第10話 雨のち晴れ

「Jimmy。また新規契約取ったって?!おめでとう!ここのところ、よく稼いでるよな。今夜は俺に祝わせろ、”Indigo Blue”で。」

「有難うございます。所詮小っちゃい案件ばっかりですよ。いいんですか?行きます!」



やっと陽が沈んだばかりのこの時間帯、オフィスの前の歩道は、飲みに行く人よりも帰宅する人たちの流れを感じる。俊樹は、”Indigo Blue”に向かって、岡田と路地へ入っていく。

岡田は、普通に謙遜できる幅も身につけているし、奈緒の指導も的確で信頼できる。契約も獲得の頻度が上がり、岡田自身、充実を感じているだろう。


俊樹と純平は、4人席に向かい合って座り、ドラフトビールで乾杯した。

「仕事はどうよ?結構楽しんでるみたいだなぁ。こんな風にチームで動く外資は少ないからねぇ。成功も失敗も共有できる仲間がいるのっていいよな。俺は、うちの会社のそういうところ、好きでさぁ。つーか、Kouと俺でそんな風に作ってこれたんだよ。はじめは、周りの風当たりも強くてさ。個人個人頑張ればいいって。でも、結果が出てきたら、誰も何も言わなくなった。」

「いやぁ、ほんと楽しいですね。みんなOnとOffがしっかりしてて、それぞれのいいとこをリスペクトしてて、何かあると補完し合ってて。いい環境ですよね。」


マスターの作るペペロンチーノやピザ、小さな器に入れられたビーフストロガノフなど、仕事の話をしながら、今日はかなりしっかりと胃に入れた感じだ。

「ところで、プライベートはどうなの?ここに来ない日とか、土日とか、Enjoyしてるか?」

「どうしてですか?まぁ、楽しくやってますよ。本読んだり、料理作ってみたり、一人焼肉に行ってみたり、ビデオ借りてきたり、、、」

「おいおい、全部一人でできることじゃん。Jimmyに女っ気、感じないもんなぁ。」

「バツイチとしては、もう面倒くさいっていうか。。。」

「おい、シャイボーイ!本当のところ、出会いがなくて寂しいんじゃないの?それとも怖いっていう方が当たってるのかな?」

「ぶっちゃけ、両方ですかね。」

俊樹は、思い切って深追いしてみる。

「出会いは欲しい?」

「Jake?なんですか?いつもとちょっと違いますね〜。」

「ん?そんなことはないけど、、、つーか、、、

実は、前の会社繋がりで、すごいいい子がいるんだよ。そいつ、寂しい思いしてるんだよ。

俺も、さすがにこの子を不倫の世界に引き込むようなことはできない、っていうか、そういういい子なのな。時々、他の仲間と一緒に飲んでるんだけど。

お前も遊びに来てみるか?つーか、その子と俺、近々また飲むんだけど、その時、俺につきあえよ。

そういえば、こないだ携帯で写真撮ったなぁ。 、、、これこれ、この子。」

「へぇー、、、33、4ぐらいですか?見た目、素敵じゃないですか。でも、バツイチ39じゃ、眼中ないでしょ。」

「もっとピュアだよ、彼女は。37だけどな。

実は、Jimmyのことしゃべったら、今度3人で美味しいもの食べに行きたいって。」

俊樹は、ジュークボックスのところに行き、ローリングストーンズのHonky Tonk Womanをオーダーして、そのままカウンター席に座った。Jimmyも席をカウンターに移して、ふたりとも、マッカランのロックを注文した。

