰にもいっちゃいないけどな。」

「はぁ?」

俊樹は言葉が見つからないが、平静を装った。

「黄浦江の川っぺりの遊歩道はいいよなぁ。俺も好きでさぁ。実は、俺も彼女とお前のすぐ後ろを歩いてたんだよ。お前たち、ぴったり寄り添ってて、こっちが赤くなった。俺も東京から彼女を呼んで、土曜日遊んで日曜の最終で帰った。飛行場でも、気を遣って、お前に見つからないようにって2人で結構大変だったんだよ。かくれんぼみたいで楽しかったけどな。それにしても、美人な、感じのいい子じゃない。」

これはもう隠しきれないし、繕っても仕方ない。

「分かったよ。そこまで割れてたんだなぁ。悪かったよ。」

「でも、なんでJimmyには紹介した?」

「ちょっと考えるところがあって、Jimmyに彼女を紹介した。」

「じゃあ、あの、今入院してるっていう?」

「そう。あとはJimmyから聞いてくれ。それと、俺のことは絶対に口外しないでくれ。これ以上広げると、いろんなところで不幸が始まるんだよ。」

「大丈夫。っで?いつにする?ダブルデート。」



夜8時に春麗の家にいるのは珍しい。春麗は、このところ、葵の母と同居状態なので、そもそも俊樹が春麗の家に来ること自体なかったが、今日は一旦自宅に帰っており、葵の母はいない。俊樹にとって、それ自体はいいのだが、何より妻のいる家に帰らなければいけないのは苦痛だった。

シャワーを浴びて出てくると、春麗が夕食の準備をほぼ終えたところだった。料理で使った器を洗っている春麗を見て、急に後ろから抱きしめたくなった。

「やだぁ。ふふっ。俊樹さん〜!?」

俊樹は黙って頬を春麗の頭にくっつけてしばらく抱きしめていた。その間、春麗も黙って腹部に回った俊樹の手のひらを、自らの手で包むようにして、じっとしていた。

1、2分はそうしていただろうか。俊樹が落ち着いてきたのを見計らって、春麗が小声でいう。

「俊樹さん?召し上がります?それとも、もう少しこうしてたい?」

俊樹の腕に春麗の鼓動が伝わる。

「ありがとう。食べようか、春麗の美味しい手料理。」

俊樹は、後ろから春麗の頭にキスをして、そっと離れた。

「うん。」

卓上には、ラザニアと取り皿とワイングラスが目の前にあり、ピザとサラダの大皿と野菜のピクルスが入った小ぶりの器が中央に配置してある。俊樹はリビングのテーブルに置いてあったカルベネ ソービニョンを取ってきて春麗の向かいに座った。そのワインの栓を抜きながら切り出した。

「春麗。また俺に関する君の世界が広がることになった。広がることは嬉しいことだけど、気をつけなくちゃいけないことも増えそうで、もう少し時間をかけてって思ってたんだけど。」

「あら?じゃあ、どうして広げて下さるの?どなたなの?」

「うん。井上浩一。」

「Kouさん?嬉しいわ。でも、どうして?これから何を気をつけていけばいいのかしら?」

「実は、上海でKouに何度も見られてたんだよ。でも、彼も彼女を日本から呼んでたってこともあるし、俺たちに気を遣ったっていうのもあって、声をかけなかったんだって。」

「えぇ、、、?あの時は、ずっと、すごくベタベタだったわよね、私たち。ふふっ。それを何度も見られてたの?ちょっと恥ずかしいかも。っふっふっ。」

春麗は、目を細くして無邪気に微笑んだ。

「Kouと会うから何か注意しなくちゃいけないっていうことはないよ。彼は俺以上にcleverだから、いい味方ができたとも言える。ただ、知り合いが増えれば増えるほど、春麗のことが表に出る可能性が増えるだろ?妻の耳に入らないっていう確証が持てなくなってくるし、別れる際のマイナス材料にもなりやすくなるってこと。」

「そうね。ただ浮かれててはいけないのね。でも、何があっても、2人の環境については、私はあなたの言う通りにするだけ。信じてるから。信じることができるから。

それで、いつにするの?」

「明後日、金曜日の夜。大丈夫か?」

「葵ママに言っておかないと。先にうちで休んでてもらうわ。彼女は、今はまるで私のママみたいよ。っふ。でも、葵パパには、私たちのことも黙っていてもらってあるわ。社会って結構狭いから。」



銀座の夜8時前は往来の数も昼間と変わらない。銀座メルサからほど近いビルの7階。エレベーターが開くとすぐ右側に扉があり、フロアには、その高級なおでん屋1軒しかない。10人用のテーブル席のスペースがカウンターの手前の奥まった一角を埋めている。カウンター席の後ろは人がかろうじて1人通れる通路を挟んで、4人席のテーブルが3つある。そして、つきあたりの一番奥に4人用の個室が1つある。

