第8話 寝耳に水

「竹内様

昨夜は楽しい宴席にして頂き、ありがとうございました。

前回の夜のことも、気遣って頂いていたのを感じ、竹内さんの包容力を感じました。


是非またご一緒頂けましたら幸いです。


橘 葵」

会社のメールボックスにこれが続くことになったらきつい。

「返信:

橘さん

こちらこそ楽しかったです。

以下、プライベートの携帯番号とメアドです。

何かあれば、こちらにご連絡下さい。

次回会った時には、LINEやFacebookも。 (^ ^)


090-XXXX-XXXX

take-PVT@xyz.ne.jp


では。


竹内俊樹」

送信。

俊樹は、大きなため息をついた。

「何やってんだ、俺!?

しっかりしろ、自分。コーヒー、コーヒーっと。」




ここのところ、玉田と飲んだあとは、暫く無駄に忙しい。胸元のバイブレーション。まだ、食事をしてから3日しか立っていないのに、iPhoneのモニターには「玉田」の表示。

「おはようございます。

今日の電話は夜でもよかったんだけど。」

「何?どうした?

楽しい話なら今聞いてやる。

、、、でなければ、

現在電話に出られません。発信音のあとに、、、」

「俺には楽しい話だ。

お前の近況は知らんが、どうやら、俺にまた春がきてるみたいだ。もう一生独りって思ってたけど。」

「はぁ?誰?

俺にかけて来たってことは、俺も知ってるやつなんだろ。」

「っつーか、お前がキューピットだ。醜いキューピットだけどな。」

淹れたてのコーヒーにミルクを入れる手が止まった。

「はあ?! 一応聞くけど、どっち?」

「竹内。物好きもいたもんだ。50のバツイチに告白する37歳、河合由美香。ははっ。

俺もいいなぁとは思っちゃいたが。ふふっ。

ってか、告ろうと思ってたら、先に告られてしまった。ははっ。

昨日の夜も長かった。。。」

「はぁ、取り敢えず、おめでとう。

今、俺を苦しめるのはこれぐらいにしてくれ。これから1日仕事しなきゃいかん。。。

これぐらいに、、、」


予期せぬ玉田の告白がRITSの選定会議の前々日で良かった、と思いながら、オフィススペースに戻ろうとセキュリティカードを手にした時、若松奈緒と岡田純平が外出から慌てて帰ってきた。

「今、RITSで高木課長と会ってきたんですが、この件で内部抗争が起きてます。

加藤部長が石井副社長と結託して、取組自体を反故にさせようとしているようです。山幸コンサルティングが加藤部長に取り入って、Richard不在のうちに潰す気です。

長年、個人的にも恩恵を受けて仕切ってきた分野をポッと出の外人にかき回させない、という意思のようです。」

「Nao、Jimmy。ありがとう。

Naoはどうしたい?」

「うちはこの件で失うものはありませんし、ここではっきりしておかないと、受注できたとしても、プロジェクトが崩壊するか、少なくとも採算割れになる可能性も高くなります。

加藤部長を切って、Richardにつくしか選択肢はないかと。」

「同感だよ。

Kou、Hiroと、Nao、Jimmyと俺でRoyに方針を話そう。


Kou!ちょっといい?Top Urgent!

RITSで内紛だ。Richardはもう1日ニューヨークだから、TakashiとJordanからRichardにimputして、Richard - CEO - 執行役員会のラインを確保しよう。これ、このあと、Kouにアレンジ頼みたいんで、Jimmyと連携してくれる?プライベート携帯、自宅電話、なんでもいいからTakashiを叩き起こしてでも連絡取ってほしい。夜討ち朝駆けでRichardに謀反をインプットして、加藤を潰させないと。Jimmyは、海外メンバーにも共有するメール、俺の代行発信で作ってくれる?KouのOKもらったら発信していいから。Hiroにバックアップ頼んでくれ。

Nao。この方針は伝えないが、高木課長のアポイントを取って。今日のうちに、できるだけ早く。Royに話したらすぐ行けるといいんだけど。高木さんにもう少し情報をもらってボトルネックをしっかり掴んでおくのと、高木さんがどうしたいか、我々とSame Boatに乗る気がありそうか探りたい。Nao、同行してくれな。

水面下で動かないといけないから、よろしく。」


玉田の告白どころではなくなった。暫く忘れよう。

至急メールが他にないか、PCモニターでチェックする。

「ふぅ、、、なんでこっちにまた、、、」

差出人欄の「橘葵」が目に入った。




「もしもし、河合さん?

例の件、今日、正式にうちに決まったので、連絡を差し上げました。

まだ、submissionとか、御社とのやりとりを正式に始められる段階じゃないから、まずは、いつもの4人でお食事をと思って。

月曜の夜でアレンジしてもらえるかな?」

俊樹は、河合由美香に手短に要件を伝えて電話を切った。


「Jake。今日はメンバーみんなでIndigo Blue 1830(イチハチサンゼロ)のスタートにするよ。幹事はJimmyに任せた。」

「サンキュ。Royも喜んでくれた!

TakashiとJordanにThanks mail頼む。俺は国内外のメンバーにメール入れる。」

俊樹の声のトーンが急に落ちた。

「Kou。そういえば、噂でKouとNaoのこと、耳にした。

Naoは結婚3年目だぞ。ああ見えて純情だし、ダブル不倫に巻き込むな。うちにとって大きな戦力なんだから、まっすぐないい人生歩ませてやれ!深みは絶対勘弁だぞ!!余計なことしたら、マジ絶交、俺も巻き添い食っても、お前を会社にいられなくするからな!!お前はあと18年は子供のために仕事しなきぁいけないってこと忘れんな。」

「早!それ一昨日のことだろ!?

俺もやばいとは思ってる。いい子だから。でも行っちまった。。。

うーん、、、なんとかしなきゃとは思ってるけど、彼女の気持ちはもう深みの崖っぷちにいる。Jakeの助けもいるかも。。。

すまん。

また相談する。」



日曜日、午前11時半。俊樹は、ベッドの中から目覚まし時計に手を伸ばした。久しぶりによく寝た。

喉が渇いているのに気がつき、寝室を出た。

洗面所で百合が顔を洗っている。彼女も起きて間もないらしい。

「パパ、買い物行くのに車出してくれる?」

「いいけど、どこ行くの?何時出?」

「なんで?まだ決めてない。時間決めて出れないとうるさいこと言うんでしょう。そんなの嫌だから決めない。」

相変わらず、人の準備の都合など御構い無しだ。

どうせ買い物先でも、一緒にいると落ち着いて買い物できない、と言い出す。

せめて、美味しいコーヒーショップがあるところを選んでくれ。

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