第20話 幸せを噛み締める

金曜日、夜8時40分。新橋西口のファミリーレストランは意外にも、仕事帰りのサラリーマンが窓際に1人と、若いカップルが中央に一組いるだけだった。

バックにかかっているテイラー スウィフトのWe Are Never Ever Getting Back Togetherが少し空々しい。

その他には、壁際の4人席に見慣れた顔の男性が2人、神妙な顔で何か話しながら夕食を摂っている。通路を挟んで、3人の美女達も、料理を前に明るく談笑している。男性たちの座っている隣のボックス席には、中型のカバンが5つ整然と並べられていた。

「遅くなりました。。。」

俊樹は、引いてきたローラー付きの旅行カバンをボックス席に収納すると、玉田の隣に腰掛けながら、メニューを見て、すぐにオーダーした。

「お疲れ様!会社出るの大変だった?Jimmy君から多分竹内が最後だろう、って少し聞いてたから。」

「あぁ、なんとか。」

俊樹は、海外行脚中の奈緒と真二のカバーで、オーバーフローギリギリだった。顔を女性陣の方に向けると、ウキウキした顔が3つ、会釈を返してきて、俊樹の気持ちを落ち着かせてくれた。

「Jimmy。何時にここ出るの?」

俊樹が聞くと、純平は時計を見ながら答えた。

「そうですねぇ。9時半ぐらいまでには出ましょうか。関越も空いてるとは思いますが、それでも午前1時ごろの到着ですね。」

明日からの3連休を、純平の友達が持つ軽井沢の別荘で、6人で過ごす。純平が所有している8人乗りのトヨタ アルファードで移動する。

俊樹は、百合には、大きなゴルフコンペで軽井沢だといってある。その時横にいた絢也に対しては、後ろめたい気持ちになった。用意周到に、先週末にゴルフバックを持ち出し、近くのコンビニから純平の家に送っておいた。純平はちゃんと車に積んできてくれただろうか。帰りは、軽井沢のゴルフ場から宅配に出さねばいけない。

俊樹も早々に食べ終えて、ドリンクバーのホットコーヒーを飲み干した。

「さぁ、それじゃあ、参りましょうか。」

純平が促すと、待ってましたとばかり、由美香が立ち上がり、葵が続いた。春麗は、まだ慌てて化粧を直している。純平は、一足先にレジに行き会計を済ませる。

コインパーキングで純平の車に乗り込む。3列目には俊樹と春麗、2列目が玉田と由美香、助手席に葵が乗り込んで発車した。新橋入口から首都高速道路に乗り、環状8号線に出て、順調に関越自動車道に乗ることができた。

途中、高坂サービスエリアで少し休憩し、藤岡ジャンクションから上信越自動車道に入り、碓氷軽井沢の出口まで、そう時間はかからなかった。軽井沢駅近くのコンビニで買い出しをした後、軽井沢銀座を通過し、街灯も少ない旧軽井沢の一等地にある別荘に着いたのは、午前0時15分を少し回った頃だった。

暗闇の中、荷物を降ろし、建物に少し近寄ると輪郭が見えてきた。50センチほどのコンクリートの台座上に、その家は落ち着いた雰囲気を醸し出していた。玄関を中心に左右に部屋の窓がある。林のマイナスイオンの中で、建物の木の香りが清々しい。

3人が並んで上がれる3段の外階段を上がる。純平が木製の大きな玄関の扉を開け、電気を点ける。2階まで吹き抜けの玄関ホールの天井に、シャンデリアの暖かい光が灯った。昨日にでも掃除したのではないかと思うような、磨かれた木の床が明るく照らし出された。8畳ほどもあるホールの左右それぞれにドアがあり、正面には少し細い階段が2階に繋がっている。

玉田が床にカバンを下ろし、左のドアを開けて入ってみる。由美香がそれに続いた。純平は右側のドアを押し開く。葵がそこに入って行った。俊樹と春麗が右側に続こうとした時、左右ほぼ同時に電気がついた。

右側の部屋には、毛の短いペルシャ絨毯が敷き詰められている。壁面は、高さ2m50㎝ほどの濃い青地のカーテンが広がっている。右側と正面の角付近には、壁際に沿って大きな黒い布製のソファセットがある。5人座ってもゆったり感じるほどの低く少し角ばったソファである。濃い色の木製のローテーブルは、左正面に見えるサイドボードと同じ素材のようだ。サイドボードの上には70インチの液晶テレビが乗っている。サイドボードの前にはロッキンチェアが斜めに置いてある。そこまでで絨毯が終わり、こげ茶の木目の床が見えている。その先には、スペースを区切るようにカウンターテーブルがあり、ハイスツールが3脚セットしてある。奥の2面の窓に沿ってキッチンになっていた。大きなキッチンアイランドは大理石だろうか。みんなで楽しみながら料理ができそうな、ゆったりとしたこのスペースにハイスツールが無造作に2脚向き合っている。落ち着いたバレンシアオレンジの明るいカーテンが閉めてある。キッチンの左側には、サイドボードと同じ素材の大きな食器棚があり、ガラス越しにいっぱいに詰まった食器類が見える。部屋は、ホールの裏側に向かってさらに先に続いている。こちら側は、また、ペルシャ絨毯が敷き詰められている。そこには、左右に4脚ずつ椅子のある一枚板のダイニングテーブルがある。ダイニングの壁2面にも濃い青色のカーテンが広がる。残りの1面には壁とドアがある。この3つの繋がったスペースは 40畳は下るまい。

