第23話 結婚へのゲート

「俊樹さん、今、大丈夫?良かった。

由美香ちゃんから電話があったの。昨日、プロポーズ、受けましたって。いろいろありがとうって言ってたわ。」



純平とふたりで昼食を摂るのは久しぶりだ。しかも、彼から声をかけてきたのは初めてである。

ロコモコを食べさせるその店は、会社から2ブロック離れたビルの1階にある。12時を過ぎると行列ができる繁盛店で、まだ11時40分だというのにほぼ満席になっている。明るい店内は、白木調でまとめられ、若い店員たちの赤と白のコスチュームが映える。Shawn MendesのStitchesが心地よく耳に入ってくる。

「葵から聞いたんですけど、玉田さんと由美香ちゃん、結婚決まったんですね。お祝いしましょうよ。なんか、僕もすんごい嬉しくて。」

「あぁ、そうだってね!俺も昨日の夜、春麗から聞いたよ。良かったねぇ。11月に式だって?」

「何か、サプライズのお祝いパーティーか、オシャレなのか。プレゼントもしてあげたいですよね。」

「じゃあ、THL4人のグループLINE作ってよ。そこで打ち合わせよう。

そういえば、俺、ちょうどクルーズのオーダーしきゃいけなかったんだよなぁ。これに引っ掛けらんないかな。完全オーダーメイドのクルーズっていうやつ。ちょっとしたミニパーティーもできると思うぞ。俺が担当してる四葉物産が竹芝とお台場と横浜で始めたヤツ。手がとどく値段だし。ホームページ見てみて。休みの日の日中に半日借り切ってってどうだ?今回はさすがにちょっと奮発してもしょうがないだろう。でも、商用で買わなきゃいけないってことで、一部は会社の経費で落とせるな。」

「OKです!

あぁっ、Jake。由美香ちゃんに仕事で接してるところでは、まだこの件、触れちゃダメですよ。僕たちが知ってるっていうのも、彼女にとって、対外的にはどうなのか分からないですから。」

「はいはい。Jimmyもみんなの距離感、掴んできたねぇ。っはっは。」

胸元でiPhoneのバイブレーション。表示を見ると、「玉田」。そういえば、彼の口からはまだ聞いていなかった。

「はい、竹内です。何のご用でしょうか。」

純平は、運ばれてきたロコモコを口に運びながら、聞き耳を立てている。

「あーっ。玉田でございますが、ご機嫌いかがでしょう。」

「俺の11月の予定はもう空いておりません。とある方々の結婚式の日程がまだ未定で、これ以外のブッキングは何もできません。」

「そのご報告をさせて頂きたくお電話しました。」

「とにかく、おめでとう。もうTHLはみんな知ってるぞ。良かったな。」

「あぁ、、、。ありがとう。

まだ、向こうの家にも挨拶に行ってないし、結納だなんだもしなきゃならん。式は、取り敢えず海外でやって、その後、パーティーだけ日本でしようかって話してる。式には、THLはじめ、近しい人だけでって。なんせ、大人の結婚なもんで、日本で結婚式となると、難しいこともありそうでねぇ。」

「まぁいいさ。楽しんでくれ。

っで、ますは婚約パーティーするから、そのつもりで宜しく。主催はこっちだから、玉田は結婚と新婚の準備に勤しんでくれ。会社であまり浮かれんようにな。おめでとう。」

「おぅ。じゃあ、また連絡するわ。」


純平は、電話を聞きながら、俊樹と浩一の距離感に似たものを俊樹と玉田の間にも感じていた。お互い、3のことを話したら10のことが分っている。



「明日は、リゾートフォーマルだぞ。間違っても短パンなんかで来るなよ。」

金曜日、帰り際に俊樹が純平に小声で囁く。

「OKです!じゃあ、2時に現地で。」



ハーバーの駐車場にInterlagos blueのメタリックという深い青がよく似合う。その色のBMW320Siの運転席から俊樹が降り、助手席のドアを開けると、膝丈のシーグリーンのワンピースから伸びる脚先のハイヒールが地面に降り立った。アスファルトにイタリアンローズの赤みが爽やかだ。白いレース地のカーディガンと首元の大きなパールのネックレスがドレスに映える。程よい肉付きの腕には黒いプラダ サフィアーのチェーンバッグの金色が上品である。アップにした髪には大柄の白い花飾りを施し、シンプルな化粧とパールのピアスがマッチしている。

BMWの向かいには、純平のトヨタアルファードが到着した。葵が助手席から降り立ち、リアのスライドドアを開き、大きな花束と大きな紙袋を取り出すと、純平が受け取った。

葵は、膝下まであるアフリカンバイオレットのワンピースに白の細いベルトをしている。ベルトに付いたゴールドチェーンが腰元を飾っている。春麗と同じく、レース地のカーディガンを羽織り、手には濃い青の小さなバッグを持っている。大きめの石があしらわれたネックレスと、シルバーの大きな輪っかの輝くイヤリングが目を引く。眉と目元がハッキリしたメイク。うっすらと黄色味を帯びたエナメルのヒールも鮮やかだ。

濃い抜けるようなDodger Blueの空に4人のパーティールックが映える。夏の終わりの海風が心地よく4人にそよいだ。4人は軽く挨拶をして、ハーバーのゲートに向かった。純平はiPhoneで運転代行に3台分の取り扱いを予約している。

ゲートの中にあるカフェに向かうと、ボズスキャッグスのWe're all aloneが聞こえてきた。中に入り、アイスコーヒーを4つオーダーすると、俊樹はカウンターに行き、クルーズのコンファーメーションの手続きを終えた。あと20分ほどで乗船できるようだ。入れ替わりに、純平がクルーズ船の方に向かい、クルーと今日の段取りなどを打ち合わせている。

