偶然の産物
彼女の絵は、奇跡という他、なかった。
人々の心を激しく揺さぶるその絵は、力強くもあり、弱々しくもあり、明るくもあり、暗くもあり、不思議な魅力を放っていた。
彼女は「最貧国」と呼ばれる国で、教育を受ける機会もなく育った。
描く前から既にボロボロの紙と、折れた色鉛筆は、恐らく、先進国がリサイクル材料として輸出してきたゴミの中に入っていたのだろう。
偶然通りがかったバックパッカーが、彼女の絵を見て感銘を受け、新品の色鉛筆とスケッチブックと引き換えに、1枚の絵を購入した。
その1年後、どうしても彼女の絵を忘れられなかった彼は、再度、彼女のいた場所を訪ねた。
彼女は相変わらず、同じ場所で絵を描いていた。
交換したはずの色鉛筆とスケッチブックではなく、元々彼女が使っていた紙と色鉛筆を使っていた。
気に入らなかったのだろうか。いや、もしかしたら、新品のものは誰かに売ってしまったのかもしれない。
彼は、この国では大金にあたるほどのドル紙幣を押し付けて、彼女の絵をすべて買っていった。
彼は自分の国に帰り、自分の旅行写真と彼女の絵を飾る個展を開くことを思いついた。
個展は、最初は知り合いが訪れる程度であったが、口コミで大きな話題になった。彼女の絵があまりにも衝撃的だったからだ。
小さな会場では、とてもさばききれなくなってきたところに、ちょうど、美術館で特別展を開かないかという話になり、それをすることになった。
こんなに美術館に人が来ることがあっただろうか。
ルーヴル展、ミイラ展などは、開かれれば入場制限がかかるほどに人が入るが、そんなものとはわけが違う。大変な盛り上がりになった。
ところが、とある大学教授が、重大なことに気づいた。
絵のうちの1枚が、とある、ナチスの写真と少し似ていたのだ。
これがSNSで話題になると、展示は中止になり、大きなバッシングが起こった。
彼は、彼女は教育を受ける機会がなかったこと、ナチスなんて知っているわけがないことを語った。また、彼自身、その写真は知らなかったこと、来場者のほとんどはそれに気づかなかったことも語った。
しかし、バッシングはおさまらなかった。
知っていようが、知っていまいが。知る機会があろうが、なかろうが。
ナチスと似ていることは、大きな罪なのだから。
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