「それじゃ、肩肘張らずに、ご一緒させてもらいましょうか。」

俊樹は、少しホッとして、心の中でつぶやいた。

「今日はまた、春麗のところに帰ろう。」



「ビルフォーレンと四葉火災時代の仲間と中華街で待ち合わせなんで、行ってくる。」

「ふぅーん。なんか美味しいもの買ってきて。それじゃあ、晩御飯いらないってこと?」

土曜日の11時、久々にどんよりとした雲が垂れ込め、少し冷たい雨が降っている。俺、何やってんだろう、と思いつつ、玄関を出る。

晩ご飯を食べないということで、絢也に申し訳なく思った。食事の用意が面倒って、今夜はまたレトルトになるのだろう。



「あそこの飲茶、良かっただろ?俺、結構好きでさぁ。」

路地から表通りに出てきたところで、俊樹がしゃべり始めると、純平がそれを拾った。

「Jakeさん、好きでって、誰と食べに来てるんですか?」

「それは、勿論、大事な人とだよ。っはっは。」

「竹内さん〜!?」

葵が少しにやけて右側を歩く俊樹に目を向けてから、左に向き直って話し始める。

「岡田さん。竹内さんって会社ではどんな人なんですか?

外から見てると、大人と子供が同居してて、楽しくて頼もしい人だけど、つかめないですよ。」

「そうだねぇ、たぶん変わらないよ。視野と知識が広くて機転もきくから、予想もしない提案もできてお客さんからも絶対的に信頼されてるし、徹夜で仕事を仕上げたかと思ったら、5時前から飲み屋に呼び出されて真夜中までダーツとかやって遊んでるし。基本的に相手起点だけど、いつも自分が楽しんでる。そう、どんなに苦しい時でもそれを楽しんでるんだよ。

もう一人、同期でKouさんっていう人がいて、この人はすごい要領が良くて、頭も切れるのね。割とケセラセラの人で、全く違うタイプなのに、ふたり、深いところの考え方が一緒みたいで、遊びでも仕事でも、ふたりが一緒になると、良くも悪くも手のつけようがなくなっちゃう。」

葵が、「やっぱりこの人はどういう人なんだろう?」という顔で、ゆっくりと頷いた。

「いいんだよ、葵ちゃん。俺は見たまんまだから。Jimmyも見たまんまだけどね。

それより、お茶、飲みに行こう。中国茶の喫茶店がこの先にあるんだよ。いっぱい食べたし、お茶で胃を休ませようよ。」

「えぇ〜。今出てきたばっかりだし。」

純平と葵は、ウインドショッピングをしたいと言ったが、俊樹が制して、もうお目当の店の中に入って行ってしまった。

中華街の外れにあるその店は、1階が中国茶とお茶用の雑貨が整然と陳列されており、商品とは裏腹に少し西洋カントリーの雰囲気を感じる。左手のレジの手前に2階への階段があり、俊樹が先頭で登っていく。

4人掛けのテーブルが12,3あるだろうか。8割がた、席は埋まっていた。

っと、薄いカーテンの掛かる窓側のテーブルから女性が俊樹に短く手を振った。俊樹も小さく振り返した。俊樹に続いて登ってきた純平には、この光景の意味がわからない。ましてや、階段をいま登り終えた葵は、俊樹がその女性の隣の席に座ったのを見てはじめて意味がわからない境地に陥った。

「時間通りだなぁ。待った?」

女性は、優しく微笑みながら、首を小さく素早く横に振った。

「あぁ、座んなよ。」

俊樹がふたりに席をすすめる。座ったふたりは、女性から目を離せずにいた。

全員が座ってから数秒間の微妙な間があった後、俊樹が口を開いた。

「実は、前から今日はデートする約束しててさぁ。

あぁ、こちら、春麗さん。春が麗しい、て書いてチューリン。こっちは、岡田純平君、会社の同僚。そして、橘葵さん。前の会社の方。」

「お二方とも、俊樹さんから伺っています。今日は、お邪魔してしまってすみません。驚かれてるご様子ですけど、俊樹さんはここに来るまで何もお伝えしてなかったんですね?」