玉田と葵が入って行った部屋は、12畳ぐらいのスペースに絨毯が敷かれ、ビリヤードの台と、大きな籐椅子が2脚と丸テーブルが置いてある。部屋の左と正面にはモスグリーンの厚手のカーテンが閉めてある、右には2つの壁面にドアが3つと1つある。3つは、それぞれ洗面所とトイレスペースと浴室だった。浴室のドアの中は、脱衣スペースの横がバスルームとサウナに分かれていた。もう1面のドアは、ダイニングに続いている。

「優雅だなぁ。これが別荘。。。」

葵が感心している。

みんなで玄関ホールへ戻り、今度はそれぞれカバンを持って、俊樹を先頭に左右の壁の間の階段を上がって行く。上がりきると、正面の突き当たりまでまっすぐに廊下が続き、窓から真っ暗な外が見えている。左右に2つずつ部屋がある。後ろ側へは、階段の左側が通路になっている。階段の穴に沿って柵があり、右手に一部屋ある。左手には洗面台とトイレとバルコニーへの出口がある。

すべて洋室でセミダブルのベッドやテーブルなどが部屋ごとにコーディネートされていた。


カップルごとにそれぞれ好きな部屋に入って荷物を整理して、1階のリビングに再集合した時には、もう1時を回っていた。俊樹と春麗は、集まる前に先に2人でシャワーを浴び終えていた。バスルームから出ると、春麗がドライヤーや肌のケアをしている間、俊樹は、ビリヤードをするともなくしながら春麗が部屋に出てくるのを待った。何となく仕事のことを思い出していると、絢也の顔が思い浮かび、吹っ切るように、球を突いた。

2人揃ってリビングに入ると、残りの4人は缶ビールと乾き物でくつろいでいる。

「お先に入らせて頂きました。お風呂も広いの。っふっふっ。」

春麗がみんなに言う。春麗は、ジェラートピケの薄いピンクと白の部屋着を着て、髪を後ろにまとめてバンスクリップで束ねていた。何のためらいもなくスッピンになっていたが、いつもとさほど変わることがなく、違和感がない。葵は、そのことを気にとめることもなく、2人にビールを差し出しながらながら、玉田と由美香に風呂を勧める。

「お二人、お次どうぞ。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

2人は、戯れるように冗談を言いながら部屋を出て行った。


俊樹は、iPhoneの音楽アプリを立ち上げた。少し絞ったボリュームで、QueenのSomebody to loveが流れ始めた。

葵がビール缶を口から離して、喋り始めた。

「竹内さん、春麗。私、時々じゅん君に言うんだけど、半年前には、今の私のことを全く想像できなかったの。

ずっと怖くて降りれなかった特急列車から、そっと手を引いて降ろしてくれる、そんな大事な人と出会えたの。この人、私が私に戻れる場所なの。なんか、大きな泉の中に浮いているような、気がついたら安心して寄り添って眠ってしまうような場所なの。じゅん君ってすごい人なのよ。

そんな人と出会わせてくれたのはお二人なんです。

感謝、感謝なんですよ。」

葵はそう言いながら、ソファの下に座っている純平に寄りかかる。純平は、微笑みながら、自然に葵に手を回して、トンットンッと手のひらで肩を優しく叩き、もう片手でビールを飲んでいる。見ている方も清々しく感じるほど自然である。

春麗が少し嬉しそうに手を絡めてくるのに、俊樹も答えた。

「Jake。俺も最初は紹介なんて、って思いながら中華街まで行ったんですよ。でも、この子といると、リラックスしてるんです、いつの間にか。お互い好きなこと言ってるんだけど、話してても、聞いてても、それこそ黙ってても同じ空気にいるんですよ。

Jakeの直感のおかげですね。っで、最初の時、春麗がいてくれたでしょ。あれ、3人じゃ、あんな入り方できなかったし、Jakeが気を遣って帰ってたりしたら、もっと気まずかったと思うし。Jakeと春麗の距離感が目の前にあって、そのー、そう、2人の空気感みたいなもの?自然体っていうか、無理してないっていうか、いいんですよね。っで、気がついたら、あっ、俺たちにもそんな空気感ありかもって。」

