第27話 「結婚」の意味

土曜日、午後12時45分。少し秋の色が入ったDodger Blueの空に入道雲と筋雲が同居している。四葉記念病院の駐車場にBMW320Siを停め、橘裕子、葵の母がドアを開ける。助手席からは春麗が降りてくる。俊樹は、トランクを開け、大きな紙袋を取り出す。2人がドアを閉めたのを確認して、俊樹はドアをロックした。春麗には不思議な魅力がある。既に葵の母とはまるで親子のような親しさにあり、車の中でも俊樹が気を遣われる始末である。敬服する。

病棟に入り、エレベーターで5階に上がる。南ナースセンターの前を通り抜け、504号室に入ると、純平が少し疲れた顔をして、既にパイプ椅子に座っていた。葵はベッドをリクライニングモードにして、笑顔で話している。頭に巻かれた包帯、固定された左腕と、台に乗せられた右足が、葵の笑顔とアンバランスに思えた。

「あぁ、お母さん!春麗と竹内さんもこんにちは。ごめんね。せっかくの天気の休みなのに、こんなところでデートなんてねぇ。」

「お母さんには、そこだけは理解を超えてるのよ、このお二人。うふふっ。」

葵の母は、理解を超えていると言いつつ、自然に2人の関係性を受け入れているのも不思議である。

「葵ちゃんにお土産。」

俊樹がそう言いながら、大きな紙袋を、ベッドにセットされたテーブルの上に置いた。中には、大量の女性誌と雑誌と少女マンガが入っている。

「具合はどうですか?」

春麗が優しい目で問いかける。

「痛み止めの薬と化膿止めの点滴がなかったらヤバい。フッフッ。やっと今朝からトイレに行ってもよくなったから、余計な管が抜けてすごく楽になったわ。なんでこんな目に会わなきゃいけないのかねぇ。ッフッフ。」

「神様のいたずら。人生、良いことも大変なこともあるのよ、って。それと、ここのところ、いっぱい人生を謳歌してるから、ちょっと休憩しなさい、って。」

春麗らしい言い回しで和ませる。

「休憩も暇すぎるとやっぱり辛いだろうと思って、雑誌、いっぱい買ってきたよ。」

「ありがとうございます。

春麗。神様ねっ、大変な時にも良いことがあるから教えてあげる、とも言ってるわ。

純くんが、本当に優しいの。もう私、ダメ。純くんに心からやられてる。一緒にいてくれて、ほんと幸せなの。」

「おい!おば様の前でそういうの、俺はどうすりゃいい、、、」

純平が少し慌てているのを見て、みんなで笑う。

「純平さん、そろそろ、その『おば様』はやめて、『お義母さん』って呼んでみてはいかがかしら?」

「おば様まで。分かってますから。物事には順序ってものが。。。」


「やっぱり出遅れたなぁ。よぅっ!由美香が家の前であんなに待たせるからだぞ。っはっはっ。」

玉田と由美香の到着である。

「いらっしゃい。

そうそう、玉田さんと由美香さんはご婚約おめでとうございます。11月なのね。忙しい時期なのにありがとうございます。

婚約パーティーも素敵だったらしいですわね。私も主人とご一緒したかったわ。少し主人にも免疫を付けておかないとねぇ、葵?

、、、そうなのよ。昨日と一昨日の夜、シュンちゃんにみなさんのこと、いろいろ伺ったの、2人でお酒飲みながら。」

春麗は、的確に、かつ、バランス感覚を持って話す、と誰もが思っているので、何を話したか、どう話したか、などという愚問は誰からも出てこない。それはそうと、既に春麗は『シュンちゃん』となっている。


玉田と由美香は、午後3時頃に所用と言って、帰って行った。俊樹と春麗、純平と葵の母は、夕方までいた。母は、今日は一旦自宅に帰ることにしており、1階で別れたが、3人は、俊樹の車に乗り、品川方面に移動した。


駅ビルの最上階にあるその店は、ニューヨークの本店の内装をそのまま移転してきた装いである。Carly Rea JepsenのCall me maybeがテンポよくな流れる中、レセプションで予約を告げ、案内係についていく。500㎡近くある店内は入口付近にカウンターバーがあり、通り抜けると、ほぼ全体が見渡せる。4人〜10人程度のテーブルが整然と配置されている。どのテーブルでも生のオイスターとドリンクが注文され、楽しげな顔が並んでいる。

