第13話 決意

和広が追いかけていたCOS社との提携が纏まり、契約の準備で走り回っている。中堅企業のコスト圧縮を手がけるCOSが、リスクソリューション周りについては弱いということで、提携し、ビルフォーレンジャパンは、この分野のコスト削減額の4割、もしくは取扱代理店として代理店報酬を得る、という仕組みである。

浩一も自ら手がける東京精密製作所グループのERM (Enterprise Risk Management 企業の包括的なリスクマネジメントシステム)の構築コンサルティングの提案が佳境を迎えている。

今日の午後は、俊樹も、これらのバックアップでほぼすべての時間を費やした。しかし、夜の予定について、これはこれで大切にしており、なんとか、予定の時間にはオフィスを後にすることができた。


俊樹と春麗は、外苑前駅からほど近いビルの2階のコーヒーショップで待ち合わせた。窓の外では、日が暮れた246号線に車と人がせわしなく行き交っている。夕食は8時に6名で予約しており、それまでは、2人で時間潰しがてらのコーヒーデートにした。

「最近、俊樹さんはキューピットね。みんなを幸せにする天使が舞い降りて来てるのよ。素敵な人が彼氏で私も嬉しいわ。お友達にも会わせてもらえて、2人だけの秘め事ではなくなってきたし、こんなに幸せでいいのかなぁ。」

春麗がいつになく子供っぽく言うが、俊樹は反応に窮している。

「春麗。でもな、今の俺の立場は、お前の家族に会えないし、俺の両親にも会わせることができないんだよ。お前の幸せを制限してしまう付き合いしかできないのは俺も辛いけど、お前はもっと辛いって理解してるよ。

でも、俺の子供たちを傷つけることはできないんだ。彼らもあと5年で社会に出る。それまでに物事を理解できるようになっていく。そうしたら、結婚できるかどうかは約束できんが、子供が欲しければ認知するし、一緒に暮らしてもいい。こないだ息子と外食した時に妻と俺とのことを彼から振ってきて、将来別れるかもって言ったら、そうだろうなぁ、って言ってる。いろんなことを理解してきてるんだなぁ、って思ったよ。

今の俺は、まず、俺の気の置けない友達の輪の中に春麗の場所ができるようにしたいんだ。

それでも、精神的にきつい時は言ってくれ。辛い選択がお前のためになるのかもしれないし、真剣に一緒に考えるさ。」

「俊樹さん。私は大丈夫。異国の日本に住んで、自分なりの人生の幸せは考えてる。俊樹さんがいろいろ考えてくれてることも分かってる。私、幸せですよ、今。」

春麗は、いつものように、目の奥から微笑んでいる。

俊樹も、微笑み返しながら頷いた。


コーヒーショップを出た後、腕を組みながら、ウインドショッピングをしつつ、レストランに向かった。少し早くレストランに着いたが入ってしまうことにした。

淡い黄色を基調とした店の佇まいは、いかにもスペイン料理を想像させる。1階のエントランスから続く絨毯敷きの階段を上りきると、小さなホールにクロークとレセプションがある。薄い黄色基調の家具と何箇所かに飾られた赤い生花が気持ちを掻き立てる。予約を告げ、案内係についていく。塗り壁と明るい照明がスペインっぽい。テーブルごとに壁で仕切られた4人〜8人用のテーブルが通路沿いに続き、オードブルやスパイスがおかれたカウンタースペースから先は、片側の壁一面にラックに入ったワインが並んでいる。二股の通路を右に進んでいくと、大きなスライドドアの個室がいくつかある。2人は2つ目の個室に通された。玉田は、よくこんな場所を知っていたなぁと感心する。

部屋に入ると、奥の壁には、クリーム色の生地に大きな花が描かれたカーテンと窓がある。中央に、濃い木目の1枚板でできた大きなテーブルがあり、同じ木質の椅子が両側に3脚ずつ並んでいる。ローラーの付いたサーブ用の大きなサイドテーブルがドアの右手に配置されている。引き出しに着いた渋い金色の取っ手が上品だ。

