第17話 稼働
2杯目のモーニングコーヒーを淹れて、座席に戻ってくると、望の呼ぶ声がした。
「Jake、西島テック 経営企画部の田島さんからお電話です。」
「Nicole、俺の席に来て電話を聞いててくれる?」
電子機器、家電製品、重電機器のトップメーカーの一角にあり、事業領域拡大中の同社には、以前から様々な提案を続けてきたが、いまだ取引はない。ただ、今年は、3年に一度のグローバルリスクマネジメント体制を見直す年で、グループも入札できるところまで確約を得ていた。夏前に動き出す、と聞いていたが、おそらくこの件だ。
「はい。竹内です。お世話になっています、田島取締役。」
「おはようございます。ご商売は順調ですか?」
「おかげさまで。うちなど、日本では中小ですから、まだまだ立ち上げです。」
「頑張っておられるようで何より。
ところで、お伝えしていた通り、定例のグローバル見直しでねぇ。おたくにもご協力頂けますか?」
「もちろんです。お待ちしておりました。さて、どのように始められますか?RFPを頂くところからでしょうか。」
「そうですね。まずは見て頂いて、その後ご足労願えますか?今から担当に送らせます。」
「分かりました。取締役の夕方のご都合は如何ですか?それとも明日の方が宜しいでしょうか。その辺り、岩田部長と詰めさせて頂きましょう。
何れにしても、参加させて頂けるのは、本当に光栄です。ご期待に沿えるように最善を尽くします。では、失礼します。」
俊樹は、電話を切ると、樹に向かって声をかけた。樹はメールを打っている最中だが、恐らく俊樹の電話を聞いていただろう。
「John。西島テックから連絡で、グローバルプログラムのビッドでRFPが来ます。NicoleとRogerで行きますよ。」
「OK!頼む。Nicole、Enjoy!Roger、Nicoleがやりやすい環境を作ってやってくれ。君ならできる。」
俊樹は、PCのモニターで要員計画表と会議室の空きをサァッと見て予約を入れた。
「Roger、30分取れる?じゃあ、NicoleとRoger、Room ”Singapore”に5分後にPC持参で来て。俺と15分間のミーティング。あと二人で15分のフォローアップミーティング。Royに一報入れたら、すぐに行く。」
「Nicole、うちのディビジョンではミーティングは時間厳守でやってる。6人の会議で1人のせいで10分遅れたら、会社としては1時間のロスっていうこと。みんな忙しいから、来ても来なくても始まる。いなくてもロールは勝手にふられるから、アサインされてたら要注意ね。基本、開始時間には話が始められるようにしておくこと。みんな、オンの時間は効率的に仕事してる。
この件は、基本的に君の件。やりたいようにコントロールして。ただ、1人でやらないこと。うちは、面で勝負してる会社だから、1人でコソッと仕上げても誰も決して高く評価しないよ。そもそもこの件は、ビッグディールのはずだから、Royにも逐一レポートされるし、JakeやJohnをうまく使うこと。彼らも君のことを考えての今回の起用だよ。結果が全てではないから、とにかくEnjoyしような。」
43歳、2児の息子を持つ洋平は、もしかすると、ディビジョンで最も家庭を愛しているかもしれない。仕事もソツなくこなしているが、普通から考えるとスーパーマンのような業務量で売上の実績も残してきている。
「この件のPMはNicoleだよ。若手のPMOは置かないけど、相談役としてRogerについてもらうね。
このミーティングのゴールは、Nicoleが本件のPMとして考え方の入り口に立って動き出せる状態になること。フランクに行こう。」
望は緊張、不安とともにワクワクしてきた。いい雰囲気でいいおもちゃを手にできるようだ。
「西島テックとはまだ契約はないから失うものはない。
これまで、俺とRogerで経営企画部ルートを中心に多方面のルートを作ってきた。その材料は共有フォルダにあるから、必ずザーッと目を通して。それだけで2時間はかかるけど絶対にこれから生きてくる。今回は3年に一度のグローバルの保険プログラムの見直し。保険の種目、地域は全てのはず。今は、コンサルティング、ブローカーともにBig Global社が扱ってるけど、これは3年前から。
もうすぐRFPがくるけど、取れれば、うちのコミッションとフィーは世界で恐らく年間2〜3億円。日本の取り分でその2/3ぐらいかな。これ、皮算用ね。
Nicoleの仕事のスタートは、RFPをザッと洗う。その途中になるけど、今日か明日の面談を俺がセッティング中だから、二人にも同席してもらいたい。Rogerは先約あったらできるだけ調整頼むよ。この面談の後、Nicoleはすぐに窓口、多分大滝部長になると思うけど、必要に応じてアポイントを取って、自分のやり方で始めてみて。必要ならRoger同席で。人間関係は作り上げてきたけど、仕事は初めてだから、君の進め方が彼らにとってのうちの進め方になる。遠慮せずにどんどんRogerに相談すること。Rogerは、三津田商事が最優先で、つぎはこの件で対応してほしい。OK?