「ん?まぁ、、、

ここに来ればわかるかなって。っはっはっ。

俺の知り合いに会わせるのは初めてだしさぁ、、、

二人とも。春麗は、俺のかみさん以上に俺のことをことをわかってて、俺が分かってやれている大事な人。

俺以外、3人ともお互い会うのは今日が初めてだし、楽しくやろうや。」

二人は、はぁ、といった感じで、なんと言えばいいか、言葉が出てこない。

「チューリンさん。よろしくお願いします。私の方が上かな?」

ややぎこちないが、葵がやっと口を開いた。

「そう俊樹さんから聞いています。チューリンでもシュンレイでもいいですよ。”さん”、は なしで。葵さんとお呼びしてもいいですか?」

眼の奥から微笑んでいる笑顔が葵の緊張を和らげた。

ふんふん、と聞いていた純平もやっと口を開けた。

「やっぱり、Jakeさんは、大人で子どもだ。この人のやることは予想できないですね。

なんで、こんな素敵な人をいままで隠してたんですか!?っで今日なんですか!?でも、お会いできて嬉しいですよ、シュンレイさん。

あぁ、さっきの飲茶の店、、、。」

俊樹は大事な人と行くと言っていたが、もし違ったら、と思い直し、慌てて口を閉じた。

「そう、春麗と行くんだよ。大事な人と行く店って言っただろ。俺はそんなに器用じゃないから春麗以外にそんな人はいないし、必要ない。Jimmy、変な気を回すなよ。」

「ここのお茶もいいですよ。葵さんはどういうのがいいですか?Jimmyさんも。」

純平は、春麗にJimmyと呼ばれて、

「俊樹が本当に自分の話を春麗にしているんだなぁ、どんな会話をしてるのかなぁ」

と思いながら、差し出されたメニューを見た。

メニューを見ただけでは、純平にも葵にもよく分からない。周りを見渡すと、どのテーブルでも、不思議な茶器のセットとお菓子が運ばれている。お茶の淹れ方もいろいろあるようだ。春麗は、二人に勧めたいいくつかのお茶の説明をした。葵は、その落ち着いた物言いと仕草と自然に気遣う春麗に、一緒にいる心地よさを感じた。これまで仕事で接してきた中国人とは違う気品と落ち着きに安心感というか、同じ匂いを感じる。

Jimmyは、まだ少し緊張気味に、説明に聞き入っている。

この店の中洋折衷の雰囲気は、今日出会った4人の奇妙な出会いに似ている。合わないようで、実はしっくりきている。周りの席では、女性二人組が会話を弾ませ、一人で読書に耽る二十代後半の女性がいて、買ってきた中華街のお土産を袋から出して品評している老夫婦がいて。彼らには我々4人はどんな風に映っているのだろう。控えめに流れているフィルコリンズのBecause I love youもいい。


「ねぇ、春麗?竹内さんとどうやって知り合って、どうやって恋に落ちたの?

、、、ふぅん、それじゃあ、今は一人暮らしなの?私もそうなの。寂しくない?

、、、仕事は何してるの?」

興味津々に葵が聞くと、春麗は、目元に微笑みを浮かべながら、落ち着いて応えている。

「葵さんは、国際部にいらっしゃるって俊樹さんから聞いてます。でも、中国は担当ではないって。どこの国の仕事が楽しい?」

男性陣は二人の会話を聞いている。二人の会話のテンポは、あたかも二人が前から知り合いのように感じる。

「葵さん。私、葵さんと一緒にいると楽しい。

Jimmyさんも、葵さんに会うのは、今日が初めてなんでしょ?っねえ、俊樹さん。時々4人で遊びに行けると、私、嬉しいなぁ。Jimmyさん、葵さん、これからもご一緒頂けるかしら、、、」

春麗は、Jimmyと葵のこれからを少し気遣ってみた。

すると、葵が嬉しそうに答える。

「それいいですね。岡田さん、いいですよねぇ。」

「お、俺はいいけど。。。いいね、それ。じゃあ、今度は会社帰りに青山あたりで美味しいものでも食べに行こうか。」

純平は、葵の予期せぬ回答に少し慌てつつ、少し自分の器が大きく見えるように自然体を装って見せた。

俊樹にしてみると、春麗の器量が可愛く、葵と純平もいい感じで恋愛の入口に立ってくれて、春麗と葵の波長も合うようで、と、どこか保護者のような気持ちになっていた。

ふと外を見ると、あったはずの重たい雲が去り、午後遅くの深い青空が見えている。

「それじゃあ、明るいうちに少し歩こうか。

美女!埋単!(すみません、お会計を)」

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