俊樹と春麗は、「RESERVED」のプレートが置いてある個室に通された。2人は出口側を向いて並んで座り、瓶ビールを1本注文した。

春麗は、銀座のど真ん中におでん屋があるとは知らなかった。乾杯して一口飲んだ時、浩一と篠田香穂が入ってきた。俊樹が軽く手を挙げると、浩一も答えて席に向かってくる。

俊樹と春麗だけではなく、他の客たちもこの女性に目がいっている。前を歩く浩一のかげにチラチラと見える美女である。黒いストレートヘアーにダイヤのピアスをして適度な太さの眉毛と目尻を少し強調したアイライン。キリッとした印象の割に眼が優しい。鼻筋が通り、薄めの唇から贅肉のないほうや顎にかけてもシャープな印象を与える。明らかに美人である。上品な白いシャツに、青い石の付いたシルバーのネックレスをして、真紅の七分袖のジャケットを羽織っている。赤いヒールを綺麗に前に出しながら歩くと、真っ黒なタイトスカートから膝頭が見え隠れする。身長は、182㎝ある浩一とも釣り合っているので、168ぐらいはありそうだ。

俊樹と春麗は立ち上がって2人を迎えた。

「こんばんわ。待たせましたか?井上です。こちらが、私のパートナーの篠田香穂さん。」

「初めまして。よろしくお願いします。」

「竹内です。こちらがシュンレイです。」

「こんばんわ。シュンレイです。お会いできて嬉しいですわ。」

「先に始めさせてもらってました。座りましょうか。ビールでいいですか?、、、それじゃ、瓶ビールを2本とグラス2つ。」

香穂が口を開く。

「先ほど、初めましてって言っちゃいましたけど、お会いしてるんですよね。っふっふ。やっと、ちゃんとお話できるのが嬉しいわ。」

「その節は気を遣わせましたね。Kouとは、いろんな意味でツーカーでね。公私とも、ほんとにやりやすい仲間なんですよ。」

「それなのに、Jakeが彼女のこと、シラを切り続けるから、どうしたもんかって思ってたんだよ。香穂にも会いたいってせがまれるし。」

「どこまで俺のことを香穂さんに話してある?春麗はKouのこと、前から知ってるってぐらいよくわかってると思う。なぁ、春麗。」

「そうですねぇ。ふふっ。素敵な第一印象はいつも伺ってるKouさんそのものでした。」

「Jake。俺もJakeのことは相当話してるが、そうはいうものの、今日の趣旨からして、一応、それぞれ紹介しようか。」

「そうだな。それじゃ、隠してた弱みでこちらから。

竹内俊樹と申します。Kouと同じで、今年50歳。新入社員で入った会社がKouとおなじで、研修のグループも配属された部門も同じ。仕事でも相当絡んでたし、プライベートでも一緒に遊んでたんだけど、お互い転職の話はしてないのに、退職願を出してやめた月が一緒だったんですよ。Kouは1年間別の会社にいたけど、その時も会ってて、うちの会社に引っ張り込んでしまったっていう感じかな。今も同じディビジョンで、日々助けられてるし。俺が持ってないものばかり持ってるSuper Guyだね。」

「Kouさんは、人生に遊びがあって、頭が良くて、凄い要領もいいって。」

春麗が聞いてる浩一像を付け加えた。

「ちなみに、俺は妻と子供が2人います。22歳の娘と18歳の息子。仮面夫婦生活20年で、今、心にいるのは、春麗と子供たちだけ。

、、、っで、こちらがチューリン。中国から来て2年。春が麗しいって書いて、日本語でシュンレイ。34歳、独身。あと5年経ったら既婚者になる予定、かな?

6年前に上海で、、、 、、、。」

俊樹は馴れ初めから現在に至るまでを簡単に話した。

浩一が拾った。

「そんな長く隠してたのかよ。Jakeはもっと不特定多数と遊んできてて、最近ステディになったのかと思ってたぞ。でも、ステディがいるのに、他でも遊ぶっていう器用さはないもんなぁ。ずっと一筋ってことか。いろいろ聞きたいけど、先にこっちの紹介もしなきゃな。

では、井上浩一です。Jakeとの関係は、さっきのJakeので分かるよな。俺も結婚生活12年。でも子供は2歳の息子1人。

それで、こちらがマイパートナーの篠田香穂さん。香穂?一通り言ってもいいか?、、、そう。じゃあ。

彼女は42歳のバツイチ、子供はなし。トキワ商事の経営企画部の部長補佐。」

「あっ!!そういうこと?あそこ、Kouが攻め始めたのって、確か、、、4年前だよな。その頃から?」

「少し経ってからかな。付き合い始めて3年を超えたな。当時は人妻だったから、ダブル不倫状態だったんだよなぁ。でも2年前に旦那さん、亡くなって。でも、まだ愛してんだよ、これが。

俺にとって彼女は、いろんな視点を与えてくれる女神様っていう感じかな。安らぎもくれるし、驚きもいっぱいあるし、ドキドキもくれるし、時には死ぬほど笑いあえる。結婚する気は今はないっていうから、甘えてる。家庭生活で求めるものや与えられるものはそっちで、お互いを高めあって家庭では得られないものは香穂とシェアしてる。」