「俊樹さん。やっぱりキューピットが俊樹さんに降りてきてたのね。っふっふっ。幸せって、自分にあるのも、周りの人たちにあるのも、本当になんか嬉しいものなのね。

みんな、大人じゃないですか。いろいろあった人生を通ってきて、今、大人の恋なのね。大人の恋って、突っ走るっていうより、ほんわかジワジワあったかいものなのかも。私もそうなんですよ、俊樹さん。」

春麗は、そう言って、俊樹を見た後、純平と葵の方に顔を向ける。2人には、春麗が瞳の奥の奥から微笑みかけているように感じた。

「私は、妻じゃないでしょ。でも、もう34歳だし、凄いことしてるんだから、本当はいろんなことが怖いはずなの。でも、俊樹さんは、ゆったりと包み込んで、不安になる必要がないようにしてくれてるし、不安なことが起こらないようにいつでも考えてくれてるの。っで、俊樹さんも私といる時に、風の中で浮かんでるみたいに自然にいてくれてるのも嬉しくて。

こんな不倫も少ないだろうし、ましてや、日本国内での国際不倫で、こんなに幸せなのは私が一番だと思って感謝してるのよ。心がジーンと暖かくなって泣いちゃいそうなことが多いんだもの。」

「結局は、タイミングなんだよ。運命。その運命をつかめているのは、それぞれがまた本気で生きようとしてるからってことかな、きっと。それと、相手を想う気持ちが幸せを引き寄せてるんだよ。」

俊樹は、誰に向かって言うともなく、そういいながら、今の幸せと、百合の生活、紫、絢也の成長は、本当にバランスが取れるのか、いや、自分と春麗の幸せのためにも取らなくては、と頭に浮かんできた。そして、吹っ切るように、春麗に言った。

「我爱你 (愛してる) ... 」

その時、部屋の外から大きな笑い声が聞こえてきた。

「っはっはっはっ。由美香、お前、それ、違うだろう。っはっはっ。」

「そんなことないよ。えへへっ。おかしい?そんなにおかしいかなぁ?」

「、、、ん?

おっ。この部屋は、なんか、まったり感でいっぱいだなぁ。いやっ、ラブラブ感か!邪魔しちゃったなぁ、俺たち。はっはっ。」

「私たちが一番子供みたい?」

由美香は、言葉とは裏腹に、アンソロポロジーの黒のタンクトップとグリーン地のパンツという大人っぽいルームウェアをまとい、乾かしたての自然に流したロングヘアーから見え隠れする首筋はゾクっとさせる。いつものキリッとしたメイクは落とされ、いつもよりも優しい、それでいてこの大人感は素敵である。

「さぁ、どうぞ。最後はあなた達よ。お先でした。」

促されて、純平と葵が腕を組みながら部屋を出て行った。


「何の話をしてたんだ?春麗?」

玉田がキッチンに行き、冷蔵庫から缶ビールを出しながら聞いた。

「ねぇ、玉田さん?由美香ちゃんのどこが好き?由美香ちゃんは?」

「そういう話をしてたから、まったりラブラブムードだったわけか。」

「そんなところだ。」

「そうだなぁ。とにかく楽しい。飽きない。きっと100年一緒にいても飽きない。たぶん基本的な価値観が一緒なんだろうなぁ。1つの何でもない話題から、2人の同じ目線で次々話が展開していくんだよね、自然と。だから、笑いっぱなしだし、一緒に同じことに怒りあってることもあるな。っはっはっ。

結構、喧嘩もするんだよ。もうあんな奴と話すもんかって。でも、案外ケロっとして、またすぐに一緒にいるんだよな。それが自然だから。」

「2人とも、どこか行くのが好きで、街でも、海でも、山でも。よくドライブして、美味しいもの食べたり、いい空気吸ったりしにいくのよ。」

「体が合うっていうのも、きっと大事なんだと思うよ。、っいや。これ、真面目な話だよ。いいだろ、もう大人なんだから。由美香、そんな目で見るなよ。っはっはっ。」

楽しい2人である。春麗も嬉しそうに2人を眺めている。

「そういうお前らももう6年目だよなぁ。倦怠期とかないの?」

「不思議と俺には全くない。春麗は俺のオアシスだから。甘い香りの水もくれるし、冷たい水も掌から飲ませてくれる。気がつかないうちに、スプーンで口に入れてくれてることもある。時々、いろんなことで本質を突かれて、ハッとすることもあるんだけど、これもありがたいんだよ。」

「なんか、聞いてると、竹内、昔より甘えん坊になってないか?しゅんちゃん、こいつ、たまに『バブー』とか言ってないか?」

「そしたら、『いい子でちゅねー』ってしてあげます。なんて、こんなこと言ってるけど、実は俊樹さんが私のオアシスなんです。私が甘えっぱなしですよ。ふっふっ。」


結局、4時半近くにお開きとなり、それぞれの部屋に入って行った。

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