ここまで、質問は?OK。
Proposalの作成、取れた後のオペレーションとか、進めるにあたって、うちと海外のリソースを使い倒さなきやならない。ここは、3人で一緒に考えよう。ただ、新人2人は巻き込まないで。Jimmyのプロジェクトは2分割して、Jimmyと君はソリューション提供に専念してもらってて、この件がアドオンになるけど、戦略コンサルティングはNaoとShinにやってもらうし、TimはKouがやってる22億の大変なプロジェクトをサポートしてもらってる。きっとこれは、Timにしかできない。
入り口まで、明後日の朝までには辿り着いてほしい。そしたら、リソースを決める打ち合わせをセットしてくれる?
プロジェクトの進め方は、PMBOKの手法をベースにできる?やったことある?ないか、、、Roger。前にやった夏山製作所のビッドの時の共有フォルダ、教えてあげて。どこだっけ?PCで今チェック。確かあの件のPMとドキュメント管理はRogerだったよな。これを一通りつかむのに4時間ぐらいか?
今日はお泊りかもな。いきなりEnjoyだな。ずっとこんなじゃないから、まずは転職祝いだと思って頑張ってみてくれるかな。
そうそう、とにかく負担に考えないこと。俺もRogerも他のメンバーもサポートするし、必要なタイミングでは一緒にお泊りもするから、安心してシェアしていこう。っはっはっは。
今日は、スタートラインに立つ資料読み込みが中心だから、まずは自分中心で頑張れ。
どう?なんでも質問してくれよ。
これで、今から動く材料はもらえたな?
じゃあ、RFPが来次第、転送する。」
俊樹が腕時計に目を遣った。20時を回っている。「とりあえず、仕事中の人も、飯、食いに行くよ!プライベートの予定がない人は行くよ!仕事中の人は、1時間なり、2時間なりで戻ればいいから。」
「そんな制度、ありですか。。。あぁっ、行きます。」真二が反応した。司は笑みを浮かべながらジャケットを肩に掛けて浩一とオフィス出口に向かって歩き出した。俊樹は、最後まで机にしがみついている望を促した。いつものように、何事もないように他のメンバーも出口に向かう。
「ミホちゃん、生10杯!マスター、みんな、なんか食べたい。時間ない人達もいるから大皿手抜き料理をいくつかお願いしま〜す。」
ドアを開けるなり、他に客がいないと見ると、純平が大声でオーダーした。
大所帯になったものだ。しかし、うまい具合に一体感を持って動き出せている。
4人掛け、6人掛け、壁際のハイスツールに、カウンター。それぞれ好きに散らばった。
「大変だけど、面白いですね、仕事。だいぶ面食らってますが。。。」
「3人が慣れたら、5時頃からここで飲めるときも出でくるよ。きっと、そう遠くない。それに、これだけ忙しくても、切るところは切って、それぞれにOffを謳歌してるんだよ。仕事一本になると身体を壊すからダメだよ。
とりあえず、仕事に戻る人は2時間で戻ろう。」
俊樹の言葉に、新人達は真剣に耳を傾け、他の者達はiPhoneを弄ったり、思い思いのことをして聞き流している。浩一がジュークボックスにコインを入れた。流れてきた音楽がリフレッシュさせてくれる。
「これ、誰の歌?」
奈緒の問いに司が答える。
「Kim CarnesのBette Davis Eyes。」
それを聞いて、浩一と俊樹は目が合って微笑んだ。確かにこの曲を知っている年代はこの3人だけだろう。
見回すと、自然とプロジェクトごとにメンバーが近くに座っている。それぞれ聞きたいこと、話したいことがあるのだろう。今日はメイントーキングはいらなさそうだ。
カウンタースツールにいる俊樹は、目の前に置きっぱなされたマルボロライトの箱から1本取り出し火を点けた。煙を深く吸い込み、真上の照明に向かってゆっくりと吐いた。
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