第21話 人生の折り返し地点にて

翌朝は、11時半にリビング集合ということになっていた。俊樹と春麗が眠りについたのは7時頃だったので、3時間半睡眠といったところか。準備を終えて1階に下りると、まだ誰もいない。みんな寝不足なのだろう。

俊樹と春麗がカーテンを開けた。窓を開けると、夏の避暑地の透明な匂いがした。俊樹は、大きく伸びをした。

12時前になり、全員が集まり、車に乗り込んだ。

今日、決まっているのは、外で美味しい朝昼兼用の食事をしよう、ということだけだ。そもそも、美味しい食事をどこで取るかも決めていない。

走り始めると、春麗が、決まっていないのなら行きたいところがある、と3列目の座席から道を指示した。軽井沢銀座よりも手前で右折し、しばらく行くと、林の中の別荘の間にカフェが見えてきた。春麗のお目当はここのようだ。ヨーロッパのおしゃれなオープンカフェのような出で立ちで、建物の中には12, 3の4人掛け長方形のテーブルがあり、テラスには、建物沿いに4つの真四角のテーブルが並べられている。屋内に入り、2つのテーブルを正方形に近い形で繋げてもらい、各辺に1カップルずつ座った。

周りには、女子3人組や若いカップルや老夫婦が食事をしている。ジョンレノンのJust starting overがかすれそうな小さな音でかかる中、木漏れ日が爽やかに林の隙間から漏れている。

グロッグサンド、BLT、デニッシュ、オムレツ、サラダ、フルーツの盛り合わせなどの料理と、コーヒーや紅茶と、取り皿を6つオーダーした。手をつないだり、見つめあったり、じゃれ合っているのは、このテーブルだけだったが、誰も気にしていない。どうせだったら、英語や中国語で囁き合って、自分たちだけの世界にでもしてしまいそうな勢いである。

葵が、フルーツヨーグルトを食べながら、みんなに切り出した。

「さあ、この後どうしましょう?滝とか、山とか、自然観光にいく?銀座でブラブラする?アウトレット?天気もいいし、自転車?ゴルフは突然すぎて無理かな?んー、他には、温泉っていうのもあるね。あとは、ドライブで少し離れるっていうのもあるけど、これも半日じゃあ疲れちゃうねぇ。」

「取り敢えず、今日は寝不足だし、アウトレット行って、その後、美味いもの食って、買い出しして帰るっていうコースでどうでしょう?お年の方々にはそれぐらいが、、、。」

純平が言うと、玉田が答えた。

「お年は大きなお世話だけど、そのコースいいんじゃないの?」

「帰る前に、どこかで日帰り温泉寄ろうよ。」

俊樹が言うと、みんな賛成した。



全員が定位置のシートに着き、玉田がリアのスライドドアを閉めると、純平はエンジンをかけた。砂利の敷き詰められた駐車場から細い舗装路に出て、木洩れ日の間をゆっくりと進んでいく。

「純平、そういえば、ジャム君はホテル?」

俊樹が聞く。

「そうです。ペットホテル。いい子にしてるといいんですけどね〜。」

「大丈夫でしょ。あの子は頭いいもんねぇ。」

葵が拾うと、由美香が聞いた。

「ペット?ネコちゃん?いくつ?」

「メインクーンっていう種類のオスの3歳。成人になると1mを超える大きさになるんですって。小さい時はいろんなところ引っ掻いて、ソファの足元とかボロボロにしちって大変だったけど、今は、僕がベッドで横になって雑誌とか見てると、横にちょこんと寝そべってじっと僕のこと見てますよ。

