第26話 緊急入院

「John。急ですいませんが、早退させて下さい。、、、ちょっと所用で。」

俊樹は、午後の仕事の一段落で、ちょうどリフレッシュルームに向かおうと立ち上がったところで、純平の声は聞こえたが、そのまま行くことにした。コーヒーを淹れていると、案の定、純平がオフィススペースからエントランスを抜けてエレベーターに急いでいる。その後ろから俊樹が声を掛けた。

「Jimmy。どうした?」

「葵から、緊急入院するって病院名だけメールがあったんですが、それしか書いてなくて、まだよく分かりません。取り敢えず行ってきます。」

「どこの病院で、どんな容態か、とにかく連絡くれるか?それを待ってTHLに連絡するから。」


午後4時。純平から俊樹に電話があった。

それを受けて、俊樹がグループLINEにメッセージを入れる。

「緊急招集


竹内です。

夜8時に四葉記念病院の緊急外来受付付近 集合。

葵が交通事故で緊急手術。(整形外科?)

7時頃には手術が終わる見込み。」


「とにかくその時間までに、できるだけ早く行く。 玉田」

「Jimmyさんは病院?もう少し詳しく教えて下さい。 春麗」

「私は5時半には会社を出て、とにかくそちらに向かいます。 河合由美香」

「私も詳しいことは教えてもらえていません。

横断歩道を横断中に車が突っ込んできたようです。

どの程度の怪我かまだ分かりません。

まもなく葵のお母さんが来て、説明を受けられると思います。

私は、今のうちに一旦帰り、葵の身の回りのものを取ってきます。岡田」

「この分だと、6時頃には集合してそうだな。

では現地で。 竹内」



「事故で緊急手術の橘葵さんのお見舞いなんですが、どちらに行けばいいですか?」

小走りで駆け込んできた春麗が、少し慌て気味に聞く。

「ちょっと待って下さい。、、、もしもし、緊急受付です。交通事故の橘葵さんの面会はどちらに案内すればいいですか?、、、まだオペ中?はい、わかりました。どうも。

まだ手術室ですが、5階の病室になりますので、5階の南ナースセンターで聞いて下さい。エレベーターはあっちね。」


南ナースセンターには、向かいの4人部屋を通して、まだ夕陽が差し込んでいる。そこにいるのは、白衣姿の若いドクターらしき人、1人PCのモニターを覗き込んでいるだけで、ナース達は、夕食を配膳して回っている。春麗は、その1人をつかまえて問いかけた。

「橘葵さんのお部屋はどちらになりますか?」

不安そうに聞く春麗にナースは微笑みながら明るく答えた。

「あぁ、まだこちらには来てないけど、504に入ることになってますよ。、、、私たちもまだ聞かされていないけど、手術からICUではなくて一般病棟、しかもナースセンターの向かいの部屋ではないところに来るんですから、きっと大丈夫ですよ。」

春麗はお礼を言い、少しホッとしながら504号室に向かった。大きなスライドドアの横にネームプレートの差し込みが4つあり、葵とあと2人の名前があった。クリーム色のカーテンでベッドごとに仕切られているが、各ブースはスチールパイプの椅子を置いても余裕があるほど、割とゆったりした空間が与えられている。奥の右側の区画だけカーテンが閉められ、左側の窓側の区画にはベッドもない。そこで1人の女性が窓の外を見ている。

薄手のグレーのジャケットに長めの茶色いフリルスカートを履いている。ロングヘアーをこざっぱりと後ろでまとめていた。

「あのぅ、失礼ですが、葵さんのお母様でいらっしゃいますか?」

女性が振り向くと、聞くまでもないというほど葵によく似ている。あと2、30年すると葵はこんな感じになるのだろう、と容易に想像できる。

「あっ、私、葵さんに仲良くして頂いてる、シュンレイと申します。

事故に遭ったって伺って、慌てて来てしまって、お見舞いも持たずで失礼しました。

葵さんのご容態は如何なんでしょうか。」

「そうですか。わざわざありがとうございます。どうやら、足と腕をひどく骨折してるらしいんですよ。頭を打ったみたいで、同じく怪我はあるようですけど、レントゲンでは異常なさそうですって。幸運にも内臓や背骨は大丈夫だったそうよ。どんなものか、会ってみないとわからないわねぇ。」

葵の母は言いながら、少し微笑んだが、かなり心配そうである。

「岡田さんはまだ戻られてないんですね。

他のお友達ももうすぐ来られると思いますが、私も1人だと不安だし、お母様と一緒にいさせて頂いても、お邪魔じゃないですか?」

「ええ、勿論。私も1人で心細かったの。ありがとう。ちょうどお父さんが来週末まで出張でいなくてね、余計にどうしたものかって。」

「廊下の奥にリフレッシュルームっていう看板が見えましたよ。そこで待ちましょうか。先にいらしていて下さい。ナースに言ってきますから。」


「シュンちゃん!どうだって?」

由美香が到着した。

「由美香ちゃん。

あっ、こちら葵さんのお母様。」

「初めまして。河合由美香と申します。葵さんの会社の同期で、いつも一緒させて頂いています。」

「お忙しいのに、ありがとうございます。」

葵の母は、あらためて容態を説明した。


「橘葵さん、お部屋に来ましたよ。」

ナースが呼びに来てくれたので、3人は飲んでいたカップのお茶を片付けてテーブルから離れ、ナースの後をついて行った。504号室に入ると、半分開いたカーテンからベッドに横たわる葵の足が見えた。右脚は台のようなものにくの字に乗せ固定されている。