「浩一には幸せな家庭でいてほしいの。私は旦那とのこれまでの結婚生活を忘れたくないから、別の人と結婚する気はないの。でも、寂しいし、いろんな自信をくれて、安らぎも与えてくれるし、時には必要としてくれる浩一は、今の人生の大切な人なのね。ちょっと理解されにくいけど。」


「ところで、やっぱりよく分かんないのは、シュンレイ、、、シュンちゃんって呼んでいいかな。OK。シュンちゃんをなんでJimmyに会わせることになった?ちゃんと分かってないと、下手にJimmyに振れないんだよ。」

「やっぱりその話題、来たねぇ。シュンレイの言う通り、THLに話して了解もらっておいて良かった。

1つ言っておくが、これを聞いたら、Kouも香穂ちゃんも後戻りはできないよ。問答無用で、ある種の秘密組織に入ってもらうよ。って言っても宗教でも勉強会でもなんでもない、ただ30代〜50代の遊び仲間、この人生中盤そのものを共有する仲間、人生中盤を健全に謳歌する仲間。今は6人だから、お二人を入れて8人。

それと、そこに俺と春麗がいることは絶対に口外しないことを約束してもらうよ。口外した時には、春麗を守るために、自分が死んででも俺がそいつを殺しに行く。

まぁ、どっちもいざ中に入ってしまったらみんな自然のことになってるんだけど。」

「なんか、ゾクゾクするな。ヤバイものではないんだよなぁ。」

「全く。かえって、本人次第で今の人生が豊かになります。少なくとも、今の6人は、6人とも間違いなく豊かになってるわ。関わり方は本人たち、2人次第。」

春麗が即答する。

「いいじゃないの。これも何かの縁。無理強いされるものでもなさそうだし、口外の件以外は。」

「分かった。俺たちも乗った。Same Boatだよ。」

「それじゃあ。

始まりは、RITSの取組の1発目。既存の保険会社が玉田のところで、玉田の部の37歳独身の女子、河合由美香が担当で、玉田を通して、探りを入れるために一緒に飲みに行きたいってきた。半分本気、半分いつもの同期2人飲みに色をつけようって。っで、その子の同期で親友の橘葵も連れてきてもらった。2人とも20代〜30代半ばまで、男運がなかったり、自ら仕事以外を放棄してた、性格もルックスもいいのに。」

「Jake。河合由美香って最近その件でよくうちの会社に来てるよなぁ。Jimmyが担当だ。」

「正解!それで、何度か飲むうちに、玉田と由美香ちゃんが付き合い始めた。っで、俺は、橘葵を見てて少しかわいそうになった。ちょうどその頃Jimmyの将来について相談に乗ったりしてたんだけど、この2人が合いそうで、中華街に連れてった。」

「それが、あの時か。」

「一方で、春麗は日本に来て2年、貿易会社の仲間はいるけど、社風でそんなに深い仲間がいない。だから、日本では俺しかいなかったんだよ、家庭持ちで不自由させる俺しか。だから、中華街に春麗も連れて行って、3人の知らない者同士の不思議な仲間を作っていった。

っで、その6人で飲むようになり始めた頃には、バツイチ50歳上司と13歳年下の部下っていうカップルと、バツイチ41歳と37歳のアラフォーカップルと、50歳既婚と34歳中国から来て2年目女子っていう国際不倫カップルっていう不思議なパーティーになった。」

「Team Heavenly Life、略してTHLって呼んでるの。」

「食事したり、女子会があったり、軽井沢旅行に行ったり。それが、今や、1組は婚約、1組は同棲、春麗には、葵ママが日本のお母さん状態になってるし。みんな、人生の中間地点で、新しい生きる意味っていうものを求めて手に入れ、育ててく仲間になってるんだよ。

そして、今、お二人には、ようこそTHLへ、っていう流れ。」

「素敵じゃない!そこに入れて頂けるの?女子会やったら、私、最年長で嫌がられないかしら?」

「はっきり言って、年齢は関係ない仲間になってるから、反対に、香穂さん、気を遣われないって怒らないでね。みんな、それぞれにいろいろ経験してきてる年齢だし、尊重しあってるっていう感じ。」

「Jake。俺の中でいろんなことが今の話でいっぺんにつながったぞ。最初に言われたことの意味も理解した。面白いな!それって、この年代になったからできる『深いところでの繋がり』みたいな部分も大きいんだろうなぁ。う〜ん、面白い。是非とも、そのメンバー達と広い星空に自分の星を見つけていきたいね。玉田が一緒っていうのもいいよ。」

「Kou、香穂ちゃん。それでな、絶対に俺と春麗の存在は対外的には知らせたくないんだよ。春麗と俺のことが表に出れば、まず春麗に不幸が舞い込む可能性が高い。だから、2人のことを知ってる人がいちゃダメなんだよ。春麗が幸せでいられなくなったら、俺は本気でそいつを殺す。妻だったらしないが、春麗のためなら俺は死んでても守るから。そこは、協力して欲しいんだよ。」

「いいわよね、浩一。それがルールっていうことで。了解だわ。」

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