でもね、最近は、もう1人ご主人様が増えた感じで、そっちのそばにいることも多いかなぁ。なあ。」

純平は、ちらっと葵の方を見ると、葵は少し嬉しそうに言う。

「最近、純ちゃんっちに引っ越そうかって話してるんですよ、私たち。2人とも一人暮らしだし、なんか別々に暮らしてる意味、ないかなって。」

「へぇ〜。一緒に暮らすのか。。。いいね〜。」

玉田に続いて、春麗が言う。

「そういえば、Jimmyさん、結構広いところ住んでるんですって?」


アウトレットまでは、15分もかからなかった。午後の少し強い日差しの中、車を降り、6人でウインドを見て回った。気がつくと、女性3人でショップに入り、男達は後ろからついていき、時々彼女に呼ばれて品評に付き合う、といった構図になっていた。女性3人は少しはしゃぎながら、洋服を選んだり、バックを手に取ったり、一緒に品定めをしている。

俊樹は、その光景を見ながら、そのうちの1人が春麗であることが幸せだった。日本で、彼女に素晴らしい大人の友達の輪ができ、自然に楽しんでいるその笑顔を見ることができるのが嬉しかった。微笑んでいる春麗が愛おしい。

隣にいた玉田が、同じように女性陣に目をやりながら、2人に言った。

「今年は、ひとつ、人生の転機の年だな。身も心も満たされてるっていう感じだ。プライベートがこうだと、仕事してても何しててもEnjoyできるっていうか。」

「俺も、しばらく止まってた車が動き出したみたいな。錆びつきかけた車で、どう運転するのか忘れかけてて。進んでいく道も、何の景色も思いつかなかったけど、今は、いろんな景色を楽しんでます。自然な距離感で、いつも葵が景色の中にいますし。」

気の置けない仲間が、今を自然体で楽しんでいるというのも、俊樹には幸せだった。


人は、人を愛することで、愛せる自分を見出す。そして、その気持ちを分かち合うことで、生きている意味を共有する。男達は、今、この歳になり、それぞれが急がずゆっくりと実感している。


「由美香、俺たち、奥のコーヒーショップにいるから、1時間、3人で遊んでおいで。」



別荘に戻ったのは午後10時過ぎだった。

夕食は、俊樹がコーヒーショップからiPhoneで予約したフレンチレストランで、3つのテーブルに分かれてそれぞれに楽しみ、星野温泉の日帰りコースで湯に浸かり、今帰り着いた。

それぞれ部屋に入り、夜着に着替えて、間も無くリビングに降りてきた。ビールを飲む男達。俊樹は、iPhoneでエアロスミスのWalk this wayをかけた。由美香は、ラムやオレンジジュースでカクテルを作っている。葵と春麗は、キッチンスペースで話しながら、買ってきたピクルスやチーズを切っている。思い思いの動静が心地よい。


「しゅんちゃん。俊樹はどうなの?」

玉田の漠とした質問だ。

「ん〜?見ての通りですよ?私の居心地のいい白い雲です。もう6年も経つのに、いまだに新鮮な雲ですよ。前より今の方がもっとフカフカになった気がするかな。ふふっ。」

春麗が隣にいる葵に笑いかける。

「そういう玉田。由美香ちゃん、彼はどうよ?」

少し悪戯っぽく俊樹がふる。

「あんなですよ。ははっ。

さすがにいい年の男と女の付き合いでしょ?この先どうするとか、やっぱり考えるじゃないですか。」

春麗と葵が、つまみや乾きものを器に盛ってリビングのテーブルに置き、床に腰を下ろしてグラスに口をつける。

「ねぇ?結婚って何なのかなぁ?葵、昼間、純平さんと同棲するって言ってたじゃない?なんか、これまで、何となく結婚したいって思ってたけど、この人と一緒にいられる幸せって、別に結婚っていう形ばかりじゃないなぁ、とも思えるし。