俊樹と春麗は、向かい合わせに端の席に着いた。

「集まるまで、きっとまだ時間がかかるから、シェリー酒を頂いてようか。

2つお願いできますか。」

「私、スペイン料理のこんな専門店、初めてでちょっと緊張する。俊樹さん達、いつもこんな感じなの?」

「いやぁ、割烹やイタリアンなんていうのもあるけど、居酒屋もあるし、二次会はホテルのバーもあれば、おでんの屋台もあるよ。どうせ個室だし、誰も見てないから、美味しく食べれればいいじゃん、っていう感じだから、普通で大丈夫だよ。心配だったら、俺の真似してな。

大体、俺が春麗には無理だと思ったら、この会にも連れて来ないから、心配するな。」

今は、俊樹が瞳の奥から微笑んでいる。


シェリー酒が出てきて、程なく岡田純平と橘葵が到着した。扉が開くとすぐに、葵が春麗の顔を見て満面の笑みで小さく手を振りながら、話しかける。

「春麗!またお会いできて嬉しい。

あっ。竹内さんもこんばんわ。」

ふたりは、テーブルの反対側の端に向かい合って座った。俊樹の側に純平がいる。俊樹がシェリー酒を4つ追加でオーダーした。

「春麗、私達時間が空いちゃって、その辺をウインドショッピングしてたの。そしたら、こんな可愛いコースターを売ってて買っちゃった。はい、これ春麗に。その袋に2枚入ってるから、竹内さんとでも使って。」

「えぇ!いいんですか。ありがとう。

私たちもウインドショッピングしてたのに何も買わなかったの。ごめんなさい。

それと、LINEのやりとり、2人でも楽しいけど、今日、グループLINEを作りましょうよ。」

シェリー酒が来るのと同時に玉田祐一と河合由美香が到着した。相変わらずの調子で玉田がみんなに声をかける。

「Good evening, ladies and gentlemen! 俺たちが最後か?時間通りなのに。でも予定通り集まれて良かった。

おぉ、こちらが竹内の?で、こちらが葵ちゃんの?宜しく。」

由美香が挨拶しつつ座りたそうにしているのを見て、玉田が由美香に席を促した。由美香はテーブル中央の俊樹と純平の間に座り、玉田が春麗と葵の間に着席した。

いつの間にか俊樹が後着の2人にもシェリー酒をオーダーしており、挨拶の続きが始まる前に乾杯ができた。


「今時点でこの全員に面識があるのは、竹内と葵ちゃんだけだよな。じゃあ、取り敢えず、合コン形式で自己紹介にしよう。その時に、それぞれ誰とどういう繋がりかっていうのも入れること。もちろん、カップルの相手とのことを細々話してもらってもいいよ。っはっは。

じゃあ、全員が知ってるけど、竹内から。」

俊樹は、今日の場は仕切らなくてはいけないと覚悟していたので、玉田の仕切りは有難かった。

「では。竹内俊樹です。ははっ。みんな俺の紹介はどうでもいいと思うんで、最初に紹介したいのが、俺の大事な人、春麗。春が麗しいってかいてチューリン、日本語でしゅんれい。馴れ初めとかは割愛。とにかく、今本当に大切な人だからみんなに紹介して仲間に入れてもらえたらって思ってます。宜しく。

っで、玉田とは大学からの親友。新入社員で入社した会社も一緒。次に、河合由美香さんも玉田と同じ会社で、俺も昔から知ってたけど、今俺が担当してるプロジェクトの関係で玉田と一緒に会食したのが2ヶ月前。そして、いつの間にか、玉田と由美香さんが付き合いだした。その時に、俺が他にも誰か会社の人を呼んでって頼んで連れて来てくれたのが由美香さんの親友の橘葵さん。彼女も独身で、俺の同僚、こちらの岡田純平君に紹介してお付き合いが始まっているらしい。っていうのがみなさんとの関係。で、どうやらみんな、それぞれのHappy進行形らしいっていう楽しい会が今日っていうわけだね。玉田、素敵な会場をありがとう。以上。」