カーテンの陰から花束を持った男達の姿が見えた。俊樹と玉田が葵を乗せたベッドと同じタイミングで上がって来ていた。葵のお母さんと挨拶を交わしていると、ナースが母を呼びに来た。ドクターが状況を説明するとのことで、南ナースセンターへ向かう。

葵は、まだ麻酔で眠っている。その横で、春麗が聞いている容態を男性達に説明した。そこに、ローラーの付いた小旅行用のバッグを持った純平が入ってきて、荷物を置くとすぐにまた出て行った。由美香は、ナースセンターで花瓶を借りてきて、花束を生けに化粧室に向かう。


暫くして、純平と葵の母が戻ってきた。まだ暫くは麻酔で眠っているとのことで、全員で病院内のレストランに移動した。

「皆さん、お忙しいのに、本当にありがとうございます。葵にいいお仲間がいて下さって嬉しいわ。」

「っで、どんな状況なんですか?お伺いできる範囲で。」

玉田が問いかけた。

「ええ。右足の大腿骨っていうのかしら?っが骨折。っで、多分跳ね飛ばされた時に左半身を無防備に打ったみたいで、頭の左側を切って出血がだいぶあったみたい。それと、左肩から腕にかけて2ヶ所の複雑骨折ですって。手首近くには太い針金4本を打ち込んでポッキリ折れてしまった骨を繋いでるんですって。

順調にいって退院まで1ヶ月。リハビリしながら松葉杖が2、3ヶ月って。でも腕もダメなのに松葉杖って大丈夫なのかしらねぇ?左側は全治4、5ヶ月はかかるって言ってたわ。頭は、今は大丈夫でも、後から内出血が出てくることもあるから、まだわからないけど、検査を続けるって。

5階に上がる前に、警察の方に聞いたんだけど、車が信号無視で突っ込んできてしまって、葵は避けられなかったんですって。目撃者もいっぱいいて、警察もすぐに駆けつけて、運転手は確保してるって言ってたわ。葵が落ち着いたら、話を聞きに来るそうです。」

状況を聞き終えて、俊樹が引き取った。

「そうですか。とにかく今は安静しかないですね。葵さんは保険会社にお勤めですが、彼ら2人も同じ会社ですし、我々2人は保険を取り扱っているコンサルティング会社にいます。事故の対応は専門ですから、お母さんは、とにかく彼女の介抱に専念してあげて下さい。

この5人は、恐らく今彼女が最も仲のいいメンバーなんです。きっと暫くは、我々の集合場所も葵さんのベッドの周りっていうことになりますよ。

春麗、何か紙あるか?みんなの連絡先をお母さんにお渡ししておこう。お母さん、ご自宅からここだと片道2時間以上かかるでしょう。毎日では負担が大きすぎて、今度はお母さんが葵さんの隣に入院することになっちゃいますから、我々もフォローしますよ。」

「ありがとうございます。でも、そこまで甘えられないわ。」

純平が続けた。

「おば様。彼らがいなければ、僕は葵さんと知り合うこともなかったんですよ。ましてや、一緒に暮らすなんて。今、葵さんと人生を共有している大切な方々なんです。大丈夫。

まずは、僕が出来る限りの事はしますし、皆さんも快く協力して下さいます。うまく分担させてもらいましょう。」

春麗が、瞳の奥から微笑みながら、お母さんに語りかけた。

「お父さんもご出張中だし、まずは、みんなで葵さんを支えてあげましょう。ねっ?」

「由美香ちゃん。葵ちゃんの傷害保険やら所得補償保険やら照会できるよね。対応お願いできる?玉田、相手の自動車保険の対応、お母さんと一緒にいいかなぁ?っで、純平、お前、明日と明後日は会社、休みな。そしたら、土日だ。4日間あれば少しは葵ちゃんも落ち着くだろう?仕事の課題、あとで俺に教えて。俺からJohnに事情を説明するけどいいな?っんで、春麗は、純平と連絡取り合って、純平を助けてあげて。あと、出来るだけお母さんと一緒にいてあげて。」

純平がお義母さんを安心させるように続けた。

「おば様、竹内さんは、会社でもこうです。段取りいいんです、この方。」

春麗がこれに被せる。

「お母さん、嫌じゃなかったら、私の家に泊まって下さい。私、1人ですし。ここに来るのも楽ですから、力不足かもしれないけど、ご心配も1人で抱えなくて済むわ。前に葵さんが遊びに来られたこともあるんです。

そういえば、お母様、携帯電話ってお持ちかしら?ねぇ?お母さんを入れたグループLINE作ります?」

「何から何まで!甘えてしまっていいのかしら。」

「ご心配なら、まずは、葵さんが目を覚ましたら、このことをお話ししましょ。そうよ、そろそろ目をさます頃じゃないかしら?行ってみますか?」

由美香が締めくくって、レストランをあとにして、病室に向かった。

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