第14話 新たなBig Project

ビジネスは、利益を上げて、企業を大きくしていくゲームである。売り上げ、利益が上がれば、人を増やせる。そして、企業を買収し倍々に増やしていく。

RITSの件以来、業務量が激増しており、昼はコンビニのサンドイッチが定番になっている。売り上げも大幅増になり、増員交渉も終えた。今朝は、2人採用するための人事部打合せを済ませ、採用実務に入った。もう少しの辛抱である。

今日は、幸運にも久しぶりに昼食を外で摂ることができた。エレベーターを降り、リフレッシュルームのコーヒーメーカーに直行し、ローステッドコーヒーをセットしてボタンを押すと同時に、胸元のバイブレーション。

「はい、竹内です。」

「Jakeさん。Naoです。今、RITSを一旦出たところです。RITSの中国での買収先の”大栄グループ”の子会社が決算報告を長年偽装してたのが発覚しました。”Rep & Warranty Insurance (表明保証保険)”発動の可能性大です。」

「俺、そっち行ったほうがいい?午後は都合つけられるよ。」

「良かった!!急なんで、下勉強する余裕もなくて、私には手に負えないかもって、まだちょっと不安です。14時に井上執行役員、高木さんが、RITSのM&AチームからヒアリングするのにJoinすることになっています。

その先は、財務部、広報部や経営企画部、中国の王高貴リスクマネージャーも入り、対応チームを組成するようです。」

「OK。1355にRITS本社1階の受付で待ち合わせよう。うちの体制も考えなきゃいかん。Royにインプットしてからそっちに向かうよ。じゃあ、後で。」

面倒ではあるが、こんな経験はそうそうできるものではない。Naoと一緒にまた楽しもう。



「ということで、債権として120億円、保険としては75億円の限度額が回収の対象となります。本邦でのクレーム例は極めて少ない中、ビルフォーレン側は、シンガポールのクレームセクションのバックアップを得ていかざるを得ません。また、中国との連携も必須になります。この件単体では、新たな収入はありませんから、RITS全体の取り組みを考えて対応する場合、ビルフォーレンジャパンとして最大1,000万円までの持ち出しの可能性があります。これが最悪のシナリオです。一方で、保険金を含めた債権回収自体の業務支援とコンサルティングを請け負う方向でまずは提案して、実費を保証の上、回収額の20%を報酬とする契約を締結したい旨交渉していきます。その場合、PM(プロジェクトマネージャー)のポジションを日本に置き、日本のIncome Shareを半分取りたいと思います。プロジェクトリスクとして、本邦では弁護士法上我々が代行することは認められませんが、中国では問題ありません。この後、当方案を策定し、コンプライアンス部と打ち合わせて、問題のないスキームを見つけたいと思います。もう一つのプロジェクトリスクは、RITSの本邦本社の体制です。しっかりと舵取りのできるチームが組成できればいいですが、RITSのリソースから見て難しいかもしれません。契約を締結する場合には、彼らの社内のプロジェクトマネジメントオフィス機能を当社が行うことが重要になります。

今夜中には具体化させますので、その後すぐにRoyからAsia統括のThomasにインプット頂くことと、RITS CEO、Richardとの面談をアレンジしますので、その時間をブロックさせてもらいます。」

「Jake、Nao。わかった。でも、まだ荒すぎるなぁ。もう一歩、できるだけ早く詰めてくれ。」

俊樹と若松奈緒が行う、本邦CEOへの一次インプットとしては、これが限界である。とにかく早くビルフォーレン側の最善のチームメンバーをアサインできるように方針を固めたい。



3日後、19時のIndigo Blue。今日は2組の別の客がいる。やむなく、中央の6人席に固まって座る。

「乾杯!Kou、nao、Hiro、Roger。ありがとう。凄いぞ!

RITSが18%とはいえ、成功報酬型を飲んだことは本当に大きい。最大22億円の収入が見込まれる件だよ!可能性の高い保険金回収部分の日本のポーションだけでも7億の売上だな。RITS/うちともに関係者が多いから、コントロールに注意しないといけないねぇ。こうした特殊クレームセクション絡みだから、いつもとはやり方が違うところもあるし。PMを任せられるのはKouしかいないけど、Kouの今の仕事をシフトする先がない。フリーズできる期間も知れてるだろうからヤバイな、これは。

まずは、とにかく人のアサインだよ。特に日本は新規採用が必要だけど、初期費用の1億円をRITSに飲んでもらえたからなんとかなるだろう。

回収自体は来年か、再来年になるだろうから、この分の売上は、基本、その時だね。」

本当に嬉しい悲鳴だ。

浩一が俊樹の整理に続ける。

「身震いするね。

来週には、RITS Japanが現地に乗り込むから、まずは同行しないと。Jakeも来てもらうから、スケジュールはブロックしておいてな。

中国の企業だから、裏帳簿も4重、5重で、最後まで見えない可能性がある。保険会社からの回収も一筋縄ではいかないぞ。」

所詮、俊樹にも浩一にも初めての経験ではあるが、後藤広和も浜野洋平もなるほど、と感心している。岡田純平や若松奈緒には、こんな仕事も飯のタネになるのか、と驚きであった。揃って思っているのは、「この二人の度胸はどこから来るのだろう。そして、また楽しんでいる。」ということだ。



この時間に春麗を外に呼び出すのは久しぶりだ。俊樹も春麗も明日は休みだから、横浜の雰囲気を楽しみに行こう、ということで、Bar ”Sea Wind”で23時に待ち合わせた。