俊樹たちが案内された席には、式場の打ち合わせを終えてきた玉田と由美香がすでに着席し、シェリー酒を飲みながら談笑していた。玉田が先に俊樹たちに気づいた。

「よぅっ!お疲れ様。」

俊樹は、腰を降ろす前にシェリー酒を4つオーダーした。

片側に由美香、純平と春麗が座り、向かい側は玉田と俊樹が席に着いた。

「葵ちゃんは、大丈夫そうかな?純平君も大変だと思うけど。」

すぐにシェリー酒が運ばれてきて、乾杯をして、国内外様々なオイスターとクラブを3皿頼んだ。

「皆さんには、いろいろとご負担をお掛けして、ご協力頂き、感謝しています。まだお手伝い頂くのは続くんですが、この店は俺からのお礼ということで。」

「全然負担なんていうことはないですよぅ。私は母親が日本にいないから、お母様に泊まって頂けて、いろいろ話ができるのは嬉しいし、それが葵さんとJimmyさんのお役に立てたのなら、ほんと、良かったです。」

春麗がいうと、純平が続けた。

「今、ここには、結婚準備中の人、検討中の人、障害克服中の人、それも大人の方々が集まってますよねぇ。俺は、今回のことで、改めて『結婚』っていうものの意味をこれまでと違った視点から考えさせられました。

葵がひどい状況になってるのに、病院では、ただの他人扱いで、情報開示ができないって言われ続けましたし、今でも。同棲っていうのは、やっぱり世間的には所詮その程度にしか扱われないんですよね。

どんなに守ってやりたいと思っても、考えもしなかったハードルに阻まれてます。」

小さなため息をつくと、俊樹が答える。

「残念だけど、それはそうなんだよ。愛し合っていて、障害がないのであれば、結婚するもの、っていうのが、普通の見方なんだよな。いろんな考え方を持ってる人がいるし、いろんなステージがあるのに、ルール、ルールって無用なプロテクションが働いてるんだよな、この世の中は。」

「そうよね。私も結婚決めたけど、この人と一生一緒にいる、支え合うっていう決意が、結果的に結婚っていう形を選んだだけ。いろんな決意の形があっていいと思うけど。そんな障害のことなんか、全く考えてもみなかったわ。言われなければ、一生考えることもなく過ぎていたかもしれない。」

由美香が拾い、感慨深く答えた。

その時、ウエイトレスが殻の付いたオイスターを氷の上にずらっと並べた大皿を2つと、クラブの乗った皿を3つ運んできてテーブルに置き、どのカキがどこ産か順番に説明し終えると、スマイルを見せて去っていった。

春麗がオイスターを1つ小皿に取り、レモンを絞りながら続けた。

「私は、結婚している人を好きになってしまったから、いろんな障害があるの。でも、Jimmyさんのいうことは考えたことがなかったから、今、少し心配になったわ。それに、私、中国国籍でしょ。国際結婚っていうのも障害は多いの。しかも、日本には静岡に姉夫婦がいるだけ。でも、そういういろんな障害があるからこそ、俊樹さんはいろんなフォローを一緒に考えてくれて、愛を確認している面もあるの。」

俊樹は、ふと思い出した。

「、、、そういえば、前に俺が急性胃潰瘍で1週間入院した時、妻は結局1度も病院に来なかったよ。ドクターの説明も、下着の買い出しも、全部自分1人でやったのを思い出した。結局、うちの結婚って、本当の仮面夫婦だな。ははっ。いてもいなくても関係ない、っていうか、いるからいろいろ面倒なんだけどな。」

「それじゃあ、竹内さんにとって、結婚って何?」

由美香は純粋にこの質問をしてみたくなった。

「ん?それは、みんなと同じだよ。ただ、うちには子供達がいるっていうことだよ。未来のある子供達がね。だから別れないだけで、愛することや愛されることは春麗が満たしてくれてる。俺が甘えてるだけなんだけどね、このSuper Human Churinに。

、、、ゴメンな。」

「竹内。人生、深いなぁ〜。」

玉田が答えている時、春麗の顔にかすかに寂しさが宿った。

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