第5話 Enjoy Big Project !!
「今日のブリの照焼定食、少し小さくなかったか?」
エレベーターを降りながら、浩一がいつもの調子で話しかけてくる。相当な大物である。いつRFPがメールされてくるかもしれず、どんな要望がリストアップされてあるか、俊樹は、午前中ほかの仕事が手につかなかった。ブリを食べながら、チーム編成、ロール、タイムフレームをシミュレーションしていて、ブリの大きさのことなど、全く思いもしなかった。しかし、楽しみだ。今回も大きなプロジェクトで、しかも世界のメンバーを取りまとめるのは自分である。
席に戻るのが少し怖くもあり、いつも通りコーヒーメーカーへと直行した。
浩一は相変わらずである。
「今夜は、コンビニ弁当確定だろうし、昼はもう少しガッツリ食べとけばよかったなぁ。」
俊樹には、コンビニ弁当という言葉が、「プロジェクト突入!Enjoy!」と聞こえている。
コーヒーをすすりながら、セキュリティカードをかざしてオフィスエリアの扉を開ける。奥の窓の外の、先ほどまで自分がいた雲ひとつない春の空気を思い出し、俊樹は深呼吸した。
10分前には、iPhoneで会社のメールをチェックしたのに、もう5通届いている。
「ふぅ。」
4通は、RITSの経営本部リスクマネジメント部からのメールだった。クリック。大量の添付資料。最後のメールに記載されているパスワードで資料をひとつ開いてみる。
あらためて、メールの本文に目を通す。
席に戻ってから1、2分。概ね予定している内容でいけそうだ。頭がフル回転している自分に気づく。顔は自然に微笑んでいる。これから10日間、このおもちゃを遊び倒して、全世界のリソースを使い倒して、誰にも負けない提案を作り上げる。
ふっと顔を上げると、浩一や奈緒、ほかのメンバーも黙って俊樹のモニターを覗き込んでいる。皆、同じようにゲームを楽しむ準備はできていた。
「今、プロジェクトメンバー全員に転送するから、Naoは集合かけて。”London” RoomにPC持って5分後に集合。俺は御礼返信して、RoyとJohnにRFP来たことだけ報告したらすぐに行く。」
俊樹のテンションは普通以上に普通だったが、そこにいる全員とワクワク、ゾクゾクする感覚を共有していた。
俊樹は、Royと呼ばれる飯沼が日本法人のCEOで良かったと心底思っている。アメリカが長かった飯沼の思考は、日系企業の上司とは真逆で、「とにかくやってみろ。失敗したら次に行けばいい。」「売上を上げてコストを下げる、それが企業活動。大きい仕事にトライしろ。」と、前向きで分かりやすい。RITSの件は、さすがに大きな案件なので、ゴタゴタいう場面もあるが、俊樹が想定している範囲で即答すれば、すぐにゴーサインを出す。
「、、、ということで、作成するドキュメントは全部バイリンガルでいきます。PM(Project Manager)は俺、パーパスとプロジェクトスコープの明確化はKouとNao、ラフタイムラインはHiro、コミュニケーション マネジメントの設計はJimmy。Jimmy!岡田!お前聞いてるか?!終わったら、WBSの設定、できるところを終わらせて。
Naoは、Kouのフォローの前に、海外メンバーに21時のキックオフ テレカンのコンファーメーションをメールしてくれるか。アメリカ、メキシコの連中が寝ちゃう前に頼むぞ。
俺はプロジェクトリスク洗い出しとリスクコントロール整理と、キックオフのアジェンダを作る。
Kou、Hiro、16時までに上がる?OK。ふたりはそのあと俺にジョインして、スコープとタイムラインをすり合わせて、リソースのラフプラン作るのを手伝ってくれる?
Nao、ビジネスサポートチームに要請しておくから、メールされてきた全資料を10部、ハードコピーのセットをバインダーに作ってもらって。それと、海外メンバー向けの資料見繕ってメールして。資料とメール先はあとで俺に確認取ってくれ。
17時に一回集合して状況共有ね。
18時から15分間、RoyとJohnのスケジュール、ブックしたから、ここで概要の説明をするよ。Royはキックオフにも出てもらうから。
19時半までに全員がタスクを終わらせて、「Indigo Blue」に集合!1時間だけ食べて、飲むぞ!そして、21時からキックオフ!海外の反応次第で今日帰れるか、帰れないか、、、
RITS、本気で取りに行くので、みんな、宜しく!Enjoyしよう!」
有楽町。立ち並んだビルにネオンが色づき始める。狭い空は、まだほんのりと薄い青みが残り、今日が快晴だったことをあらためて気づかせる。
最近では早帰りになった保険会社とはいっても、5時台にビルを出てくる正社員は多くない。
オフィスフロアでは、なんとか今日中に仕事を、という社員達が忙しく働いている。法人営業4部の河合由美香は、帰るどころではなかった。
肩下まである褐色がかった髪を丁寧に後ろで束ね、長い睫毛を強調したハッキリしたメイク。無駄な肉のない顔から顎にかけてのラインと、姿勢のよさが一層凛とした雰囲気を醸し出している。控えめなフリルのついた白いシャツの袖口を二重にまくり、明るいベージュの嫌味のない膝丈のスカートを履き、スラッとした足の先には黒いハイヒール。168センチの長身が全体を際立たせ、格好いいキャリアウーマンぽさがいい。
「玉田さん。ビルフォーレンの竹内さんってよく知ってますよねぇ。元うちの会社だった。」
先輩にも物怖じしない彼女が、少し舌足らずの口調で玉田祐一の席に近寄ってくる。
「ああ。大学からの親友。」
「私の最大の担当先のRITSがグローバルリスクマネジメント全般をブラッシュアップするんです。うちの保険設計を評価してたコンサルティング会社が外されるかもしれなくて、ビルフォーレンも手を上げてるらしいんです。竹内さんを紹介して頂けないですか。今日、RFPが出たらしくて。」
「そんな状況で、竹内がリークするわけがないだろう。なんで今頃?遅くない?何にしてもRFPが出てテンテコマイの奴に声かけただけで印象悪いよ。今は竹内に頼るタイミングじゃないな。でも、つかんだ状況は教えてくれる?どこかで聞けるかもしれないし。川合チャンが頑張ってるのは俺のところまで聞こえてきてるし、できるかどうかわかんないけど、かわいい後輩のためだしねぇ。」
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