山下公園にほど近いが、昔から変わらない風情のこの周辺の路地が、俊樹も春麗も好きだった。”Sea Wind”は、一方通行の路地に面した4階建ての古びたビルの1階にある。大きな壁には、スモークガラスの小さめの窓が2つ並んでいる。Dark Slate Greyのペンキを塗って古びた感じを装う壁面に、同じ色の金属製のドアがある。

その扉を開けると、奥行きのある店内は、右側の壁に沿って4人席の重厚なテーブルが4つ配置されている。正面には奥行きのあるコの字型をした胸ぐらいの高さのカウンターにハイスツールが並んでいる。左側には、ビリヤードの台と、その向こう側にピンボールとスロットマシンが置かれている。さらにその奥は小さなダンススペースとジュークボックスが見える。光沢のある黒基調でまとめられ、ところどころに見える色彩が映える。天井に付けられたスポットライトが、無造作に壁やカウンターを照らしている。バックでかかっているビリージョエルのPiano Manが全体の雰囲気をまとめていた。

一番手前のテーブル席には40代ぐらいのカップルがテーブルに肘をついてカクテル片手に呟きあっている。一つ置いて30代後半ぐらいのスーツを着た男性3人組が煙草を燻らせ談笑しながらビールを飲んでいる。カウンターの右奥には、若い女性がひとり、バーテンダーと話しながら赤いカクテルに口をつける。髭を生やし麻のジャケットにジーンズを纏った初老の男性と膝上丈の淡いオレンジ色のワンピースにダークレッドのハイヒールを履いた女性は、ビリヤード台の横の小さな丸テーブルにカクテルグラスを置き、キューを選んでいる。

俊樹は、一通り見回しながら、カウンターの左中央に春麗が座っているのを見つけた。と同時にマスターが声をかけた。

「タケさん、久しぶりだね。シュンちゃんがお待ちかねだよ。」

「あぁ、やっと帰ってきたって感じだなぁ。キューバリバーくれる?」

いつもながらのスーツ姿の俊樹は、答えながら春麗の額にキスして左隣に座った。

肩をすくめて微笑んだ春麗は、髪を少しカールさせ後ろに流してダークブラウンのコームでセットしていたので、いつもよりも大人っぽく見える。薄いブルーのブラウスにグレーがかったサマーカーディガンを羽織っている。少し薄手のカーキ色のロングスカートに薄茶色のサンダルが季節に合っている。

「今、オーナーと、いつぶりだったかって話してたの。そしたら、3月に来たのが最後だったのよ。早いわよねぇ。もう3ヶ月も来てなかったなんて。」

春麗が楽しそうに話しかけて、モヒートのコリンズグラスを口元に運んだ。

「たしかにマスターの陽に焼けた顔が少し懐かしかったよ。今日はここにして正解だったな。

マスター、相変わらず、海入ってるの?風のいい季節だもんな。俺はもう忘れちゃったよ、海の上で風をきるあの感覚。羨ましいねぇ。」

「私、一緒に行きたいなぁ。」

俊樹は、百合が全くその手のことに興味がなかったということをあらためて思い出した。春麗とは行ってみたい。っというより、春麗なら、日常的にそういう生活ができそうだ。


「春麗、明日休みだろ?俺も休みのはずだったんだけど、急遽出社になっちゃったよ。今年は当たり年で仕事がありすぎるって言ってただろ。究極の案件が舞い込んで増員が間に合ってないんだよ。俺のオフが台無しだよ。

あぁっ、そうそう。来週の金曜とか木金とか休み取れないか?俺、火曜から上海出張なんだよ。休みが取れるなら、途中から合流して金曜までは夜だけ一緒にいて、土曜日向こうで遊んで日曜の午後便で帰ってくるってどうだ?」

春麗は、休みを聞かれ怪訝そうな顔になり、俊樹がいないと聞き寂しそうな顔に変わり、最後には嬉しそうに頷いている。今日はいつも以上に表情が豊かに見える。

「本当!?えぇっと、、、木曜の午後からは休めると思う。月曜に高崎課長に頼んでみるわ。そしたら、金曜の夜まで実家に顔を出して、あとは一緒ってどう?実家には仕事で帰ってきたって言えばいいし、上海まで帰っておいて実家に顔出さないのはさすがに気がひけるわぁ。」

「太好 (いいんじゃない)!仕事は長寧区、延安路の北側あたり。火曜から木曜は結構タイトだから集中したいしちょうどいい。今回は多分ヒルトンに泊まると思う。決まったら連絡するよ。ホテル代は出してあげるから同じところを取りな。夜は久しぶりに外灘あたりで遊ぶか。土曜日は、車を都合できないか?蘇州から太湖に行ってもいいし、杭州に飲茶しに行ってもいい。車、無理なら列車でもいい。今回の出張はKouが一緒だけど、まだ彼には会わせられないから、二人だけの秘密だ。現地での連絡は、基本、携帯のメールでだな。」

「THLのみんなには言ったらダメ?」

「帰ってきてからならいいよ。先に知られるとJimmyが公私混同とか言い出しかねないからなぁ。みんなにはお土産を買ってきてあげよう。

多分、夏にはタイとシンガポールとインドに行くことになる。シカゴ、ニューヨークとロンドンとケルンていうのもあるけど、こっちはKouとHiroに頼むつもり。タイは中国人もビザがいらないから、また現地合流で行けるかもな。その前に、大阪っていうのもあるや。。。春麗もそんなに会社休めないか。」

「行くわ。タイは私の夏休み。大阪は1日ぐらいなら有給使える。その分、俊樹さんみたいに仕事も頑張るから、連れて行って下さる?」

春麗は、嬉しそうに俊樹を見つめた。

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