「これで、それぞれの関係の概要が見えたなぁ。

っで、男からってことで、次に私の自己紹介。玉田祐一です。四葉火災海上保険にいます。竹内と同じで、今年50歳。バツイチ子供なし。今、河合由美香さんと恋愛進行中です。しゅんれいさん、お噂はかなり前から聞いてたけど、やっと会わせてもらえたよ。とんでもない奴で大変だと思うが竹内を宜しくお願いします。岡田さんのことは、葵ちゃんから少しだけ聞いてます。俺達が最もホットだと思ってたら、まだ上がいたんだねぇ。公私ともにこれから宜しく。

っで、次は岡田君。」

「はい、岡田純平です。」


俊樹は、メルローのボトルとワイングラスを6つオーダーし、コースを始めるように店員にお願いしていた。一通り自己紹介が終わる頃には、ワインも食事も来始めた。

「食べながらきいてほしい。ひとつみんなに頼みがある。慣れてしまえば何でもないことなんだけど、俺にとってはとても大事なことなんだ。

このメンバー以外には俺と春麗のことは絶対に知らせたくないんだ、春麗が不幸になるかもしれないから。だから、これからもみんなに会うと思うんだが、他の人には、集まりに俺と春麗はいないことにしてほしい。この仲間だけの秘密。これまで、誰にも俺の友人に春麗を会わせてないけど、やっとこういう場ができたのが、春麗も幸せで、本当に有難い。

特にJimmy、会社には絶対に秘密。Kouにも会わせてないし、詳しいことは言ってない。バレたら、俺が死んででもJimmyも社会的に抹殺する。妻のためには死なないけど、春麗のためなら俺はやるから。

みんなを引き合わせた俺に免じて頼みたい。」

葵が拾ってくれた。

「いいんじゃないですか。お二人が私にハッピーを運んでくれてきたし、春麗、ほんと、一緒にいると楽しいんですよ。いい子なの。春麗のハッピーがどんなものか分からないけど、それがハッピーの邪魔になるのなら、私、バレないようにするわ。、っね、岡田さん。由美香、玉田さん、問題ないですよね。」

みんなも、諸手を挙げて協力に賛同した。

俊樹がホッとして春麗を見ると、春麗は、俊樹の思いと仲間の暖かさに幸せと感謝を隠せない、というように、少し目が潤んでいた。


「ところで、この会の名前がほしいなぁ。だって、基本的には全く接点のない人達がこうやって集まれたり、愛する人を得ることができたり、って素晴らしい会じゃない。

チームハッピーとか、ハッピーライフとか。」

玉田が提案した。

「”Team Heavenly Life”。ハッピーを超えて天国にいるような幸せな人生をつかんでいきたい、、、」

俊樹が言うと、岡田が続けた。

「そうですよね。”THL”ですね。」

突然、由美香がワイングラスを手に上品に乾杯の音頭をとった。

「THLの発足を祝い、みんなのHeavenly Lifeを祈念して、乾杯!!」

以外と簡単に決まってしまった。

「そうそう、グループLINE作ろうね。」

「ユミッキー?ライングループって何?」

SNSに疎い玉田が聞いている横で、純平が呟いた。

「そのうち、間違いなく女子会で俺たちをネタに飲むようになるな、これは、、、」


「ねぇ、春麗。あなたのこと知りたいわ。私のことも知ってほしいし。いろいろ聞いてもいいかなぁ。」

由美香の言葉に玉田が反応した。

「じゃあ、ここからは1人ずつ、人間深堀といきますか。

まず、春麗ちゃん、いいかなぁ。」

春麗は、俊樹のおかげで、俊樹の大切な仲間の中に入れたことが本当に嬉しくて、黙っていたら涙が流れ落ちそうだった。

「生まれは中国なの?中国のどこ?兄弟は?

おいくつ?私は今年37歳なの。 、、、じゃあ、3つ下ね。

上海で何をやってたの? 、、、アクセサリー?

いつ日本に来たの?

なんでそんなに日本語綺麗なの?

今はどんな仕事してるの?

どこで竹内さんと知り合ったの?あっ、ここからは竹内さんも来て下さいよ。馴れ初めインタビューですよ。

、、、」


俊樹は、ワイングラスを持って、窓際に行きホッと小さくため息をついていた。窓から見上げた夜空は今日もMidnight Blueだった。

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