、、、でも、こんなのって、春麗には、すごい勝手なこと言ってるって思うかもしれないね、選びようのない現実もあるしさ。」

春麗が由美香の言葉に答えた。

「いえ。お2人とは違うかもしれないけど、私こそ、結婚ってなんだろうって考えるとき、ありますよ。」

自分の手元を何となく見ていた俊樹は、ゆっくりと春麗を見た。

「そりゃあ、俊樹さんは結婚しているわけだから、俊樹さん自身、ましてや私の自由にはならないの。ずっと一緒にいたいって思う時期もなかったわけじゃないわ。

でもね、今は、私の中で、勝手に、全て腑に落ちてるの。

自由にならない一番の理由は、子供達なのよね。俊樹さんの一番大事な子供達。私もそんな俊樹さんを大事にしたいのね。いいか悪いか悪いかは別として、奥さんとの間には愛はないのも分かってる。結果的に俊樹さんは奥さんに束縛はされてないの。だからって、今別れることを考えちゃダメなの。私も分かれて欲しくないの、子供達のために。そして、俊樹さんが後悔しないために。でもね、私のこと、大事にしてくれてるし、私のところが俊樹さんの心が帰る場所になってるのも分かってる。

そう感じると、何も私の中に無理はないの。本当につながっているっていうことが私には大事で、結婚っていう形はどうでもいいの、今は。

ただ、結婚とは関係ないんだけれど、50歳の俊樹さんを好きだっていうことで、1つだけ諦めたっていうか、人生の選択をしてるの。自分の子供は無しっていうこと。だって、今産まれても、その子が大人になるときには、俊樹さん、70歳。っふっふっふっ。やっぱり、ずっと自由人の俊樹さんでいて欲しいし、そんな俊樹さんの隣に私がいたい。私の憧れは、子育て、家庭だなんていうのとは違うの。」

純平がかぶせた。

「でも、うちの会社には、70歳パターンの人も2人いるなぁ。まぁ、生き方の選択の問題だけどね。」

「そうね。好きな人が50歳だし、自分も37。どんな生活にしていきたいかって考えるよね。祐一さんは、子供が欲しいっていうし、私も欲しい。そんな家庭っていうのもいいなぁ、って思ってるけど、あまり考える時間は残ってないのかもね。っへっへっ。」

由美香はそういうと、微笑みながら少し上目遣いで玉田の方に顔を向けた。玉田も由美香の方を見てほほえみ返した。

「そうなんですよね。葵とも一緒に住むって言っているけど、俺も真剣に2人の将来に向き合ってるつもりだし、葵と一緒に創り上げていけるように話し合ってますよ。

なんか、皆さんのこんな話が聞けるっていいですよね。この歳になると、普通、結構こんな機会や仲間ってそうないでしょ?特にこの中だと、俺でも最年少だし、人生の勉強っていうか、ははっ。」

純平が締めた。

人生が80年だ、90年だというようになっているのに、半分過ぎたところからの設計について、実は、流されているだけ、流されるしかない人が多いようにも思う。今、彼らは、そんなところについて、楽しんで語っている。いや、語ることができていることが幸せだった。




初夏の朝陽が差し込むリフレッシュルーム。いつものように、コーヒーメーカーでバリスタコーヒーを淹れ、少し大きめの紙コップに一口つける。また、いつも通り、浩一が入ってくる。ガラス越しには、奈緒と司が出社してくるのが見え、お互いに軽く手を振る。また、戦場に帰ってきた。

昨夜のうちに、100通近い着信メールを一通りiPhoneでチェックし、日本の3連休中の動きを捕捉しており、今日の仕事の心構えはできていた。

相変わらず、RITSの諸案件が動いている。ニューヨークからは、日系企業のグローバル対応依頼があり、ドイツ発のトラブル対応要請も入っている。必要に応じて、メールの転送や指示も終わらせてあるが、まずは、フォローアップをして、今日の業務に入ろう。

「連休中はどうしてた?」

浩一がコーヒーをすすりながら俊樹に聞く。

「まぁ、のんびりだ。」

躊躇いもなく、いつも通りかわしているが、浩一は、わかってますよ、とばかり、軽く微笑んで答えた。

「そうか。俺もだ。」

いい距離感なのが心地よい。

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