クルーズ船は45フィートの15〜20人乗りで、6人で貸し切るには少し大きくもあったが、これより小さいと、ただのボートのような形状になってしまうためこの船に決めた。今日は、4時間、このクルーズ船を好きに使える。品川を出港して横浜の方まで、かなり大回りをしてもらうことになっている。


3人のスタッフがケータリングの準備やドリンクを船に運んでいくと、出帆の準備ができたとクルーが呼びに来た。純平と葵は、荷物を持って先に乗船していった。2人を見送る春麗の眼差しは、優しく微笑んでいる。

俊樹は、その横顔からゲートに眼を移すと、玉田と由美香が見えた。由美香は、白地に大柄のオレンジ色と黄色の花をあしらったショートスリーブのロングドレスに淡い赤色のパンプスと、同じ色のフォーマルバックを出に下げている。少し茶色がかったカーリーヘアーを片側だけ後ろに流して留めている。バッグと反対の手は玉田の腕に絡め、見るからに仲よさそうにカフェに向かってくる。

俊樹がテーブルから立ち上がると、春麗もバッグを持ち、俊樹の腕につかまって、2人でカフェを出た。

「ようっ。気分が悪くなるぐらい快晴だな。天気も2人を祝福してるって感じか?」

「ありがたいねぇ。今日は楽しみにしてきたよ。なぁ、由美香。」

「竹内さん、春麗。ありがとうね。クルーズパーティなんて素敵。」

「由美香さん、綺麗!内側から輝いてるっていう感じね。やっぱり、玉田さんのお陰かしら。ふふっ。」

4人が渡板を渡って乗船していくと、正装した船長と2人のクルーが出迎えてくれた。そのままメインロッジに入ると、窓際に純平と葵がいた。

適度にクーラーがきいていて湿度も抑えられている。バックでかかっているホイットニーヒューストンのI will always love youはかなり音質が良い。

鮮やかな紺色地に白い波模様をあしらった毛の短い絨毯が敷き詰められた室内は、木目の天井に洒落た照明が6ヶ所とスポットライトらしきものがセットしてある。左右と後ろのほぼ全面がガラスばりで、思いの外景色がよく見える。やや後ろよりに白いテーブルクロスのかけられた大きめのテーブルが1セット置かれている。T字型に組まれたテーブルには、ガラスの花瓶に花が生けられている。

手前側の側面には、ドリンクカウンターと俊樹がレンタルを注文したジュークボックスがあり、反対側にはソファセットが配置してある。中央は、ダンスをするのにちょうどいい広さが開けてある。

葵が玉田と由美香をテーブルの誕生席に促し、みんなも着席した。すぐに船長が来て、挨拶をしていった。

シェリー酒をオーダーして、出帆する頃にはパーティが始まり、遅い昼食となった。

馴れ初めからの色々な話に花が咲いた。食事は、フランス料理のコースで、品川の5つ星ホテルからのケータリングが正解だった。

ピノノワールを2本空ける頃には、メイン料理の鴨肉が運ばれ、すぐにメルロも2本空いた。


食後、ボビーマクファーレンのDon't warry, be happyが流れる中、デッキに上がってみることにした。30㎡ほどのトップデッキは遮るものもなく、360度見渡すことができた。


出帆以来、船は大きく揺れることなく、心地いい時間を過ごしている。陽が少し傾き、水平線と陸地を照らしている。玉田と由美香は寄り添ってワイングラスを手にデッキの柵に寄りかかって夕陽を見ながら話しては笑っている。純平と葵は、聞こえてくるグレンフライのThe One you loveに乗って中央で気持ちよさそうにチークダンスを踊っている。春麗は、木製の大きなリクライニングチェアに寝そべる俊樹の腕の中で、色が変わっていく空を眺めては、俊樹を見つめ、何か語りかけている。曲が、J.D.サウザーのYou are only lonelyに変わり、3組はメインロッジに戻った。

場所をソファに移したところで、葵と春麗が、2人からと言ってプレゼントを渡した。開ける前に、俊樹が立ち上がり、部屋の隅からリボンのかかった箱を持ってきて、同様に、純平と自分からだ、と渡した。

「葵ちゃんと2人で青山に探しに行ったの。

いろいろ迷ってこれにしたんですけど、迷うのも楽しかったわ。」

「そうそう。なかなか決めきれなくて、一度行った店にまた戻ったりしてね。へへっ。結局、おしゃれな実用品がいいよねってことになったの。」

由美香が開けると、デロンギのパワーブレンダー ミキサーの箱が見えた。純平が続けた。

「こちらは、お2人で、夜にゆったりとやってもらえたらって。」

外装で、もうある程度は分かったが、バカラのシャンパンフルートのペアだった。

「いやぁ。クルーズパーティーだけでも最高なのに、こんなプレゼントまで。今日のことは、忘れられないだろうなぁ。天国だね。Heavenly Lifeをもらってるね。」

「ほんと。すごい企画力!Happyだわ!

ちょっと、マリッジ前のブルーがあって、竹内さん達に相談した時もあったけど、お陰様で、決めたの、この幸せを掴むって。」

「由美香もか?俺も告ってから答えもらうまで、竹内に相談に乗ってもらってた。っていうか、安心させてもらってた。こいつ、由美香から相談あったなんて何も言わないから。」

「えぇっ?春麗も何も言ってくれないんだもん、知らなかったわ。」

笑いが起きて、和んだ。っと、俊樹がジュークボックスに向かい、コインを入れた。

「さぁ、陽も暮れてきたよ。あと1時間で下船だし、チークタイム!」

スティービー BのBecause I love youが流れ始めると同時に、クルーが部屋のライトをダンスモードに切り替えた。ゆったりと6人の時間が流れていく、2人の時間が過ぎていく。

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